第188話
その後の旅路も、ゴブリンの団体を殲滅したりいろいろあったが、南北に流れる比較的大きな川を越えたところで土地の様子とそこの空気が変わった。
エリーゼはその空気を敏感に感じとったようで
「なんだか少し穏やかになったような気がする」
と、そんなことを言った。
それについてはガスランもニーナも同感だと。
ここまで、東進する俺達の旅路の南側にはずっと険しい山脈が並行するように続いていたのだが、この川が一つの節目となっているかのように、そんな山々の高さ険しさはかなり低く緩やかなものに変わった。風も南から吹くことが増えてきたような印象だ。
ちなみに海を渡る訳では無いので橋が無くても川を越えるのは簡単だ。短時間なので4人まとめてニーナに浮かせて貰えばいいからね。重力魔法、便利です。
川の対岸に降りてそんな風に異なる空気を感じ、また東に進み始めたその翌日。転移トラップで飛ばされて以来初めて探査に人の反応が有る。進行方向の少し先、山の手にある小さな丘の頂上辺りに。
近付くにつれて判ってきたその丘は果樹園のようだった。黄色い果実がたくさんなっていて、そこで果実の収穫を行っている人が数人居る。更に近付くと、その先にもっと多くの人と家々が肉眼でも見えてきた。
「村みたいね」
「だな」
「村だね」
「何の果物…?」
ガスランの果物への興味はほっといて、俺達は人が多く居る方へ歩いた。畑の間の道を進むと遠くから幾つかの視線を感じる。そして、簡素だが村の周囲を囲っている板で作られた塀、その一角に在る村の入り口まで来たところで呼び止められた。
「待て。お前たちどこから来た」
「西から来た。東の街道へ出る途中でここに辿り着いた」
「西からだと」
警戒心丸出しで俺達を詰問しているその男は、槍と盾を構えている。傍には同じように槍を構えた男がもう二人。
あまり長居する雰囲気じゃないなと思った俺は話題を変えることにする。
「街道沿いの街ラズマフにはこのまま東に行けば良いのか教えてくれないか」
「お前らは冒険者なのか。何も持ってないのはどうしてだ」
どうも会話が成り立たない。
困ったなと思ってると、村の中から一人の老人が出てきた。
その老人が言う。
「ラズマフは、このまま真東へ行けば良い。歩いて五日だ」
詰問してくるばかりだった自警団のような槍を持った男達三人が、その老人に道を空けた。この老人は村の長のような人物なのかもしれない。
「ありがとう。それが聞けただけで十分だ。よそ者はさっさと立ち去ることにするよ」
俺がそう言うと、老人は頷いた。
しかし男衆三人のうちの喋っていた奴が槍を突き出しながら言う。
「待て。質問に答えろ」
「ん? 質問?」
さて何を問われていたっけ、と思い出してみる。
「ああ、そうだ。俺達は4人とも冒険者だ。そして何も持っていないように見えるだろうが、いろいろ持ってるよ」
ジャキンという音を響かせて、俺は女神の剣を収納から出すなり抜いて見せた。
ガスランもすぐにヴォルメイスの剣を抜く。
エリーゼとニーナも剣を抜いた。
さっきからこの男がニーナとエリーゼを性欲塗れの視線で見続けていたのは分かっているんだ。俺は少し腹も立っていた。
俺達から逆に剣を突きつけられて、驚き固まってしまっている三人の男達に向かって俺は言う。
「よそ者を警戒するのは当然だが、それにしてもさっきから少し失礼が過ぎないか?まだ槍を突き付けて恫喝してくるなら剣で応えてもいいんだぞ」
「なんだと」
そう怒鳴った男の目の色に怒りとためらいが同居しているのが解る。
しかし少しの逡巡だけで、男が槍を振るう決心を付けたように見えた次の瞬間。
「止めんか」
老人の鋭い声が響いた。
槍先を引いた男達に合わせて俺達も剣を納めた。
「じゃ、俺達は行くよ」
そう言って、見送る姿勢の老人に軽く手を挙げてから4人で歩き始める。
少し歩いてから振り返ると、ニーナとエリーゼにまだ未練がましく好色な視線を送って来る男三人に気が付いて呆れてしまうが、そんな俺にガスランが小さな声で言ってくる。
「これで終わりじゃない気がする」
「ええ? 面倒だなあ…。まあその時はガツンとやっちゃうしかないけど」
ていうか、ガスランのその言葉ってフラグ? じゃないよね?
