第171話
緩やかな下り坂になっている洞窟をガスランと二人で進んだ。
エリーゼ達は外で待機だ。
狭い入り口をくぐって少し進むと広くなっているとは言え、何人もで武器を振り回せるほどではない。
「シュン、私も一緒に行く。私が一番小さいんだから狭いとこでは有利」
フェルはそう言ったが。そんなこと、はいそうですねと聞ける訳がない。
「あと数体だから、すぐ終わらせて戻るよ。お姉ちゃん達二人と留守番な」
「むうー…」
通常種に加えて上位種のような存在も一体居るのは判っていて、それらを探査で確認しながら俺を先頭にガスランが続き、分岐が全くない洞窟の中を走る。ライトの光も遠慮せずに使用中。まだ距離があるのでゴブリンに気が付かれる心配はない。
そして、洞窟の高さと幅がもうひと段階広くなった所で俺は停まる。下りだった緩やかな勾配はもう無くなっている。
「シュン、灯りが…」
「さすがにゴブリンどもも暗いと不便なんだろうな」
停止した所から前方の奥を見ると、うっすらと灯りが有るのが判る。何の灯りだろうか。松明のような火を灯した物だろうか。酸素は大丈夫なのか…?
その時、奥に居るゴブリンが動き始めた。俺とガスランが居る方とは180度正反対の方向へ。
相手が遠ざかるように移動を始めたことを伝えるとガスランは首を傾げる。
「別の出口?」
「うん、多分それはあると思う。空気がそんなに淀んでないしな。さっきの狭い入り口だけとは思えない」
俺達は取り敢えずゆっくりと灯りがある方へ進む。ゴブリン達がもし戻ってきて俺達と遭遇するなら、その時は殲滅するだけだ。ただ、上位種らしき個体は留まったままだ。
その明るい所は広い空間だった。天井が高くなっていて、石畳が敷き詰められたような床から一段上がった形で石造りの広い舞台、そんなものが有る。そして天井から淡い光がこの空間全体をボンヤリ明るくしている。決して十分な光量とは言えないが、魔物でも人間でもそこで行動するのに支障はない程度だ。
「これは…」
ガスランがそう呟いている間に俺は舞台の上に在るそれを鑑定と解析。
「ゴブリンクイーン…」
俺はガスランにそう答えた。
広いテーブルのような正方形の舞台の中心にある巨大な肉塊としか呼べないもの。
ゴブリン15体分程度の大きさがある。
そのゴブリンクイーンが耳障りな声を発し始める。
ジュジュジュ、ジュジュ…
よく見るとクイーンにも顔の部分はあるようだ。肉塊の一端の方に頭の名残のような出っ張りがあり、そこにグルグルと動いている一対の眼球のような物がある。口や鼻、耳の類は見当たらないが、幾つか開いた穴がそうなのかもしれない。
醜い。仮にも人型の生き物ならばもう少し違う形態が在るんじゃないかと、同時に哀れさも感じる。
肉塊の別の一端には生殖器と思われるものもある。身体というか肉塊の側面には4対の乳房のようなもの。無理やり探査を深く届かせてみると、予想通り。別のゴブリンの個体がクイーンの腹の中に複数居るのが判った。それぞれに存在する魔石の反応で明らかだ。
クイーンには手足の名残が僅かにある。それらは動かすことはままならない様子。
そうやって観察していると、さっきのクイーンの声に反応したのだろう。ここから遠ざかっていたゴブリン達が戻ってくる。
「スタンを撃つよ」
そうガスランに言って戻ってきたゴブリン達は全て電撃で気絶させる。ついでにクイーンにも電撃を撃つ。身体の大きさに見合った強さで撃つとクイーンは呆気なく気絶した。
改めてゴブリンクイーンを観察。
「女王蜂か女王蟻みたいだな」
「キラーアントのクイーンみたいな感じ?」
「そう。そんな感じ…。多産とは言え胎生だと効率悪そうだけどな」
この異世界デルネベウムにはキラーアントという巨大蟻の魔物が居る。そのキラーアントの群れに必ず居ると言われる女王蟻が、確かとんでもなく大きいという話だ。教皇国のその更に南の方に生息していることがよく知られていて、その辺りは人間は絶対に近づけない魔境だそうだ。
「ガスラン、俺こいつをエリーゼ達に見せたくないんだけど」
「言いたいことは解る。女性にはちょっと…」
ガスランは渋い顔で言った。
