第168話
綺麗な湖の畔。窓から眺める青空を映した湖と初冬の山々、遠くに見える高原、その景色に心を奪われる。この建物は古風な造りの勾配の大きな屋根を持っていて、それは時折の豪雪があるからだという話だ。そんな白一色の様子も見てみたいと俺は思った。
外から声が聞こえてくる。帰ってきたようだ。今日もガスランとニーナは湖に釣りに行っていたはず。もちろんコーフェルトゥとリズさんも一緒だ。
領都アトランセルから馬車で五日。ここはニーナの父親が持っている別荘で、辺り一帯はウェルハイゼス公爵家の私有地だそうだ。なので付近には全くと言って良いほどに他の民家は無い。だからこそこの地が選ばれたのだが、俺達はこれ幸いとばかりにこの突然の別荘住まいを実は満喫していたりする。
海はロフキュールでかなり堪能し尽くした俺達だが、湖となるとまた違う。そして同じ山でもガスランの家がある所とは植生含めていろんなものが異なるので、それも楽しみの材料である。その成果が俺とエリーゼの今日の収穫。
「二人でキノコを採りに行こう」
そう言ったのはエリーゼ。釣りには早々に飽きてしまっていた俺のことを解っていてエリーゼはそんなことを言ったのだろうと思う。逆にガスランとニーナは釣りにのめり込んでいた。ガスランは初めての割に筋がいいとニーナとリズさんから高い評価を受けている。
という訳で適材適所。
エリーゼが探すと不思議なほどにキノコが見つかる。それも高級食材だと言われるものまで大量に採ることが出来た。
領都で買い込んでいた食材に今日の収穫も合わせて今夜も美味しい食事。食べ終わるとコーフェルトゥがうとうとし始める。ガスランが抱きかかえて彼女の寝室へ連れて行く。リズさんも一緒だ。
ニーナが俺をチラッと見る。俺は頷く。
「そろそろだろう。これまでの状況から考えて、あと一日か二日ぐらいかな」
使徒の心臓と呼ばれた魔核と元々のコーフェルトゥの魔核の融合が進んでいる状況では何が起こるのか分からない。街から遠ざけた方が良いということになった。それは万が一の住民への被害を懸念したからだ。それで選ばれたのが、今俺達が居るこの別荘ということ。
今のコーフェルトゥの魔核の原型はレブナントとして再復活を遂げた時のもの。その再復活を促す際に使徒の心臓を埋め込まれていて、その時から魔核が二つ存在するようになっている。
そんな二つの魔核の融合が始まるトリガーになったのはおそらくは俺の雷撃砲とエリーゼの精霊魔法だろう。主として存在していた使徒の心臓の力が弱まり、二つの魔核の力関係が変わったせいだ。
魔核の融合が完了するXデーが近づくにつれて、コーフェルトゥは睡眠時間がとても長くなってきた。夜は早く眠りに落ちてしまうし、朝はなかなか起きてこない。起きている間も次第に口数が少なくなっていたし、笑ったりする感情表現も少し乏しくなってきた気がする。常にボーっとしてきた感じ。
そして遂にこの日、コーフェルトゥは昼過ぎても起きてこなかった。
リズさんから知らせを受けた俺とエリーゼはベッドで静かな寝息を立てているコーフェルトゥを診た。
「魔族の波長が完全に消えたな」
「うん、これってガスランに似ている感じがするよ」
「そうなんだよ。ま、それは置いといて、皆に言って交代で見張りを始めないとな」
エリーゼと二人でそんな話をして、俺達は皆が居る食堂に戻った。
取り敢えずコーフェルトゥの寝室で張りつくことはしないが、夜は常に誰かが起きていて、昼間でも最低二人は家の中に居ることにする。時間をおいて定期的に様子を見ることと何かの物音など気付けるようにしておく為だ。
「どのくらい眠ってるのかな」
ガスランがそう言った。
「この前が二日間ぐらいだったから、同じかそれよりもう少し長いか、だと思う」
そう言えばガスランは一日半ぐらいだったなと、そんなことを思い出す。
ガスランは進化だったからコーフェルトゥとは全然違うんだけどね。
あっ、でも…。もしかして進化するという可能性もあるのか?
