第204話 女帝アミフェイリス

 商業ギルドに行って、イレーネ商会への納品の代行を依頼する。作り上げている魔道具500個のこと。今回俺がルークの名で製作を請け負ったのがこの数字。それ以降は売れ行きなど評判や反響を見てからということになっていた。

 俺の担当のような例の職員に、その500個全てを預けた。納品時に受け取る代金はギルドで預かっていてくれと言い添えて。


 宿を引き払って、俺達は一旦新街区から離れる。


「あー、シュンはその髪の方がいいね。悪ガキっぽくて」

「その言葉はそのままお返ししてやろう」

 ニーナはニヤニヤが止まらない。

「ガスランはやっぱり元の色だと老け顔」

「えっ、マジ?」

「そんなことないよ。幼く見えなくなっただけ」

 エリーゼがクスクス笑いながらガスランの頭を撫でてるけど、それ言い方変えてるだけだからな。


 俺達は思っていた以上に長い間続けていた染髪の色を元に戻した。服装も元々の冒険者の時のものだ。


 さて、それじゃあ乗り込むことにしようか。


「ところでフェイリスは帝都に居るのかな」

 と、エリーゼが出ばなをくじくようなことを言う。その懸念はもっともだし、俺もその場合のことを幾つか考えてはいる。

「うーん、どうだろ。その時は帰ってくるのを待つしかないとは思うけど…」

「居なかったらメアジェスタに行くってのはどう?」

「賛成。ロフキュールでもいい」

「レゴラスさんの方が話は早いかもしれないね」

 誰しも考えることは似たような事だった。


 まあ、それはその時に決めようということで、お気楽な冒険者モードで俺達は新街区への道を戻り始めた。



 新街区の南側から中央街区に入る門に向かう。俺達はやはり目立っていた。冒険者が多いのは帝都の西のダンジョン近辺なので、そもそも新街区や中央街区では冒険者の姿はあまり見かけない。しかも、いかにも冒険者といういで立ちの俺達。髪の色と併せて殊更に人目を引いた。


