第167話

「エリーゼに蘇生魔法を使わせては駄目よ」

 以前、フレイヤさんに言われていたことだ。蘇生魔法は精霊魔法からの派生。

 もちろん今回エリーゼが使ったのは蘇生魔法じゃない。むしろ全く逆。解り易い言葉で言うならターンアンデッドに近いもの。魂を輪廻の輪に戻したと言えばいいのかな。成仏と言ってもいい。

 しかし、一歩間違うと今回のも禁忌に近い魔法だったと思う。使わなくて済むならもう二度とこんなことはさせたくない。俺はそう考えている。


 その蘇生魔法は魂を呼び戻して器となる肉体に再び定着させる魔法だ。ブレアルーク子爵夫妻がやろうとしていたことがまさにそれだった。しかし、定着に失敗して不成功に終わった。それで良かったと思う。そこは人が踏み込んでいい領域じゃない。



 エリーゼの精霊魔法が止まってすぐ、ニーナが俺の元に来た。

「エリーゼはMP大量消費で気を失ってるだけよ。枯渇までは行ってないみたいだから心配しないで」

「あ、うん。ありがとう」

 探査で判ってるんだけどね。それでも、ニーナのそういう気遣いはとても嬉しい。


「ところでシュン? その女性いつまで裸のまま抱きかかえておくつもりなの?」

 ニーナは笑いながらそう言うと担架を出した。俺がその上に気を失っているコーフェルトゥを横たえると、ニーナは収納から出したローブを羽織らせ始めた。

 いや、そろそろ動き始めようと思ってはいたんだけど、この短時間に並列思考で把握した膨大な量の情報を整理して考え続けていたんだ。


 ガスランが抱きかかえていたエリーゼも復活してきた。コーフェルトゥを載せた担架を持った俺とニーナが二人の所に戻ると、エリーゼが俺にしがみついてきた。そして号泣。

「シュン…。私…」

「あれでいいんだ。帰るべき場所へ帰してあげたんだ…。良かったんだよ。皆安らかだった。俺は全員をちゃんと見送ったから…」


 エリーゼを抱き締めている俺の横からガスランとニーナも一緒にエリーゼを抱き締めた。



 騎士達とラルフさんがやって来て、クレーターにはなってるわ荒れ果ててしまってるわの子爵邸跡の検証を始めると言う。そのラルフさん。

「取り敢えず今すぐの危険はもう無いと判断した。シュン達もそう思ってるということでいいか?」

「はい。同意です」

「あまりまともな物は残ってないと思うけど、よろしくね。ラルフ」

 いろいろ押し潰して砕いてしまった当人であるニーナが微笑んでそう言った。


 ソニアさんは俺達がコーフェルトゥを担架に載せたのを見届けてから一足先に城に戻ったそうだ。想定をはるかに超えた大騒ぎになってしまったので、事後処理に既に追われているということだろう。


 そして、ニーナが構わないと言うのでコーフェルトゥを屋敷に連れて帰ることにした。

「なんか初めに見た時と印象変わってるね」

 ニーナにそう言われて俺も改めて担架に横たわるコーフェルトゥを見ると、確かに少し容貌が変化していた。

「うん、髪の色が最初は濃紺だったけど、少し明るい感じになって青く見えるな」

「顔つきも違うわよ。若返ってる感じがする。身体つきも変わったかな…」

「あー、そうかもな」

 ニーナに言われてすぐに俺には判ってしまっていた。胸の大きさが違う。大きくなってるし張りもある。まあ、絶対そんなことは口には出さないけどね。



 ◇◇◇



 妻を亡くしたブレアルーク子爵の狂気の果てのゾンビ化実験。その通りではあるんだが、それで済ませるのは少し寂しい感じもした。そしてコーフェルトゥに関しては生体実験の被害者的な扱い。まあそれも間違いじゃない。そして子爵が集め過ぎていた魔素を処理する為に爆発させたという説明がされた。辺境最奥地以上の魔素量だったと推測されるという補足説明がされると、皆が驚くとともに安堵した。

 騎士達にしても俺達の戦闘中の様子をつぶさに見ていた者は居ないので、そういう説明で多くの人が納得したようだ。まあ嘘を言ってる訳でも無いし…。


 走馬灯に関しては、俺達4人とラルフさんやソニアさん。比較的コーフェルトゥの近くに居た人達は同じように見えたそうだ。但し、詳細を把握できた者は少ない。それは処理能力の違い。ステータスの知力が高い者ほど把握できた内容は多かったということ。


