第203話
イレーネ商会の1階には店舗のような形式で商品を陳列、展示したスペースがある。但し社屋そのものが部外者の出入りを厳しく制限されているので、当然そこは一般に解放されている訳ではなく、招かれた得意先の人間が係から個別に案内されながら商品を見ていく形式。
俺はルミエルに案内されてそこに来ている。
「いろんな物を扱ってるんですね。こんなに多いとは思ってませんでした」
俺はそう言った言葉通りに素直に感心している。
軍需品中心と言えばそうなのだが、日用品や雑貨の類も多い。
微笑みを浮かべたルミエルが俺に答える。
「ルークさんもご存知の北方種族向けの一般の品も展示してますから。あと、ここには展示できませんが食品の取扱いも実はかなり多いんですよ」
「なるほど。食品もですか」
「ところでルークさんは、魔道具の製作はやはり、お泊りになっている宿でこれからも続けるのですか?」
「ええ、他の魔道具店や工房も近くて便利ですよ」
「そうですか…。差し支えなければ工房をこちらで準備して差し上げたいのですが…。わが社の専属という形で長くお付き合いいただけませんか?」
「あー、評価されてるのならそれは嬉しいんですけど。でも俺はこの仕事のキリが付いたらまた旅に出ますからね」
ルミエルは表情を曇らせる。
「旅ですか…」
「元々帝都には立ち寄っただけなんですよ。また旅を続けます」
そんなことを話しながら、ひと通り1階の展示スペースを回った。このスペースの真下に地下室は在る。
敷地や社屋とは別にその地下室には更に結界が張られている。侵入を検知して阻害する類の物だ。今回、間近で調べた俺はかなり詳細に解析できて、この結界も解除できる。その確信が得られた。
ルミエルとの打ち合わせはその翌日も同様に実施して、俺は更にイレーネ商会の社屋内の詳細な情報を収集した。
「打ち合わせが予定通り終えられてよかったです。ルークさんのおかげで良い物が作れそうで嬉しく思っています」
「そうですね。筐体の試作品が出来上がるのを楽しみにしていますよ。また商業ギルドに連絡入れといてください」
「はい、おそらく1週間後ぐらいだと思います」
「ええ、待ってます。少し早いですけどその時に民間用を納品しますね」
「あ、もう出来るんですか。助かります。私は明後日からイレーネ会長と一緒に北方種族自治領に行ってきますので、1階の受付に話は通しておきますから納品と試作品の受け取りはそこでお願いしますね」
「解りました。北方自治領の仕事は長い間なんですか?」
「私はすぐに戻る予定ですが、それでも1か月ちょっとですね。ルークさんに会えなくて寂しいですけど…少しでも早く戻れるように頑張ってきます」
その目があざとい。だけど可愛い。そう思ってしまうのは仕方のないことだ。
「あ…、いえ。無理はなさらず。道中お気をつけて」
ルミエルはニッコリ微笑んでいた。
三日後、イレーネ達が帝都を出たのは確認済み。俺達はイレーネ商会の社屋への侵入を敢行することにした。
「という訳で、これで一旦キリを付けよう」
「りょーかい」
「あればいいけど」
「盗賊団の最後の仕事」
いや、誰が盗賊だよ。と言いたい気持ちもあるが、俺達がやってることは立派な犯罪である。
深夜になってイレーネ商会の裏手の方から接近。社屋のすぐ裏には隣接して大きな倉庫がある。以前からの調査で、この倉庫には大して重要なものは無さそうだということは判っているが、念のために捜査。
一時的に結界を解除しながら俺達はその倉庫に侵入。手口は新街区の倉庫に入った時と同様。エリーゼの固体魔法が大活躍である。もちろん結界の動作を止めているからこそなのだが。
倉庫の中に置かれている物を皆で見ているとエリーゼが言う。
「シュン、なんかやたら武器が多くない? 剣、弓、槍もたくさんある」
「帝国の軍の支給品、って訳でもなさそうだな…。支給品だったらそのマークが入るはずだから」
どうやら出荷先ごとに既に仕分けがされているようで、行き先を示すのだろう記号が付いたエリアに分かれてそれらは置かれている。
「軍の支給品だとしたら、なかなかの物よ。ちょっと良過ぎるかな」
そう言ったのはニーナ。
「取り敢えず、ここはこのままにしておこう」