 入門の手続きは時間が掛かった。根掘り葉掘りの質問は受けないが、別室に案内されてかなり長い時間待たされた。

 ようやく人が来て部屋の外に促されて出ると、そこには騎士風の男と女一人ずつが立っていた。

「アルヴィースの皆様、ようこそルアデリスへ」

「ユリスニーナ殿下、ようこそいらっしゃいました。帝都は殿下を歓迎いたします」

 男性騎士の後に続けて女性騎士がそう言うと、その場に居た衛兵達も含めて全員がニーナへ最敬礼。

 ここでニーナの姫様モードが50%ほど発動。

「歓迎ありがとう。しかし今の私は冒険者ニーナ。そう扱ってくれると嬉しい」

 女性騎士はもう一度ニーナへ頭を下げ、すぐに微笑を浮かべて言う。

「畏まりました。では、アルヴィースの皆さんを城へご案内致します。陛下が大層お喜びでしたので急いで参りましょう」


「フェイリ…、アミフェイリス陛下は城に居るんですか」

 男性騎士がニヤッと笑いながら俺の問いに答える。

「シュン殿、陛下は自分が迎えに行くとおっしゃられて、それを何とか説得して我々が来たのですよ」

 俺も笑ってしまう。フェイリスらしいと言うかなんと言うか。


 自己紹介してくれたこの騎士二人は皇帝直属の近衛騎士。帝国騎士団とはまた別の組織だと。ややこしい。

「皇帝の身辺警護に専念している騎士ね。去年のロフキュールにもおそらくフェイリスと一緒に来ていたはずよ。目立たないようにしていたと思うけど」

 ニーナがそんな俺の気持ちを察したのか解説してくれた。

 すぐに判ったのは二人ともかなり強いということ。帝国騎士団の槍使いとは比べ物にならないだろう。こういう所は帝国の底力、人材の豊富さを表している気がした。


 城の入り口は開いている。大抵の城は日中は門を開放しているものなのだそうだが、その門の所で複数の衛兵と騎士と並んで立っている一人の女性が見えてきた。

 ニッコリ微笑むその女性は、イゼルア帝国の女帝アミフェイリスその人である。

 俺達を乗せた馬車はその前で停まる。


 フェイリスは馬車から降りて近付いた俺の腕にそっと手を添えて囁いた。

「元気そうで何より。顔を見せてくれて嬉しいよ」

「うん、フェイリスも元気そうで良かった。あー、フェイリス。実はいろいろ複雑な問題が有るんだよ…。それで直接会って話をしとこうかと」

 俺がそう言うと、フェイリスは少しだけ眉を顰めるがすぐに笑顔に戻って言う。

「取り敢えず中に入ろう」


 フェイリスはガスランにもニーナにもエリーゼにも声をかけて、そして城の中へ俺達を導いた。


 共に入った部屋はフェイリスの私室だという。そこの応接に座ってメイド達がすぐに出してくれたお茶を飲んだ。

「美味しい…」

 エリーゼが思わず感嘆の声を上げるとフェイリスが微笑んだ。

「気に入ってくれた?」


 そしてフェイリスはメイド達に声をかける。

「皆、下がっていてくれ」


「……さて、シュン。お前達が国境を越えてベスタグレイフ辺境伯領に入ったという報告を私は聞いていない。辺境伯領を通っていれば私の耳に入らないはずはないわ」

「まあ、そこからだよな。時間は良いのか? 長い話になるぞ」

「いいよ。聞かせて」

 フェイリスは実に嬉しそうな顔をしてそう言った。


 夕食もフェイリスのその部屋で5人で摂って、更に話は続いて深夜に及んだ。途中頭を休めるために何度か休憩を挟んだが、フェイリスはタフだ。集中を切らさない。

「転移、パミルテの木、イレーネ商会、北方種族自治領、獣人種小国家群、そしてサキュバス…」

「うん、もう少し話しておきたい事はあるけど。そっちは別件だからまたにするよ」

「なんだシュン。気になるじゃない」

「まあ簡単に言うと、ワイバーンのことなんだけどな」

「ん? 王国で目撃されているワイバーンのこと?」

 よく知ってるなホントに。まあ、そうじゃないと皇帝なんてやってられないんだろうけど。

 という訳で、エレル平原の事についても簡単に説明した。


「ふぅ…、聖者がまだ存命だったの」

「エレルヴィーナにはまた会いに行くつもりだよ。聞きたい事もあるから」


 私も付いて行きたいけど、とフェイリスは自嘲気味に笑いながら言って、そしてすぐに切り替えるように笑いを抑えて俺達に顔を向けた。

「明日の公務もさっきキャンセルしたから、検討は明日も続けることにしようと思うけど、これだけは今日言っておくわ」

「うん?」

「神殿からの転移の件は、シュンが言うように王国がそれを使えるようになると安全保障上の大きな問題。和平ムードに水を差すわね。しかし転移を使う魔族の存在を知った時点で既に帝国の防衛の指針はそれを前提として大きく変更されているの。だから必要なのは王国との情報共有」

 ニーナがすぐに問う。

「それは、どういう?」

「ウェルハイゼス公爵にその神殿の合同調査を持ち掛ける」

「ほう…」

 俺は思わず感心する声を漏らしてしまう。

 フェイリスは俺に微笑みを見せて言う。

「帝国と王国、合同で極秘に調査して対応を協議できればいい」


「いざとなったら壊してしまう?」

 ガスランがそう言うとフェイリスはニッコリ微笑んだ。

「ガスラン、それは最後の手段よ。勿体ないと思わない? その神殿を制御出来たら、もしかしたら教皇国にも転移できるかもしれないのよ」

「げっ…」

「なるほど」

「あっ」

「さすが」

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