「シュン、一番気になってることなんだけど…」

「ん? いろいろあるだろうけど。いいよ、一つずつ言って」

 俺はニーナにそう言った。

 今はソニアさんの執務室にソニアさんとラルフさん、リズさん。そして俺達4人が居る。リズさんも走馬灯が見えた距離にいた一人だ。


「子どもたちの魂が無理やり戻されていて、でもゾンビには定着できなかったというのは理解したんだけどね。じゃあどうしてコーフェルトゥの…、いや紛らわしいから言い換えると、子爵夫人は定着出来ていたの?」

「ゾンビ化が死の直後だったからだよ」

「それだけ?」

「定着の為の細かな条件はあるだろうけど、それが最大の理由だと思う」


 ソニアさんが俺に尋ねる。

「コーフェルトゥは、話に聞くレブナントの性質とは随分違うんだけど…」

「魂の融合のせいだと思います。俺の想像もありますが、魂の本質は善なんだと思うんですよ。それは価値観の違いはありますけど魔物であっても、という意味です。コーフェルトゥは子爵と夫人の魂からいろんな知識や経験、そして性質、性格的なものも受け継いだと思います。善の部分を優先的に。それは彼女がそういう選択をしたという言い方もできますけどね」

「私はシュンの雷撃砲が邪悪なものを消し飛ばしてしまったように思えたよ」

 ニーナがそう言うと、エリーゼも頷いた。


 俺はそれに笑いながら答える。

「そこが、今言った選択じゃないかという話になるんだけど…。雷撃砲はそんな器用に破壊する対象を選べる訳じゃないのは知ってるだろ。で、コーフェルトゥは今回の雷撃砲を何とかしのげる力を持ってた。かなり犠牲は必要だけど」

「あっ、何を犠牲にするかをコーフェルトゥ自身が選んだということなのね」

「そういうこと。彼女も邪悪な部分は無くていいと思ったんだろうね。まあ、もう少し消極的な優先順位みたいなものだったかもしれないけど」


「フェルは…、本人は憶えてないみたいなんですよね…」

 そう言ったのはリズさん。


 コーフェルトゥは、あの後2日間眠り続けた。レブナント、即ち死からの完全復活者というだけあって彼女の身体は完全に人間そのものである。魔法的なものやステータスは人間の範疇を大きく超えてしまっているが。

 そして目覚めてからの世話をリズさんが熱心に見ている。アンデッド嫌いのはずなのに、どうやらレブナントはそうは思えないらしく割と平気なようだ。

 それで、俺が雷撃砲を撃った辺りのことは憶えていないらしい。


「フェルって呼んでるのね」

 ニーナが微笑みながらそうリズさんに言うと、

「はい、なんとなく呼んでみたらとても嬉しそうで、それ以来そう呼んでます」

 リズさんもニッコリ微笑みを返しながらそう答えた。


 ソニアさんは少し姿勢を改めるようにしてその場に居る全員を見渡した。

「それで今日の本題なんだけど。コーフェルトゥの、フェルの処遇をどうすべきかという話よ」

「その話をするなら、シュンに確認しておきたい事がある」

 すかさず話に割って入ったラルフさんは厳しい顔つき。

「はい、どうぞ」


 俺をじっと見ているラルフさんは、低い声で問いかけてきた。

「いざとなったらやれるか? いや、気持ちの問題じゃなく能力的にという意味で」

「コーフェルトゥを、俺の能力、技術で殺すことが可能かという意味ですね」

 ラルフさんは頷いた。

 皆が一様に厳しい表情になっている。リズさんは半分怒りも混じっている感じだ。


「可能ですよ。俺だけじゃなくガスランでも可能ですね」

「詳しく聞いてもいいか」

「雷撃砲はなんとかしのげたと言いましたが、この前のあれも俺の全力じゃありません。俺の本気の全力はさすがに厳しいだろうというのが一点。そして次はもっと単純な話ですが、俺の剣かガスランの剣だったら間違いなく瞬殺できます」

「そうか…。解った。リズすまん、気を悪くさせてしまったな」

「いえ、団長の立場なら必要な確認だと理解しています」


 そうして少し緊張が緩んだその時、間を置かずにエリーゼが俺に声を掛けてきた。

「シュン、私達が気になってることを皆にも話してあげて」


 リズさんが俺をじっと見つめてくる。ソニアさんもラルフさんも。


 俺はエリーゼに、分かったという風に頷いて話し始める。

「……ブレアルーク子爵家に伝わっていたとされている物の話です。子爵夫人を二度復活させた力の源。子爵は使徒の心臓と呼んでいましたが、それは今でもコーフェルトゥの中に在ります」


