第15章 樹海

第170話 冒険者フェル

 リズさん同様にスウェーガルニの騎士団分団創設の準備室に配属された騎士達と共に、俺達はアトランセルからスウェーガルニへ向かった。騎士団の馬車の乗り心地はなかなか良いと思ったし、なによりスピードが速い。

 騎士団にちょっかいを出すようなものは皆無で平穏な旅。但し騎士達は任務での移動なので途中で観光などはしない。だから、帰りはゆっくり見たいと思っていた途中の街など、またもや通り過ぎるだけだったのが少し残念。

 帰り着いた久しぶりに見るスウェーガルニはまた変貌していた。見違える、変わり過ぎなんてことを言い合いながらスウェーガルニの街中を馬車で通った。拡張された街区には道路が整備され、建物も既にかなり建っている。

 そして学校予定地として仕切られた敷地の前を通った俺達は、その広大さにびっくりしてしまう。

「領都の学校よりも相当大きいですね」

 リズさんがそう声を弾ませて言った。

 フェルも既に建築中の幾つもの学校の建物を見て目を輝かせていた。

 ニーナが説明してくれる。

「中等科4年と高等科3年に分かれていて、フェルは高等科から編入する形よ。丁度、専攻科に分かれる学年だから、中等科までは地方の学校に居て高等科から編入する子も割と居たりするの」

「専攻科ってどんなのがある?」

 ガスランのその問いにはフェル自身が答える。

「総合学科と騎士科と魔法科、そして行政学科」

「フェルはどのコースを選ぼうと思ってるの?」

 そのエリーゼの問いかけにフェルは口をへの字に曲げて眉を顰める。

「正直、よく分かんなくて…。最初に説明があるらしいから、それから決めればいいかなって…」

「そうね、それでいいと思う。あとね。迷ったら総合学科にすればいいよ。学年が上がる時に専攻は変更できるんだけど、総合学科に居ればどこにでも行けるわ」

 総合学科のまま卒業した珍しいタイプだと自分を評していたニーナが、そう言いながらフェルの頭を撫でた。

「あっ、それとね。スウェーガルニ独自の専攻科が有るの。魔法科とは別に単独での治癒学科。王都の王立魔法学院以外では初めてだと思うよ」

 ニーナはそう言い添えた。

 ミレディさんが学んだと言っていた王立魔法学院。スウェーガルニの学校にその専攻科が出来るのはスウェーガルニとレッテガルニの両代官からの強い要望が発端ではあるが、間違いなくミレディさんが居るからだとフレイヤさんから話を聞いていた。客員教授として週に何度か授業を行うことを依頼されているらしい。ギルドとしてもその依頼を受ける方向だ。


 騎士団分団の本部の近くには独身騎士の為の宿舎も建つそうだ。しかしリズさんは一軒家を借りるつもりだと言う。

「フェルが学校が休みの時に帰る家ですね。それに私も、新兵って訳でも無いですし公私は分けたいかなと」

 学校が始まればフェルは寮に入ることになっている。でも毎週の休みや長期の休みの時には帰れる家があった方がいい。ちゃんとフェルの部屋も用意するようだ。


 帰ってきた久しぶりの双頭龍の宿は変わってなかった。俺達に気が付いたイリヤさんが涙をポロポロと零しながらエリーゼに走り寄って抱き締める。

 それを見ているマスターも少し涙ぐみ、そして俺達に笑顔を向けた。

 騎士達は宿舎が完成して使えるようになるまでは全員がここに泊まることになっていて、宿は一気ににぎやかになった感じ。もちろんリズさんとフェルも、借りる家が決まるか学校が始まるまではここに滞在することになるだろう。



 ◇◇◇



 早速、分団準備室の仕事で朝から晩まで忙しくし始めたリズさんとは逆に、俺達は割とノンビリ、相変わらずフェルに訓練でいろんなことを仕込みながら、自分達のそれぞれの課題に取り組んでいる。

 そして当初はリズさんも一緒に行こうと話していたが、忙しくてダメそうだということなので、俺達4人とフェルの5人でガスランの家へ里帰りをすることになった。

 という訳で、ベルディッシュさんの店でフェルの装備について相談。

「中級冒険者用ぐらいの物で揃えたいんですよ」

「お前達が使ってるような特殊な装備じゃないなら、すぐに揃うぞ。仕入れの品が届いたばかりだからな。今は商品が多い」

 フェルをじっと見たベルディッシュさんは

「剣と弓か…。じゃあ防具はエリーゼ達と同じような感じでいいか」

 そう言うと店の奥に引っ込んですぐに一式の防具を持ってくる。色合いはほぼ黒。俺達の防具と色合い自体は同じような感じ。

 ベルディッシュさんはそれを身に着けたフェルにいろんな動きをさせてみて、調整をする。そしてベルディッシュさんはエリーゼに固体強化の魔法のポイントを指示して掛けさせた。

「よし、こんなもんだな。じゃあ次は弓を選ぶぞ」

「はい!」

 フェルはもう嬉しくてニコニコしっぱなし。


 ちなみに、この辺の費用に関しては全て公爵家から出ている。むしろ多すぎるぐらいお金を預かっている。リズさんにはフェルの生活費なども別途支給されているらしいが、決して贅沢はさせず余った金は全てフェルが学校を卒業した時に渡してあげるつもりだと言っていた。そしてもちろんフェルは小遣い制である。


