第161話

「シュン! ラルフ達、体調は良くなったらしいよ!」

 ニーナがワーグの数匹を加重魔法で叩き潰しながら、戻ってきた俺にそう言った。

 エリーゼは雷撃雨を放ち終わってから俺を見てニッコリ微笑む。

 俺はエリーゼに頷いてから言う。

「この辺りの結界の類も全て無くなってるはず」


 ラルフさん達が魔物の群れに突っ込んで行って乱戦状態なので魔法を撃ちづらい状況だが、地味に雷撃でコツコツと狙撃しながら近付いてきた魔物には俺も剣を振るっている。ガスランも斬撃と二本の剣で。

「多いな。100年前の200体とは大違いだ」

「文句言ってないでさっさとやっつけましょ」

「了解」

 ニーナにそう答えて、俺は一番魔物が多い辺りに行く。


 王国ではダンジョン以外ではあまり見ることが無いワーグに慎重だった騎士達も次第に慣れてきている。ゴブリンの方はもうほとんど残っていない。

 俺達も次々とワーグを倒し、最後の一匹に騎士達が止めを刺すとニーナがすぐに騎士たちの怪我の確認を始めた。エリーゼもそれに倣う。パッと見た感じ重傷を負った人は居ない。


 軽い傷を負った数人の治癒を終えて、俺達4人はまたすぐにコアが在った木立に入る。ラルフさん達は休憩。体調不良・ステータスダウンは解消していたとは言え、魔物の数が多かったので騎士達はかなり疲れているようだ。

 コアが在った木立の中は祭壇の周囲だけは広場のようになっている。そこをじっくり調べながら魔物や魔石などを回収していく。ガスランはどこに落ちてたのかレッサーワイバーンの残骸らしきものを回収していた。魔石は跡形も無いと言う。


「ここにコアが在ったの?」

 エリーゼが祭壇の前で俺にそう尋ねた。

「うん、見せてあげたいけどここでは止めておこう。あとで見せるよ」


「冒険者ギルドが買い取る物で、一番高価なのがダンジョンコアよ。それより高いのはドラゴン丸ごと一匹ぐらい」

 ニーナがニコッと笑いながらそう言った。

 俺も笑いながら応える。

「依頼中のことだからな。どう扱うかはソニアさんに決めて貰おうと思ってるよ」

「そうね」

「うん」

「賛成」


 それよりも、とニーナが言う。

「こんなとこにコアが在るってことと第一次調査隊が見つけた廃墟のことから考えると、エレル平原自体が巨大なダンジョンみたいに思えるんだけど」

「体調不良を起こすのはダンジョンのトラップみたいだよね」

 続けてエリーゼもそう言った。


「俺もそんな感じで思ってるけど、その辺を考えるのはあっちの廃墟群を調べてからにしようか」



 騎士達の所に一旦戻って様子を見ると、少し休んだのが良かったか割と元気になっているので全員で廃墟群がある林の中の方に向かう。


「へー、凄い」

「わっ、こんなに大きいとは思わなかった」

「広い…」

「家がたくさんある」

 口々にそう言っているのは、その廃墟群が想像していたより広大だったからだ。木はこの廃墟群の周囲にドーナツ状にあるだけで中の方には建物が数多く並んでいる。


 ちなみに今は、探査に魔物の反応は全く無い。


「手分けして調査した方が良さそうだ」

「そうしましょうか。だけど少人数はダメよ。いつまた、さっきみたいにワイバーンが飛んでくるか分からない」

 ラルフさんとニーナがそんな話をして騎士団が二班、そして俺達という合計三班で手分けすることになった。


 俺達はその廃墟群の中心に位置する大きな建物を目指した。

 そこまで歩く道すがらエリーゼはキョロキョロと周囲を見回し続けている。

「エルフの都市国家…、なんだろうけど。かなり変わった氏族のような気がする」


 建物はあちこち崩れているものが多い。天井部分が残っているのは稀だと言って良いほどに。外から覗き込んでみても、人の暮らしぶりを示すような物は今のところない。

 ニーナもエリーゼと同じように辺りを見ながら言う。

「随分昔に人が消えて。そして荒れてしまったって感じだよね」


 実際のエルフの氏族郷や都市国家を見た事があるのはニーナと、生まれ故郷がそうであるエリーゼの二人。エリーゼの故郷は王国の南部に隣接する氏族郷だ。王国に恭順しているが王国に取り込まれてはおらず現在もなお独立を保っている。


