第191話
フレイヤさんに電話で相談していて、途中でその話に加わったミレディさんが俺にいろいろアドバイスをくれた。薬物中毒への対処という意味ではレッテガルニの薬害騒動の時に一緒に作業したので、共通の認識も多く話は早い。
ただ依存症に関しては精神依存、心の問題の面もあるので、魔法ではどうしようもないだろう。強い快感の記憶がそれを再び味わいたいと求めてしまうのだ。記憶を操作する魔法があるなら簡単に対処可能なのかもしれないが。
女冒険者は目覚めた。しかし目も虚ろで話しかけてもあまり反応はない。薬の効果が弱まっている状態だが、決して無くなっている訳ではない。エリーゼに言って彼女の身体に触れてもらうとそれは明らかで、まだちょっとした刺激でも性的快感を呼び起こされているのが判った。
魔力探査と魔力操作を駆使して彼女の全身をスキャンするイメージで診ていく。そして全身と気になる箇所へは重点的にアンチポイズンとキュア。エリーゼにはヒールをかけて貰う。
「少し時間をおこうか」
俺はそう言ってエリーゼと一緒に彼女が居る部屋から出た。
「一人にして大丈夫かな」
「マーキングはしてるし、少しでも移動すれば判るよ」
男どもは小屋の中で大人しくしている。順番に水は少し与えたものの何も食べさせてはいない。あの老人は一番ぐったりしていて痛みのせいで時折気を失っている様子なのでまた少し治癒をしておいた。
全員の目隠しを外したので、俺が小屋に入るとほとんど全員が視線だけで俺の姿を追う。猿轡は噛ませたままだから声は出せない。当初は彼らの大半が何か言いたげに唸ったり睨んで来たりしていたが、どうやらもうそんな気力も無くなったようだ。
ガスランは一人ずつの尋問を続けていて、かなり情報も引き出せている。
彼らの認識だと、薬漬けにされた女性に残された時間は長くて半年らしい。突然死するか、発狂したようになって手が付けられなくなり、それが治まると抜け殻のような廃人になってしまい結局はそのまま枯れていくように衰弱死してしまう。1週間程度ずっと薬漬けにされたら、薬の摂取を止めても禁断症状に苦しみながら結局はそうなることに変わりはないという。
「あと、ラズマフという街は実質イレーネ商会が牛耳っているみたいだ」
「……」
「なにそれ」
ふぅ、と俺は吐息を漏らす。
「それ事前に解って良かったな。ラズマフでこの村の話を暴露しても揉み消される可能性を一応考慮はしてたんだ。だとすると街の兵達も迂闊に信用できないな」
ここからラズマフまでは歩いて五日だという。馬車ならその半分以下だろう。
やけに近いのだ。こんな非合法で非道なことを、半ば大っぴらにそれ程周囲を警戒することなくやっているにしては近すぎると思っていた。官憲に咎められない何かしらの保証が有るんじゃないだろうか。
改めて、ニーナが居ればなんとかなる王国の公爵領とは違うんだということを痛感して俺は考えを巡らせた。
その日の夜、女冒険者の様子に変化が出てきた。明らかな禁断症状だ。少し暴れ始めたので自傷する前にベッドに縛り付けて、叫び声がうるさいのと舌を噛まない為に猿轡をかませた。しかし身体の敏感な部分に触れても性的な快感が起きているような様子はなく、薬の効果はほぼ無くなっていると思われた。今の状態は身体依存と精神依存の両方からの禁断症状ということなんだろう。
「次から次へと、性質が悪い薬だ…」
思わず俺がそう呟くと、ガスランがコクリと頷きながら拳を強く握り締めた。
次の日には男達に水と食事と村に在った着る物と靴を与えた。食事は全員ががっついて食べていたが、落ち着きがなく手を震わせたりと、ここでも禁断症状を見せ始める者が出てきていた。真っ先にそれに該当したのは、俺達に最も絡んできたあの欲情塗れ男だった。
そして、その翌日には男達の全員が同様の状態になった。腹が空いているはずなのに彼らは食事を与えても見向きもしない。しきりに喉の渇きを訴える。そして水はすぐに飲みほしてしまってまた欲しがるばかりだ。薬をくれと騒ぐ奴はスタンで眠って貰った。
しかし女冒険者の容態は逆に少し良くなってきた。日に何度ものアンチポイズンとキュアは継続しているので、それが効いているようだ。既に猿轡もベッドに縛り付けておく必要もなくなっている。身体を起こして自分の手で飲み物を飲んだり少しずつニーナ達と会話も出来ている。ただ時折、波が押し寄せてきたかのように身体を震わせる時があるが、それも次第に頻度も強さも治まって来た。
「ケイトが凄くよく食べたわ。そして皆にお礼を言いたいそうよ」
その女冒険者、ケイトに食事を持って行っていたエリーゼがそう言った。
薬が抜けてしまったように見えても尚、頻繁にアンチポイズンとキュアを掛け続けているのはミレディさんからのアドバイス。
表面的には薬は残って無いように見えてもそれは薄れてきているだけで完全に無くすのには時間がかかるはず。そして脳に損傷している部分があるのではないか、これの修復を続けた方がいい。
