第193話

 夜通し馬車を走らせて、明るくなる少し前に野営のテントを設営した。場所は街道から少し外れた街道からは見えない所。ケイトと馬達には申し訳ないが、もう何日かはこのパターンで我慢してもらおう。

 もっと先に進んで帝都を含む皇帝直轄地に近付くと、一気に分岐が増えてかなり道が多くなる。もちろんこのまま主街道を進むのが一番早いが、裏道的なものも選択肢として浮上してくる。更に、そこまで行けば交通量も格段に多いようなので目立たずに進めるのではないかと考えている。



「ウェルハイゼス公爵閣下がアトランセルに戻ったわよ。デルレイス殿下はまだしばらくはサインツェみたい」

「父上が戻ったのね。デル兄…、兄上はどうでもいいわ」

 フレイヤさんからのウェルハイゼス公爵家情報を聞いて、ニーナがまたデルレイス殿下には冷たいことを言っている。まあ、これは恒例行事みたいなものなので既に皆気にしないようになっている。


 俺は素朴に疑問に思っていることをフレイヤさんに尋ねてみる。

「だけど、ニーナの兄さんの滞在は本当に長くなってますね。王国としてはまだ安心できないということなんでしょうか」

「そういうことなんだろうと思うわ。私も情報を集めたいのだけど、教皇国のギルド支部からの情報がなかなか入って来ないのよ。人の流れは制限されているし、書簡の類も検閲されてるんじゃないかとかいろいろ噂になっていて、案外それは事実なのかもしれないわね。ただ、傭兵が教皇国に集まり始めたというのは間違いないみたいよ」


「キナ臭い」

「戦争は嫌だな」

 ガスランとエリーゼがそう呟いた。

 ニーナは難しい顔をしてフレイヤさんに問う。

「フレイヤ、軍の増援は何か噂でもいいけど聞いてない? 特に中央軍」

「レッテガルニの領軍は動くらしいわよ。デュランセン伯爵領軍との合同訓練という名目にはなってるけれど。まあ増援というよりも牽制の意味合いかしら」


 俺は正直、帝国と友好条約を結んだ今の王国に教皇国が正面切って戦争を仕掛けてくるとは思えない。デュランセン伯爵領のクーデター未遂事件でも、王国と帝国が協調して対処していたように教皇国にも見えていたはずだ。だから、教皇国側が何かをするとしたら以前のようなテロだろうとしか思っていなくて、ウェルハイゼス公爵もそれを想定して備えているのだと考えている。

 仮に教皇国が正面から仕掛けてくるとしたら、教皇国にどこかが与した場合。それは別の国か、もしかして王国内部の反乱分子か、またはその両方か。まあ素人の俺がいろいろ考えても浅知恵でしかないんだけどね。



 ◇◇◇



 さて、皇帝直轄領に入ってからは、夜型から昼型に戻した俺達である。そしてちゃんと宿に泊まるようにした。連日の野営でケイトがきつそうな感じが目立って来たので。

 ケイトへの治癒は一日の回数こそ減らしたが、まだ毎日継続してやっている。これは帝都へ送り届けるまで続けるつもり。

 この直轄領はとても栄えている。とにかく人も家も多い。そして身なりも家の造りもいい。馬車がひっきりなしに行き交い、通りにある商店などの様子を見ると経済活動が盛んなのがよく解る。そんな街並みが直轄領に入ってからずっと続いている。

 通りから離れた所に垣間見える農地は綺麗に区切られて、大規模農業が行われているようだ。この世界では農業でも魔法や魔道具を使うことが当たり前なので、地球のそれと比べると品質や生産性は高いように俺は思っている。


「是非、うちに泊まって行ってください。歓迎しますから」

 帝都が近付いて来てケイトはそう言うが、俺達はケイトと一緒にケイトの実家がある帝都中央街区セントラル、壁内に入るつもりは無い。

「話したと思うけど俺達は密入国者だから、それはケイトの家に迷惑が掛かる」


 俺達はとある遺跡の調査をしていて転移トラップに巻き込まれて帝国に飛んできたという説明をケイトにしている。まあ、ほとんど正直な話なので後ろめたい気持ちは無い。但しその遺跡については王国の極秘事項なので口外出来ないんだという補足はしておいた。そもそも転移トラップがある遺跡なんておそらく前代未聞の話だし。