するとエリーゼが、
「今やってもいいよ」
ニーナも、
「あー、気持ち悪い。燃やしてしまいたい」
それにしても、俺達が見えなくなるまでずっと見続けていたのには、欲情男の執念深さを感じて俺も気持ち悪くなった。ガスランの言う通りなのかもしれないなと思っていたら、その日の夕食を済ませた時に早速反応が現れた。
ふぅっと溜息をついたエリーゼの様子を見てガスランもニーナも全てを悟る。
「やっぱり来たのね」
そう尋ねてきたニーナに頷いて俺は言う。
「テントは畳むけど焚火はそのままにして少し暗がりに離れるよ」
「わざと踏み込ませるのね」
「まあそういうことなんだけど、ちょっと人数多いから一気にやろう」
「3人じゃないの?」
「6人」
「「……」」
どかどかとやって来た男6人は、そこは焚火だけで俺達の姿が無いのが判ると周囲を見渡し始める。
俺は暗い所から姿を現し、ゆっくり近付きながら彼らに声をかける。
「なんか用かな。お前らの村に忘れ物をした覚えは無いんだけど」
「けっ、隠れてたのかよ。女を置いて行けば男二人は見逃してやる」
昼間、欲情塗れでニーナとエリーゼを舐めまわすように見ていたその男はそう言って剣を抜いた。それが合図だったように他の男も次々と剣や槍を構えた。
「問答無用ってことか…。ニーナ」
「りょーかい」
俺の背中の方から返事が返ってくる。
すぐに、ズシッと音が聞こえそうな加重魔法が、男たち6人を抑えつけた。全員立っていられなくなって、アワアワと喚きながら地面に這いつくばる。
欲情男の前に俺はしゃがんで言う。
「今すぐごめんなさいと謝るなら、見逃してやってもいいぞ。俺は、だけどな」
「うるせえ、なんだこれは。魔法か。きたねえぞ」
「魔法無しで相手してやってもいいが、そうしたいか?」
「うるせえ、放しやがれ」
じたばたと暴れながら男は叫ぶ。
うわっ、つば飛ばすなよ。どっちが汚いんだよ。
「放せってことは、そうかやるんだな…。ニーナ、こいつだけリリース」
「はい、どーぞ」
落としていた剣を拾って投げてやると男は器用に受け取ってみせた。まあ、お山の大将してるだけの実力はありそうだ。
そしてすぐに俺に切り掛かってきた。正々堂々という言葉はこいつの辞書にはないらしい。まあ、今更な話だけど。
剣を躱しながら俺は木刀を出した。
そして4連撃。
男の両手と両足を打ち据えた。骨まではやってない。しかししばらくは力が入らない状態だろう。
加重魔法は掛かっていないのに這いつくばった男に俺は威圧を滲ませながら言う。
「これまでもお前達、こんなことやってたのか?」
「……」
正直に答える訳ないか…。
6人をスタンで気絶させて、ガスランと二人で全員の身ぐるみを剥がしていく。
下着だけにしてしまった男達をまずはそれぞれ縛り上げてから、その後近くの木にまとめて縛り付ける。
剥がした服などは焚火の中に放り込んだ。武器は収納に没収。
俺は村に近い方の暗がりに声をかける。
「見てないで出てきたらどうだ」
既に俺の指示でガスランはその暗がりに居る人物の背後に回り込んでいる。俺の斜め後ろの少し離れた位置に居るニーナは、一緒に居るエリーゼに教えられていたのだろう特に驚きはせずに暗がりの方を見ている。
少し弱めのライトの光球を、その暗がりを照らすように俺は出した。
突然の光を手で遮って、驚いた顔で俺達が居る方に走り出てきたそいつは言う。
「こ、こいつらを止められなかったが、心配で後を付けてきたのだ」
心配ね…。どっちの心配してたんだろうな、この老人は。
「あんたも身ぐるみ剥がされて、そいつらと一緒に縛られたい?」
「ど、どうしてわしが」
ヨロヨロっとまた数歩俺の方に近付いてきた老人。
しかし突然その身を屈めると、一気に前傾姿勢のまま突っ込んできて剣を抜きながら俺に切り掛かってきた。
ほう、なかなかのスピードだ。
だが甘い。
相変わらず木刀を持っている俺はその老人が振るった剣をサッと避けて彼が手にしているその剣を弾き飛ばした。ついでに木刀で足を引っかける。
転びそうになりながらも体勢を立て直している動きは、やはり只者じゃない。
しかしもう終わりだ。
続けて、体勢を立て直しながら彼が抜いていた短剣もそれを持つ拳ごと叩いて弾き飛ばし、流れのままの勢いで両方の肩を割と手加減なしに打ち砕いた。
そうしてやっと動きが止まって地面に仰向けになった彼の喉に木刀の先を当てる。
ぐぬぬっ…。
両肩は激痛だろうに、その程度の声を漏らすだけで済んでいるのは忍耐力がある。
俺が弾き飛ばした老人の剣を拾って戻ってきたガスランがロープを出したので、痛がる声は無視してさっきの6人と同様に服など全てを剥がしてしまい、縛り上げた。
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