第210話

 周囲を激しく揺らした衝撃は空間が大きく歪んだ結果。ルミエルの魔法が発動したのは、ニーナから吹き飛ばされた直後だった。ルミエルが中心になった周囲、ヴォルメイスの盾と女神の指輪で守られた俺達の所は変わりないが、石棺があった場所も含めて少し抉られたクレーターのようになっている。


「消えた?」

 ニーナがそう言って俺の方を見た。

 探査の結果でもルミエルの姿はこの近くには無い。そしてクレーターの中の物は消えている。当然それには石棺も含まれる。

 俺はニーナに頷いて答える。

「あの石棺もルミエルも、どこかに消えたのは確かだ」

「今の揺れは、普通の爆風では無かったわね」

 いつの間にかフェイリスが俺達の所まで来ていてそう言った。


 騎士達が小島と泉、その周囲も念のために調べて回る。ガスランとエリーゼとニーナがそれに同行。そして俺は、まだ目覚めていない男兵士達に次々とキュアを掛けて回る。

 フェイリスは、女近衛騎士達と共にその俺に付いてきている。

「兵達が動けるようになったら、少し移動させるわ」

「そうだな。ここはあまり居心地がいいとこじゃないな」



 その日は聖域から少し里に戻る方向へ移動して野営。そして翌日にハイエルフの里に戻った。状況の整理と、イレーネ達がこの里で行ってきたことなどを改めて調査しておくことになった。

 聖域の近くには騎士と兵達を残している。監視の為だ。もしルミエルが現れても直接の戦闘は避けるよう徹底されている。



 ◇◇◇



 ハイエルフの里近くの野営地。

 テントの前での食事を終えた時に、ニーナが誰に言うともなく漏らす。

「どこに消えたのかが解らないと安心できないよね」

「推測はしてるんだけど、正直もう少し情報は欲しい」

 俺はエリーゼが淹れてくれたお茶をひと口飲んでからそう言った。


「その推測を聞かせて欲しいわ」

 いつの間にかフェイリスが傍に来ていて、そう言った。まあ、俺達のテントの隣のフェイリス専用テントから出てきたのは判ってたんだけどね。


「食事は済ませた?」

 そう尋ねたエリーゼにニッコリ微笑んで頷いたフェイリスは、椅子に腰かける。

 俺は収納から取り出した魔道具をテーブルの上で発動させる。遮音結界だ。


「ルミエルがあの時何をやっていたかを説明してからだな」

「時空を分断しようとしたんでしょ?」

 フェイリスのその言葉に俺は応じる。

「うん、皆に言った通り。ルミエルがやろうとした分断の方法は時間を操作するものだったってとこまではいいよね」

 フェイリスを含めた全員が頷いた。


 あの時のルミエルは、俺が突き刺していた女神の剣を排除しようとした。しかしステータスで勝る俺の力がそれをさせなかった。それに女神の剣もずっと光りっぱなしだったから、ルミエルは身体の自由がかなり制約されている様子だった。

 追い詰められたルミエルが選択したのは俺と女神の剣を魔法で排除することだった。その方法は、自分と俺の間の空間、厚みはほとんど無いが俺との間にそういう領域を設定して、その領域だけ時間の進行を遅くするというもの。

 時間の流れが異なる空間はそれは周囲とは異なる時空だ。それは境界が定義されている亜空間と違いすぐに本来の時空によって是正されるが、一瞬でも異なる時空として存在すれば、一瞬だけであっても分断された状態であるということ。

 俺とルミエルの間にそんな分断が発生したならば、文字通りその二つの時空に跨って存在していた物は分断される。あの時の状況で言えば、そんな風に時空を跨って存在していた物は女神の剣と俺の腕と身体の一部もそうだっただろう。

 ルミエルにしてみれば捨て身の戦法。何故なら消費する魔力がとてつもなく膨大だからだ。イレーネのなれの果ての化け物と戦っている最中から疑問だったのが、あれだけ魔力を浪費してもまだ余裕があったことだけど、それにしても膨大過ぎる。


 魔力の調達方法についての疑問はまだ大いに残っている。そのことについても俺は話す。

「魔力の調達については、おそらく魔鉱石が余っていたんだと思う。種子の変質に使ってもまだ余っていて、それは全て吸収していたんだろう。そして男達三人とイレーネ自身を吸収していたことも無関係じゃないと思う」

「それってまさしく魂を喰らう悪魔ソウルイーターだよね」

「その伝説というか伝承は、俺、信じてなかったんだけどな…」

 エリーゼの言葉に俺はそう応じた。

 悪魔に喰われた人間はその魂が永遠に消滅するという言い伝えがあって、俺はその話を子どもを怖がらせるようなお伽噺の類だと思っていた。しかし、男達を吸収した時の軟体の異常なほどのパワーアップは、何か特別な物を得たからだとしか説明できない。人間の魂までをも吸収して魔力に変換したのだろうか。