 フェルは剣を選ぶのに一番時間が掛かった。結局、店に並んでいる物の中ではかなりいい部類に入る物だが予備も同時に購入。そして短剣や剣帯も。

 エリーゼに尋ねたら弓も上等な物にしたと。

「上級冒険者用装備になっちゃったね」

 エリーゼとニーナがそう言って笑った。


 フェルにはニーナが学生時代に使っていた物だと言うマジックバッグが与えられている。容量はそれほど大きくないが、時間遅延は付いていた。悩んだ末に俺はフェルとニーナに断ってそれを改造。時間停止の物にして容量も大きくして生体認証も付与した。

「甘やかしすぎだとリズさんから叱られそうだな」

 そう言ったらニーナに大笑いされた。

「それ言ったら私達なんてかなりシュンに甘やかされていることになるよ」

 うんうんとガスランも頷いてニヤニヤしている。

 尚、清浄の首飾りはとっくの昔、別荘に行く前に既に進呈済みである。それはリズさんにも。


 その後、冒険者ギルドに行ってフェルの冒険者登録。身分証明になるものはアトランセルの住民カードを持っているし、俺はまだ冒険者登録は早いと思っていたんだけど、ニーナは自分は登録できる12歳になった時にすぐにしたと言った。エリーゼも15歳の時にしている。まあそんなものなのかなと。本人は凄く喜んでいるし、フレイヤさんがフェルちゃんようこそ冒険者ギルドへ、と言って抱き締めていたのでいいんだろう。

 登録名はフェル。種族は魔道具で検知されているヒューマン。14歳。もちろん新米冒険者なのでFランクである。



 乗合馬車を途中下車してバルマレ村への小街道を歩く。訓練の成果でかなり身体能力が向上しているフェルだが、無理はさせずゆっくり歩いた。

 そして、いつものようにバルマレ村での野営一泊を経た翌日、ガスランの家に向かい始めてしばらくすると魔物が探査の網に引っかかってくる。

「ゴブリンだな」

「うん…。5匹」

「進行方向に居るし丁度いいから殲滅して行こう」

「「了解」」

「了解。フェル頑張れ」

 ニーナがそう声をかけるとフェルはコクリと頷いた。

 今回の帰省にフェルを連れてきたついでに魔物狩りの経験を積ませようとしている。人型の魔物を平気でやれるようになっておかないと、いざという時に自分の身を守れない。


 フェルの弓の射程に入った所で俺達は待機。エリーゼと二人、並び立ったフェルの視線の先にはゴブリンが5匹。何かを食べている様子。あいつらは何でも食べるし、じっとしている時は大抵食べている時だ。

「フェルは右端からね。私は左から撃つよ」

「分かった…」

「いつでも自分のタイミングで撃っていいよ。私が合わせる」

「……」


 ヒュッと音が鳴った瞬間、シュシュシュッとエリーゼの矢の連撃の音が鳴った。

 フェルが最初に放った矢はゴブリン一体の胸に命中。

 続けて放った矢はもう一体の肩に命中。

 残りの三体は既にエリーゼの矢で絶命。


 グギャギャとうるさく叫んでいる一体は、肩に刺さった矢を抜き取ってしまってから、こちらを睨んで叫んでいる。

「フェル、もう一撃しっかり狙って」

「はい…」

 ヒュッと放った矢が声を発しているゴブリンの口に刺さり、後ろ向きにひっくり返ったそのゴブリンは静かになった。


 解体の指導は俺とガスラン。解体用ナイフは俺が何本も持っているうちの一本をフェルに渡した。最初に討伐部位を切り取って、そして魔石を切り出す作業。

 フェルは嫌な顔一つ見せずに俺とガスランの説明を聞きながら、自分が倒した二体から魔石を取った。

 その後は遭遇する群れは無かったものの、探査では前のようにまたゴブリンが増えている感じなので、翌日の仕事は決まり。


 ガスランの家に着いて、以前から変わった様子は無いことが確認できると俺は魔道具のチェックをして回る。ニーナとガスランは家の中や外の掃除。エリーゼとフェルは夕食の準備だ。恒例のバーベキューを予定していて今回も海産物を大量に買い込んでいる。



 翌日、全員でゴブリン狩り。適当に間引いてフェルにも剣で戦わせる。本人はやる気満々で臨み、そして確実に仕留める。気後れも気負いも無くいい剣筋だった。

 3匹から5匹程度で群れているゴブリン達を幾度か急襲し、そして探査の結果でこれが最後の群れだと思ったゴブリンの討伐が終了してその回収をしている時にフェルが声を上げた。

「洞窟がある!」

 岩の陰になっていた所、矢で倒したゴブリンの回収をしていたフェルが見つけたのはその岩の後ろにある小さな洞窟。入り口は人の背丈までもない高さだが、背が低いゴブリンには苦にならない高さだろう。

 俺はガスランに問う。

「ガスラン知ってた?」

「いや、この辺で狩ることは無かったから初めて知った」


 洞窟の入り口から探査を中に広げてみる。狭い入口の印象と違って中は意外と広いのが判る。

「これ結構深いな」

 そう呟きながら同時に判っていたのは奥にまだゴブリンが居るということ。

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