第189話

 冒険者セオリーに従うならば、この名前も知らない村の7人は全て首を切り落としてしまう状況なんだが。さて、どうしたものかと悩む。

 先の6人は少しずつスタンの気絶状態から醒めてきた者も出始めていて、じたばたしている。目隠しと猿轡をしているのでうるさくは無いのだが、身動きする音が意外と響くので少しうっとおしく感じる。

 老人は痛みがひどくなってきているのだろう呻き声が大きくなったので、少しだけキュアを掛けてやった。ちゃんとした治癒はしないけど。


 奴らから離れた所で俺達はお茶を飲みながら相談。話を聞かれたくないからね。

「そう言えば、あの村で女の人見かけなかったわね」

「うん、居なかった」

 ニーナのその指摘にガスランが肯定。

 俺もひと通り目に留まった人は鑑定してたから、その中に女性は一人も居なかったことは判っている。

「だから飢えてたんだろう。異常に執着してたし」

「もしかして村ぐるみでこんなことしてるのかな」

 エリーゼが嫌そうな顔でそう言った。


「訊いてみるか…。爺さんは喋りそうにないけど」

「一番若そうな奴から訊いてみようか」

 ガスランがそう言うので尋問は任せることにして、俺はこいつらの所持品のチェックを始めることにした。エリーゼもそれを手伝ってくれる。ニーナはガスランと一緒に尋問するみたい。


 エリーゼがこいつらが持っていたバッグの一つから、昼間見かけた果実と同じ物と思われる黄色い小ぶりのリンゴのような形の実を取り出した。

「シュン、これ昼に何人かが収穫してたのだよね」

「うん。そうだな」

「なんか少し変な匂いがする…。美味しくなさそう」

 エリーゼはそう言って果実を下に置いた。

 見たことのない果物だなと思った俺は、何気にその果実を鑑定。


 は? もう一度鑑定…。


 俺はエリーゼの耳元に近付いて囁く。

「パミルテの実という果実らしいが、これって麻薬の一種だよ」

「えっ?!」

「催淫、興奮剤みたいなもので、中毒性がある」

「……」


「ガスラン、ニーナちょっと来てくれ」

 俺は尋問を始めていた二人を呼んだ。そしてまた奴らから離れた、お茶の為にテーブルを出していた所でパミルテの実について説明。

 ニーナは話を聞き終わると、眉を顰め不快で仕方ないというような顔をして言う。

「どうしてここに持って来ているのか、すっごく嫌な想像してしまったよ」

「あー、まあ言いたいことは解るし、多分それはその通りなんだろうと俺も思うよ」

 俺が想像したこととニーナのそれは同じだろう。

 俺はそもそも状態異常耐性が有るし、ニーナ達にしても女神の指輪があるから効かないのは判ってるんだけど、不愉快なものは不愉快なのだ。

「村と言うより、もしかして麻薬製造工場?」

 ガスランはそう言った。


 どうやら、村に戻る必要がありそうだ。

 俺達は4人で、奴らから剥ぎ取った所持品のチェックを先に済ませる事にした。



 老人を除いて身分を証明する類の物を持っている奴は居なかった。老人が持っていたのはギルドカード。但し冒険者ギルドではなく商人ギルドだった。登録時の所属は帝都のルアデリスとなっている。

「ふむ、剣術いい線行ってるのに商人なんだな」

 俺が素朴にそんな疑問を口にするとエリーゼが答えてくれる。

「商会専任の護衛職だと、商人ギルド所属っていう人も結構居るよ」

「なるほど、商人の護衛専門ってやつか」


 他にはこれと言って目ぼしいものは無く、所持品検査は終了。

 そしてガスラン達が尋問しかけていた一番若い男の元へ4人で近付いた。俺はその男以外、老人も含めた全員にもう一度スタンを撃つ。身じろぎしていた音や唸るような声も一斉に無くなって静かになった。

 その一番若い男には目隠しなどはしているが耳を塞いではないので、周囲が急に静かになったこと、そして近づいてきた俺達の足音で何かを感じたのだろう。縛られたままもがいて這って遠ざかろうとしている。


「待たせたな。お前の番だ」

 そう言って肩をポンと叩いたら、ウーウーと猿轡の下で声を出した。

「うるさく騒ぐようだったら手と足を一本ずつ切り落とす。正直に質問に答えるなら生かしておくことを考えてやってもいい。どうする?」

 ガクガクと振りすぎだろと言いたくなるほどに、その男は首を縦に振った。


 その男の目隠しは外さずに猿轡だけを取って俺は言う。

「じゃあ最初の質問だ。パミルテの実は幾らぐらいで売れるんだ?」



 ◇◇◇



 パミルテの実はそのまま食べるのではなく、すりおろした実から搾った果汁に水を加えて、その苦みと癖のある匂いを和らげるための香料を混ぜて飲むのが普通だそうだ。そうして一つの実から約50本がポーションのような瓶詰にされた形で出来上がり、それを売っているらしい。