 ソニアさんは驚いた表情を隠さない。

「シュンの雷撃砲で消えたんじゃないの?」

「俺も撃った直後はそう思っていました。でも完全には消失させきれていません。俺が消し飛ばしたのは、あの時使徒の心臓が生成していた結界と魔素を溜め込んでいた亜空間。そしてエリーゼの魔法で浄化されて消えたのが使徒の心臓に掛けられていた呪いです」


「呪い…?」

 ラルフさんのその問いかけは取り敢えずスルー。

「呪いのことは後で話しますね。使徒の心臓と呼ばれていますが、それは魔核、魔石のことなんです。強力な魔族のものだったと思われる魔石ですね。そして今コーフェルトゥの中には魔核が二つありますが、既にこの二つは融合が進んでいます」

「ということは…」

 俺はソニアさんに頷く。

「一体化してしまうでしょう。それが完了した時こそがコーフェルトゥの本当の目覚めじゃないかと俺はそう思っています」



 この異世界にある呪いというものは実は単純なものが多い。その呪いが掛かった者の身体の機能に不調を与え続ける類のものが大半だ。その不調の強さによっては死に至らしめるということ。

 呪いも魔法であることには違いが無いので、当然、その定着されてしまった魔法を破壊すれば解呪ということなのだが、大抵その存在を巧妙に隠蔽する形で付与されるのでそれに長けた者の目で診てもらう必要がある。

 使徒の心臓に掛けられた呪いは、通常は魔法効果を向上させるような魔力循環を促す働きをする。しかし光魔法を受けている状態ではその効果が反転し、魔法の誤作動や暴発という結果に繋がる。巧妙に仕掛けられた罠だ。


「しかしそれは魔族にとっては呪いだろうが、ある意味では正しい対抗手段じゃないのか?」

 ラルフさんはそう言った。俺はそれには首を振る。

「呪いは常に、それを仕掛けた者にとっては正義なんだと思います。立場の違いですよね。だけど俺はそういうのはあまり良いとは思えません。その罠が無差別ではなく、狙った相手にのみ動作する、狙ってない人には絶対に動作しないという100%の保証があるならまた許せるんですけど」


 ラルフさんは少し考え込んでから言う。

「ふむ…、そうだな。すまん失言だった。さっきの言葉は取り消そう」

「いえ、俺こそ生意気言ってすみません」


 ラルフさんは俺達4人を順に見ていく。

「シュン。そして皆も。もっと俺に意見してくれ、いろんな話を聞かせてくれ。騎士団だ団長だとか言ってる癖に俺達はまだまだ知らないことが多すぎる。今回のことでもそれを痛感した…。だから今後も、どうかよろしく頼む」

 そう言って深々と頭を下げた。

 そんな俺達の様子を黙って見ていたソニアさんは静かに微笑んでいた。ニーナも実に優し気な微笑を浮かべてラルフさんを見ていた。



 ◇◇◇



 コーフェルトゥについては、少なくとも魔核の融合が完了するまでは厳重監視ということが決まった。その後のことはその時の状態を見てから決めようということ。問題の先送りな感も無きにしも非ずだが、分からないものは判断のしようがない。

 そしてコーフェルトゥには子爵夫妻二人分の知識などがあると思われていたが、それは断片的で欠落が多いということも判ってきた。倫理観や一般常識的な面ではそれほど心配はなさそうだが、それも含めていろいろ補うべくリズさんが毎日家庭教師をしている。屋敷の離れに相当する元は使用人の寮だった小さな家が二人に貸与された。


「シュン、あの呪いは誰が掛けてたんだろう…」

 いつものエリーゼと俺、二人の愛情たっぷりな夜。俺にしっかりと抱き着いた状態でエリーゼはそう呟いた。


 毎日のように俺とエリーゼはコーフェルトゥの状態を診ている。魔核の状態を感じ取れるのは俺達二人しか居ないから。

「うん…、それな」


 魔族特有の波長があるので間違いないが、魔族のものと思われるその魔核は極めて強力なものだということが判明している。現状はかなり力を消失している状態だが、おそらく万全になればドニテルベシュク以上だろう。


「まあ、それも気になるけど。そもそもどういう奴の魔核だったんだろうって、俺そっちの方が気になってたりする。あいつ以上の力だっただろうし…」

「ドニー以上の魔族なんて居るのかな。でも居たんだろうね」

「もし、あいつみたいなのがゴロゴロ居たら、とっくの昔に人間は滅んでるけどな」


 ただ…、と俺は言葉を続ける。

「俺の知識の中には、ドニテルベシュク以上の魔族が一人だけ居るんだ」

「……シュン、それって」

「そう、魔族の王。魔王だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る