「いずれにしても、そんな膨大な魔力をどこにどうやってストックしていたのかは、正直全く解らない」

「コーフェルトゥが作っていた魔素空間みたいなものなのかなって思ってる」

 そうニーナが言ったことについては俺もほぼ同意だ。

「うん、身近な知ってる事例としてはそれしか無いし、取り敢えず俺もそんなものだろうと思うことにしたよ」


 ニーナに弾き飛ばされたルミエルの時空魔法が発動したのは、俺から離れた直後のこと。ルミエルが定義した時空改変領域は自分を中心とした相対的な座標。結果として、それはあの世界樹の種子が変質して真核になろうとしている物が安置されていた石棺を巻き込んだ。俺達はヴォルメイスの盾と女神の指輪で守られたが。


「ルミエルが生成した時空の分断。その時空の改変の影響を受けて、種子か真核か、それによっておそらくルミエルの魔法が増幅されてしまったんじゃないかと思ってる」

「あの時、周りの空気から何から全部が揺れた時のことね」

 俺はフェイリスに頷く。

「そう。それは時空の歪み。最初は分断、でもすぐにそれは同じ時空の中に発生した歪みだということで時空は自らそれを是正し始めたんだ。時空の中を全て均質な状態にしようとする力が作用する。特に時間改変だったからその作用は厳格なものだったと思う」

「一瞬、その歪みの方に引っ張られているような感じがしたわ」


「言葉で表現するのは難しいんだけど、時空は歪みを飲み込んでしまう。歪んだところを埋めるように周囲の時空が伸びると言っていい。だから引っ張られたように感じたのはそのせいだな。時空のそんな変化には重力の変化が伴うから」


 俺は一旦話を区切って皆を見渡す。全員がじっと俺を見つめている。ここまでは付いて来れているようだ。そう思った俺は話を続ける。


「で、問題はそんな時空の歪みの中のルミエルと石棺、種子。クレーターになってしまってるあの範囲に在った物がどこに消えたのかということだけど…。おそらくまだあそこに在る…、というのが俺の推測」

「「「「……」」」」


「厳密には別の空間だから、あそこというのはおかしな言い方だけど、今のところ繋がっているとしたらあの場所だと思ってる」

「亜空間…、みたいなもの?」

 そう尋ねるような言葉を発したガスランに俺は頷く。


「通常の収納で使うような亜空間には魂を持つ生物は入れないから、特殊なもの。だから結果としてという感じではあるけど、あのクレーターの範囲の物がそのままそこで封印されたようなイメージ。この時空から切り離された閉鎖空間という言い方が一番正しいかも」



 エリーゼとニーナがお茶とお菓子を配り始める。フェイリスは、自分と俺達との話を傍でただじっと立って聞いていた護衛の女近衛騎士二名も椅子に座らせる。エリーゼは彼女達の前にも同じお茶とお菓子を置いた。

 俺達に黙礼をして座った女近衛騎士二人は、どちらも今聞いた話を必死に頭の中で咀嚼しているような感じだ。

 フェイリスに話しかけられ、その妙な緊張をほぐされると少しずつ彼女達も口を開き始める。

「陛下の前でこんなことを言うのは面目なさ過ぎて恥じるばかりですが、こんな戸惑うことばかりの任務は初めてです。自分の未熟さを感じています」

「外国でもなければ魔物でもない未知の敵で、経験と知識が不足していると痛感しています」

 反省の弁ばかりを口にする彼女達にフェイリスは優しく微笑んで言う。

「それを言うなら私も同じよ。帝国騎士団と帝国軍にあんな無様な戦闘行為をさせてしまったんだから、なんて頼りない皇帝なんだと呆れられても仕方ないわね。でも私は、自分が見たことをしっかり考えて、そしてシュン達からももっとたくさん学ぶつもり。ここで得た経験と知識を次に生かすことが重要だと思ってるわ」



 お茶でひと息ついたところでフェイリスが俺に言う。

「シュンの推測が正しいとして、ここの監視は止められないということ以外に何かある? もちろん今の話を聞く前からここの監視は続けなければならないとは思ってたけど」

「いや、うん…。まあこれも俺の推測の延長なんだけど。もし閉鎖空間からルミエルが出てくるとしても、俺はここじゃないと思ってる。時空の秩序を保つ為に、斬り捨てるように別空間にしてその穴をきっちりと塞いだ所が容易く崩れるとは思えない。だから、どこかもっと弱い所を探すと思う」

 フェイリスがすぐに問い返してくる。

「弱い所…? 例えば?」

「固定転移魔法の受け入れ先になっているような所かな…。ダンジョンの転移トラップみたいに汎用的なタイプ。常に受け入れ状態で開かれているものが最も弱い」


 ニーナが顔を引き攣らせながら言う。

「転移トラップって…、ドリスダンジョン?」

 転移トラップがあるダンジョンとして有名なドリスティークダンジョンは、ウェルハイゼス公爵領だからね。ニーナが心配になるのは無理もない。

 女近衛騎士の一人が言う。

「教皇国のチルグラスクダンジョンにも有るという話を聞いたことがあります」


 あー、それってラミアが出るダンジョンだな。

 レイティアがレッテガルニの廃坑道に設置した転移魔法陣の魔力源としてたくさんのラミアの魔石を使っていたのを見て気になってギルドで調べたことがある。


 フェイリスは二人に頷きながら言う。

「ダンジョンはどこも未踏破の階層が多いわ。どのダンジョンも可能性があると考えて注意した方が良さそうね」

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