 明らかに目の色を変えて俺達を探していると思われた帝国騎士団の様子を見て、フェイリスに会いに行くことは止める事にした。当初は少し会って土産話ぐらいはしようと思っていたが、自分達の立場を改めて自覚した結果全員一致でそういう結論を出した。密入国者はこっそり密出国するのが正しいと思う。それに、俺達が自分達の手でやる事にこだわっていることは犯罪行為だからね。フェイリスに迷惑をかける訳にもいかない。


 ケイトを家に送り届けてしまえば、後は俺達4人だけ。ダンジョンに籠ることに慣れている俺達は野宿が続いてもそれほど苦にならないし、食料などの物資はこの直轄領でいくらでも購入しておけそうなので、まあ割と気楽なものである。



 帝都に着いてからのことを策を含めていろいろ考えているうちに、帝都の中央街区セントラルを囲う外壁が見えてきた。まだかなり離れているのに圧倒される。その巨大さはどこか異常に思えるほどだ。連想したのはダンジョンのフィールド階層で見た果てしなく続く長く高い壁。

 これがこの世界の首都だと言われれば納得してしまうだろう。そしてその中心に高くそびえているのは帝国城、ルアデリス城。別名イゼルアタワー。

「あれがフェイリスの家か、でかすぎだろ」

 思わず俺がそう言ったら一緒に御者台に座っていたガスランが大笑いした。


 帝国城を中心として壁に囲まれたとてつもなく広い中央街区。その周囲は壁に囲まれている訳ではないが新街区と呼ばれている。ほぼ魔物が現れることが無いこの一帯ならではだが、そこは壁外とは思えない程にずっと隙間なく家や商店などが建ち並んで活気に溢れ、人、馬車共に通行・交通量が多くその分道の数も広さも半端じゃない。そのおかげだろう割とスムーズに中央街区へ入る門へと進んで行けた。時間帯のせいか今は壁内入門に並ぶ列はそれほど多くないようだ。


 俺は通りの脇に馬車を停めてケイトに手綱を渡すことにする。

「ここでお別れだ。元気でなケイト」

「ケイト元気で」

「……」

 馬車の中でエリーゼとニーナ、二人とは別れの言葉は交わしていたようで既にケイトは目を真っ赤に泣きはらしている。

 ケイトは俺達を一人ずつ抱き締めて、そして涙を零しながら言った。

「ありがとうございました。私がまだ生きていて、これからもうしばらく生きていけそうのは全て貴方達のおかげです。貴方達のことは忘れません。いつか恩返しさせてください」

「うん。何かあったら、スウェーガルニのギルドに連絡入れてくれたら伝わるから」

「はい…」


 ケイトは冒険者は辞める決心をしたらしい。パーティー仲間が居なくなったことも大きいのだろうが、もう怖くて出来ないと言う。これからは家の仕事を手伝うと。

 馬車と馬2頭はケイトにプレゼント。好きにしていい。割といい値段だったので売ればケイトの再スタートに向けていい資金になると思っている。そう言った時、本人はかなり遠慮していたがニーナが説得した。


 名残惜し気にしているケイトをエリーゼとニーナが促した。

「さ、もう行って。家の人が待ってるよ」

「早く顔を見せて上げないと」


 御者台に座ったケイトが馬車を進めて入門の列に並ぶまで見送った。

 その列の最後尾に停まった馬車から振り返り、こっちに手を振るケイトに皆で手を振って俺達は歩き始めた。



「お腹空かない?」

「空いた」

 通りを歩き出してすぐにニーナがそう言うとガスランが同調。

「いや、俺はまだいいよ」

「私もまだいいかな…」

「だって、美味しそうな匂いがさっきからしてるよ」

「してる」


 仕方ない。取り敢えず店を覗いて見るぐらいは付き合うことにするか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る