「だね」
「軍需品だから、この出荷先は帝国が把握してないとおかしいよね」
「外国に売ってるのかな」
一番に思い付くのは獣人種の小国家群のどこかということだが…。
次は本社社屋へ侵入。
倉庫の結界などの状態を元に戻してから、俺達はすぐ近くの社屋への侵入を開始した。手順はいつもどおり。まずは結界の解除、そして壁の一時的な破壊。
エリーゼは、直接地下室の横に通じる穴を敷地から掘っていく。方向や角度は俺が細かく指示をしながらだ。
それほど時間はかからずに地下室の壁に相当する石の壁に行き当たった。
「よし、結界を解除する」
俺が結界を解除すると引き続きエリーゼが壁を切り開いていく。
穴を掘り始めてから10分ほどで俺達は地下室の中に立っていた。
手分けして中の物を吟味していく予定。
すぐに、俺が合図を出して全員で作業を開始した。
地下室は大きな一つのフロアだが、その中は二つに区分けされている。一つは入口に近い方で、そこには予想通り応接セットとベッドと簡易シャワーボックスのような化粧室のようなものがある。俺達が使っているクリーンボックスと同じような目的の貴族用に作られているもの。
そしてもう一つは俺達が今侵入してきた側で、そこは倉庫のように棚がいくつも並んでいる。
棚を確認していくとすぐに、幾つもパミルテの塗り薬を見つけた。
「ここに全部集められているといいんだけど」
ニーナがそう呟いた。
おそらく手持ちの分などはあるだろうし、他の場所にもまだあるだろう。それでもかなりの量を無効化できることには意味があると思う。
という訳で予定通りに、俺が全ての薬を無効化していく。
応接があった方を調べ終わったガスランが薬の瓶を一つ待って来た。
「これ、中身が減ってる。使いかけみたい」
塗り薬の瓶は底の浅い平たい容器になっていて蓋には封がされているのだが、それはその封が無かった。
俺はそれも無効化して、言う。
「元の所に戻しておいて」
「了解」
エリーゼがポツリと。
「こんなとこで、自分達でも使ってたんだ…」
「まあ大体想像はついてたんだけど、ここで使っていたのはイレーネと、多分ルミエルもだと思う」
「イレーネにも効くのかな。人間じゃないのに」
「そこは判らないけど、ルミエルには間違いなく効くだろうからな」
探査でこの地下室に人が居るのは何度も確認できていて、そんな時にはいつも何人かが密着していることが判っていた。人数は二人から四人。まあ、そういうことをしていたんだろう。
そして、イレーネとルミエルにマーキングを撃ち込んでから明らかになっていたのは、ここに人が集まっている時には必ずイレーネが傍に居たこと。
イレーネがパミルテの薬の毒性を消す手段を持っているのは間違いないだろうとずっと思っていたが、この地下室で必ずイレーネが傍に居たのはそれが理由だろう。
ニーナが溜息交じりで言う。
「なんか、呆れてしまうわね。力が抜けるって言うかなんて言うか」
そんな感じで全ての薬を無効化して、俺達は撤退を開始。エリーゼは壁を切り裂いた時をまるで逆再生するかのように元に戻していく。メチャクチャ熟練度が上がっているのが解る。だけど、この固体魔法も魔力消費はかなりのものだ。
盗賊仕事を終えたその足で俺がガスランと向かったのは、ザッツの家。本人は事務所と言っている。そしてザッツを叩き起こして依頼したことは、本社の倉庫の品物の見張り。
もし出荷されたら、それをすぐに知らせることと可能ならば出荷先を調べること。
「あそこからすぐ出荷は無いはずなんだがな。一旦新街区の倉庫に移してからだと思うぞ。出荷先ごとにまとめるのは新街区の倉庫でやってることだからな」
「いや、今回の物は多分外国向けだ」
「は? 外国だと?」
ザッツはしばらく考え込んだが、頷いた。
「と言うか、お前その物が何か知ってんだろ。それは教えといてくれ」
「ふむ…、その方がいいか…。あそこに在るのは大量の武器だ。それも割といい物ばかり」
「な、んだと…。あー…、分かった。それは証拠になるってことだな」
「まあ、そうなればいいかなって程度だけど」
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