そんなことを思いながら俺は外に出る。
「どこ行くの」
弓の練習で先に外に出ていたエリーゼがそう尋ねてきた。
「あー、ちょっと独り言を言いに」
エリーゼがプッと吹き出す。
「特務の人達の所なのね」
「まあ、そういうこと」
この別荘の周囲には全く民家が無く住民は一人も居ない。しかし付近に全く人が居ない訳ではない。
俺達がこの別荘に来た時からずっと、騎士団特務部隊の兵が別荘を見張っている。
その目的は二つ。
一つは当然ながらニーナの警護の為。俺達に特務とは言え兵士の警護が必要かというと決してそうじゃないが、彼らは人間の盾になることも辞さない覚悟なので、意味がないとか必要ないとか軽々しくは言えない雰囲気。ニーナはいつも無駄だとか別の事やらせろとかラルフさん達には言ってるけどね。
そしてもう一つはコーフェルトゥに関する状況をその都度ソニアさん達に報告する為。まあ今回はこっちの意味合いが大きい。
探査で探した特務部隊の一人の所に俺は向かう。それは今回の別荘監視任務の隊長さんが居る所。
目の前に突然現れた俺にギョッとした様子をほとんど見せないのはさすがだ。いや驚かせたい訳じゃないんだけど、ゆっくり判り易く近づくと距離を保とうと逃げて行くんで話が出来るまでに時間かかるんだよ。
「はあ…、またシュンさんですか」
「ごめん。だって早く知らせておこうと思ったからさ」
という訳で、状況を説明。隊長さんはブレアルーク子爵邸の事件の際に現場に居た人なので面識もあったし話は早い。
「リズさん、もう寝た方が良いですよ」
「そうなんですけど、なんか眠れそうになくて」
俺が起きておく番になって、その前がリズさんだった。リズさんが一向に自分の寝室に行く様子が無いのでそんな話をしたところ。
収納から寝る前に飲んでも良さそうなお茶をリズさんに出した。熱々である。
「これ、落ち着きます。熱いですから少し冷まして飲んでください」
「ありがとうございます」
「フェルは、学校に興味があるみたいなんです」
リズさんはお茶をふうふうと吹いて冷ましながら、そう言った。
「どこか入れそうな学校があるといいですけどね」
「領都にも幾つかあるんですけど、難しいでしょうね」
コーフェルトゥに害は無いということになったとしても、公家がある領都にそのまま住まわせる訳にはいかないんだろうなと、俺は思った。
「スウェーガルニに新しく公立の学校が出来るの知ってますか」
「えっ、いや初耳です」
「やっぱり。私もここに来る直前に小耳に挟んだんですけど、どうやら正式決定みたいです」
「へー、でもいいことですね」
「はい。西部地区には学校が少ないので以前から案としてはあったらしいんですけど、今回街区を大きく拡張したので正式決定になったそうですよ」
「なるほど。土地はあるってことか」
◇◇◇
コーフェルトゥが目覚めたのは眠りについて二日半後のことだった。目覚めるなり喉の渇きを訴えた様子は一番懸念していた状況ではないように見えた。しかし、鑑定で判る情報には変化があった。そして外見もまた変化している。交代で見守っていた間、定期的に様子を見ていたので判ってはいたが、目覚めて起き上がった姿を改めて見ると、これはちょっと…。
「ちょっと若返り過ぎじゃない?」
「私達より少し年下って感じ」
「……」
すぐに駆けつけてきたニーナとエリーゼがそう言った。ガスランは無言。
俺から渡された水を飲み干してしまうとコーフェルトゥはリズさんの方を向いた。
「リズ、お腹空いた」
「……、フェル。私の事憶えてるの?」
「憶えてるよ。皆のことも。だけど、ずっと夢を見ていたような。私なんだけど私じゃない誰かだったようなそんな感じ。でも夢じゃないんだよね。それも判ってる」
前回、精霊魔法を受けた時に若返った感じだったのが、今回もまたそれ以上に若返っている。そして、性格と言うか精神年齢と言うか、そんなものまで若返っている感じだ。声も若いので違和感は無いのだけど。
さて、コーフェルトゥのことについて皆に説明しなければならない。もちろん本人が居ない所で。
そのコーフェルトゥは起きてからは飲んで食べることに忙しく、そしてリズさんと一緒に風呂に入り夕食も大量に食べるとまたウトウトし始めて、今ではすでに自分の寝室で熟睡中である。
俺達4人とリズさんは普段は使っていない別荘の中の広い応接間に集まった。
「鑑定の結果から言うことにしようか」
皆がソファなどに座り終えてから俺は話し始める。
「最初に結論から言っておくと、コーフェルトゥは人間だ」
「人間? レブナントの上位進化じゃなくて人間になってるということ?」
すかさず聞き返してきたのはニーナ。
「いや、結果を見るとこれも進化なんだろうと思う。で、種族はハイ・ヒューマン。名前は以前と変わらずコーフェルトゥ・ブレアルーク」
「ハイ…、ヒューマン?」
皆が驚いて俺の言葉を反芻している中、声を発せたのはそう呟いたニーナだけ。
俺は皆への説明を続ける。
「鑑定を疑うことはあまり無いんだけど、このところ鑑定が効かない相手が多かったからな。今回はじっくり見たよ。そして行動や表情なども先入観無しに観察した。それは皆もそうだったと思う…」
ガスランが大きく頷いている。
そして、ニーナもリズさんも頷いた。
「一つになってしまったけど魔石、魔核はもちろん残っていて、でも魔族の波長は一切なくなった。今更な話だけど融合というよりコーフェルトゥが吸収してしまった形なんだと思う。多分、それが出来たのは俺の雷撃砲とエリーゼの精霊魔法で使徒の心臓はほぼ無力化してしまっていたからだろうな」
リズさんが俺に真剣な顔を向けて言う
「危険は無いですよね」
「普通の人間と同じ程度だと俺は思いますが、魔核の状態は注意し続ける必要があるでしょうね。ポテンシャルとしてはとんでもない物ですから」
「今は力が削がれてるということでいいの?」
そのニーナの問いかけに俺は頷いた。
「うん、以前話したようにずっと機能がほぼ停止しているような状態だったんだけど、今日目覚めてからは少しずつ回復し始めていると思う」
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