俺も多分、同じような表情だろう。
「そう。俺達二人だけで来てて良かった」
「うん。同感」
ゴブリン達は俺が剣で止めを刺して回り、クイーンはガスランがヴォルメイスの剣に火炎を纏わせた状態で頭のような部分を切り落とした。炎で切っているので切り口は焼き固められて血は吹き出さない。クイーンはそれですぐに絶命したが、腹の中の胎児がまだ生存していて収納には入れられない。しかし、それもしばらく待っていると可能になった。
さて、いろいろと衝撃的なゴブリンクイーンのこともあるが、この場所も謎だ。
光量こそ弱いもののダンジョン内の照明とほぼ同じような感じで明るさをもたらしている天井の物質。それは鑑定出来そうで出来ない。この感じは鑑定には時間が掛かるという類。
そして石造りの舞台があるこの空間。こんなスペースをゴブリンが作れるはずは無く、ただゴブリン達が住処にしていたのは間違いないようだが、それほど汚されても荒らされてもいない。クイーンの為の部屋として使われていたような感じがする。
「ゴブリンはたまたまここを見つけて住み着いたのかな…」
「あっちを調べた方がいいかもしれない」
ガスランはゴブリン達が一旦離れて行った時に進んだ、おそらく別の出口がある方のことを言っている。
「ふむ…、それは次回にしよう」
「うん、了解」
エリーゼの探査で俺達は見えているはずなので心配はしていないだろうが、何やってるんだとは思われているだろう。それに、そろそろ日が暮れる時間。入り口の方に俺達は戻った。
エリーゼ達が待つその入り口に戻るとニーナにいろいろ質問攻めにされる。俺は後で説明すると言って帰宅を急ごうと促した。
ガスランの家に戻り、俺は夕食や風呂などが終わり皆が居間でお茶を飲み始めてから話をした。ゴブリンクイーンのこと。そして奇妙な人工的な石造りの部屋のこと。
「ゴブリンクイーンなんて初めて聞いたよ」
「資料でも見たことない」
ニーナとエリーゼがそう言った。俺ももちろん知らなかった。
ニーナ達にはグロすぎるから見せられないと言って収納から出すことはしなかった。そしてギルドを通じて研究機関に提供することになるだろうとも言った。
ニーナは頷きながら言う。
「領都に持って行くことになるでしょうね。その後は王都にも」
「うん、まあその辺はギルドにお任せするよ」
そして、明日は調査の続きをしたいということと、もしかしたらゴブリンの大きな群れが居る可能性もあるという話をしたら、女性二人と女の子一人は任せなさいという表情になる。
まあ今日のフェルの戦いぶりを見た限り大丈夫だろうし、皆でフォローできるだろう。リズさんには叱られそうだけど。
と、思っていたら
「今日レベルが三つも上がったよ」
フェルはそんなことを言う。
「え? あれだけで3レベル上がった?」
俺がそう問い返すと、フェルは今のステータスを滔々と言い始める。
かなり上がっていて、俺達の爆上がりほどではないがそれに近いものが有る。
やはり訓練で蓄積された経験の質ということなんだな。俺はフレイヤさんから聞いた経験値の話を思い出していた。
「そんな風に誰にでもステータスのことを言っちゃ駄目よ」
すかさずニーナにそう言われるフェルだが、もちろん俺達だから言ったんだろう。
感覚的なギャップについてはエリーゼ達からしっかり今回も言い聞かされたようで、そこは気をつけるし、しっかり訓練もすると神妙な顔でフェルはそう言った。
「あとね…」
エリーゼと頷き合ったフェルが続けて言う。
「光魔法が発現しました!」
満面の笑みでフェルはそう言った。
は? 何度俺を驚かせてくれるんだろうこの子は。
魔族の魔核を吸収したフェルに光魔法発現というのは非常に興味深い。
多くの伝説に共通的に残されている事の一つとして、魔族には光魔法を使える者は居なかったということがあるからだ。事実、ドニテルベシュクにもレイティアにも光魔法が使える様子は全くなかった。
フェルは笑顔のままで、
「まだライトしか使えないけど」
そう言って指先に小さな光を灯した。
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