「でもその状態を聞くと、キュアは効いたようですね。良かったです」
「一度で劇的には効きませんでしたが、繰り返し続けてたらという感じでした」
「どのくらいの期間、何回その薬を使われたかによると思いますけど、もうしばらく続けてあげてください。ただ、薬が完全に抜けて治癒できたとしても問題は精神依存の方ですね」
「正直、それに関してはどう対処していいか分かりません」
◇◇◇
荷馬車に幌を付けて、それに乗って東進を再開することにしている。ケイトがまだ体調が万全ではないからだ。もちろん舗装した道では無いし安物の荷馬車なので乗り心地は最低だとは思う。しかし長くても三日程度なので、なるべく静かに進むことにしてそこは我慢してもらおう。
村の建物などを跡形は微塵もなく徹底的に破壊して更地にしてしまう。最後に残った、15人を閉じ込めている小屋に入ると俺達を見て薬、薬をくれと騒ぎ始める者もまだ居るので仕方なく剣を突きつけて自分で歩かせて外に出した。そして全員が外に出てからはその男達を監禁していた小屋も破壊した。
15人の男達はこの場に置いて行くことにしている。
「本当は衛兵に引き渡してしまいたいんだけど、官憲が信用できるのかちょっと怪しいからな。という訳で、殺さないんだったら置いて行くという選択肢しかない」
「異議なし」
「いいと思う」
ニーナとガスランは即答。
エリーゼはちょっと違うことを気にする。
「水と食料は分けてあげるの?」
「なかったら間違いなく死ぬだろう。それは俺達が殺すのと同じような気がするから一応少し多めの量を残していくつもりだよ」
昨夜4人でそんな風に話した通り、俺はそれなりの量の水と非常食を男達の前に出した。
「生き残りたかったらラズマフまで歩いて行くしかないだろう。皆で揃って行くもよし、これをそれぞれが持って自由に行くのもよし。そこは好きにしてくれ。但し帝国の中枢には近いうちにお前達全員を告発するからそのつもりで。イレーネ商会に口封じで殺される前に自首することを勧めるよ。イレーネ商会の影響力が及んでいない所でな」
例の老人は、俺の治癒で動かせるようになった手で自分の分だと言わんばかりに真っ先に水と食料を確保すると少し離れた。それが呼び水となって次々と彼らは自分の分を各自が確保していく。多めに出していたのでここでの諍いは無さそうだ。
「じゃあ出発しようか」
俺がそう言うと、御者台に座ったガスランが頷いて馬を走らせ始めた。
ケイトは、馬車の後ろに見える村だった土地そしてその場にまだ全員が居て呆然と俺達を見送る男達をじっと見つめた。彼女は無言だった。でもその目の奥に灯っている怒りの火は彼女が立ち直ってきている証なのかもしれない。
ニーナがそんなケイトの肩を優しくさすった。
村を出立して一日。
ケイトも自分のことを少し話すようになってきた。村中を徹底調査した時にケイトのギルドカード含めて私物は見つけていたので、身分証明などに手間取ることは無さそうだ。ケイトはCランク冒険者で、所属は帝都のルアデリス支部。生家が帝都に在って、両親も健在だそうだ。そこまでは送り届けようと思っている。
ケイトが囚われたのは半年前。あの村へ行く商人の護衛任務をパーティーで請け負った。村に着いてすぐに取り囲まれ拘束されてしまったと言う。パーティーには他に男性冒険者が二人居たらしいが彼らのその後の事は何も解らない。おそらく生きてはいないだろう。
薬の効果である強烈な快感については、考えないようにしていても、頭の中のどこかでずっとそればかりを考え続けている自分が居て、またあれが欲しいとやはり思ってしまうと。
食事をケイトは美味しい美味しいと言ってたくさん食べるようになった。いいことだ。半年間大したものは食べていなかったようで、美味しい食事が殊更に嬉しいんだろう。それで少しでも気が紛れればいいなと思う。
そして、遂に見えてきたのはラズマフの街。大昔は帝国の北端の地として防衛要衝のような位置付けだったそうだが、今ではそういう機能は全く無くなっていて、街道沿いの少し大きな宿場町という様相だ。
エルフの北方種族自治領へ最も近い街として冒険者や商人が多い街でもある。その北方種族自治領には魔物が多く生息している地域が幾つか在り、そこの魔物討伐を帝国も奨励していて討伐報酬の一部を負担しているのだが、北方種族自治領内には冒険者ギルドの支部が存在しない為にラズマフを起点にしている冒険者が多い。
ニーナの第一声は
「やっと着いたね…。まだ終わりじゃないけど」
ガスランも言う。
「長かった…。まだまだだけど」
「なんとなく一安心。安心できないけど」
そんなことを言ったエリーゼに俺は頷いた。
「少しは羽根伸ばせるといいな、どアウェーだけど」
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