 そして、果汁を搾った後の果肉を時間を掛けて煮詰めてペースト状にしたものを塗り薬のような形で底の浅い小さな瓶に詰めた物も作っていて、一つの実から3個ほど出来ると言う。

 搾りカスかと思いきやこの塗り薬の効果は凶悪だ。ポーションのような飲むタイプと違って水で薄めていないうえに手間をかけて成分が凝縮されている。この薬は女性の膣内に直接塗布するらしい。それは強烈な催淫効果を持つ媚薬であり、塗り込む量にもよるが1日程度の間、少しの刺激がとめどない強烈な性的快感に変わる効果が持続する。そしてその女性と交わった男も同様に粘膜から吸収する為に、その快感を共有することになる。


 俺達が尋問した若い男が言うには、男はそうでも無いらしいが女性は一度この塗り薬を味わうと何度もそれを欲しがるようになってしまうと言う。そして、この薬を長く使い続けていると突然死したり廃人になってしまうそうだ。


 村はパミルテの栽培をする為に造られた村で、元々はこの地に自然に生息していたパミルテの木を見つけたある獣人が、その希少性を伝えた所から始まったそうだ。

 村の住人は現在は15人。だから今は村には8人が残っているということ。全員がパミルテの栽培とポーションなどの製造、そしてある程度の自給自足を目的とした畑仕事の為に住み込んでいる者達ばかりで、とある非合法組織と期間契約を結んでいる。この若い男も3年契約の2年目で自分が一番新参者だと言った。

「あのジジイ、爺さんはもうここに来て12年になると聞いてます」

 言葉遣いからして神妙になった男はそう言った。


 そしてここからが喫緊の問題なのだが、薬の品質確認という名目で実際は自分達の慰み者にする為に女性を村の中に幽閉している。そして男達全員に品質検査と称してその幽閉した女性と薬を使って一日交わる日が順番に割り当てられているらしい。

 これはおそらく完全な共犯者に仕立てて口封じ、秘密を守らせるための飴のようなものだろう。そしてここで働く契約を死ぬまで継続させるための罠だ。パミルテの薬で得られる快楽の為に死ぬまでパミルテの薬を作り続けるのだ。


「今、村に居る女は一人だけです。少し前に二人が立て続けに死んでしまって。だから今回、女が二人も来た。しかも極上ということで大騒ぎになって…。それでこんなことに」


 男にはそれ程依存性は無いと言うが、そんなことは無いだろう。効果の強弱で短期間での致死性が高いか低いかの違いはあるかもしれないが、こいつらが薬を使って女と交わることに執着し依存しているのは間違いないと思う。


「女が少なくなると、西部の奴隷商から買うか女冒険者を護衛依頼で誘い込むんです。ヒューマンの奴隷は高くつくんで、冒険者を騙す方が今は多いみたいです。確か今残っている女もそうです」

「ふむ…、ん? ヒューマン?」

「ああすみません、言ってなかったですね。パミルテの薬はヒューマンに一番効くんです。次が獣人でエルフにはあまり効果が無いらしいです。ここではヒューマンしか見たことが無いので聞いた話ですが」



 その後、この若い男の目隠しを外し手も自由にしてやって村やその周辺の見取り図を描かせた。この男のここまでの態度を見ていて、そしてエリーゼの目でも確認して貰って嘘は言ってないように思える。


「生かすことを考えると約束したからな。お前は逃げていいぞ」

 俺はそう言って男の戒めを解いていった。そして、まだ焚火に入れていなかった服などの山を指差した。取り敢えず靴と着る物ぐらいは持たせてやろう。サイズが合うのが残ってるかは分からないけど。

「えっ、いいんですか」

「但し村には戻らない方がいいだろうな。次また見かけたらどうなっても知らないぞ」

 どうかするのは、目の前に居るさっきから怒りを通り越して般若のようになっている、うちの女性二人だろうけど。


 俺は村に戻るつもりだ。冒険者が騙されて幽閉されていると聞いてそのままにしておく訳にはいかない。そして、それとは別にこの麻薬製造工場はぶっ潰した方が帝国の為、人の為だと思うからだ。


 ところでフェイリスに声を大にして言いたい。僻地だとは言え帝国の治安悪すぎじゃないか? そこんとこどう考えてるんだよ。

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