 俺達は程なく中心の大きな建物の側に着いた。

 外から見る限りでは、この建物はかなり頑丈そうだ。天井や壁が綺麗に残っているのは他の建物とは造りが違うせいなのだろう。大きな三階建てで、支配氏族の屋敷跡みたいな感じだとニーナがそう評した。


 1階のエントランスに入ると、吹き抜けと広い階段がある。

 明かり取りの窓もたくさん作られていて、中は意外と明るい。

 その1階から順に見ていく。物が無いのはここも変わらず。家具すら残っていない。

「ここにはゴブリンは入ってこなかったんだろうか…」

 ガスランがそう呟いた。


「おそらくだけど、この廃墟全体に結界が張られていたんじゃないかと思う。もちろん魔物の侵入を阻害するもの。それもコアで制御されていたんじゃないかな」


 そんなことを話しながら、とうとう最上階にやって来た。ここまで収穫はゼロ。

 フロアの一番奥。明らかにこの家の主の部屋だろうと思えるような比較的立派な扉には鍵が掛かっていた。鍵が掛かっていた部屋はこれまでは無かった。

 魔法的な鍵ではなく物理的な鍵だし、いずれにしても躊躇う理由も無いのでこじ開ける。するとその部屋には、これまで何も手がかりが無かった俺達のうっ憤を晴らすかのようにたくさんの物が在った。壁一面を占めている書棚いっぱいに並ぶたくさんの書物。中央のテーブルには魔道具のようなものが大量に置かれている。部屋の片隅にある大型犬でも飼っていたのかと思えるぐらいの檻が意味不明だが、大きな机の上にも分厚い本が積み重なっている。それら書物の類は全て古代エルフ語のようだ。



 俺達の知らせで集まった騎士全員。ラルフさんの指示のもと騎士達が、この部屋の現状を書き留めながら一つ一つ物を回収していく。この部屋に在る物は書棚から何から全てを持ち帰るそうだ。

「錬金術に関する本が多い感じ」

 エリーゼがそう言うとガスランも頷いた。

 二人ともある程度は古代エルフ語が読めるようになっているからね。

 魔道具については、見たことも無い物ばかりで何の為の物なのかさっぱり見当がつかない。試しに使ってみることはさすがにやめておく。


 騎士たちの手際の良さもあって意外に早く物の回収が完了した。少し遅くなったが食事も終えて、廃墟群の入り口前にテントを張った。


「シュン、ダンジョンコアは何のために在ったの?」

 いつものように長椅子に横になって最初の見張りを始めた俺にエリーゼがそう訊いてきた。まだ全員起きている。

「表面的な事しか分からないけど、コアの周囲と廃墟の周囲の結界の維持と例の体調不良トラップの発動。そしてその為の魔素の魔力変換だな。他にも何かやってたんだろうけど今のところそれぐらい」


 すかさずニーナが尋ねてくる。

「トラップって、あれはいつも発動していた訳じゃないの?」

「うん、違うよ。魔物か人間を察知したら発動するようになってた。範囲内に留まっていればずっと発動状態だな。でも林の中はやっぱり効果範囲外になってたから、第三次調査隊もゴブリンに襲われなければ体調が良くなっていたと思う」


「人を寄せ付けない為なんだよね」

 エリーゼのその言葉には俺は首を振る。


「いや、あれはむしろ魔物の方が効果は高いものだから人間に対してはおまけみたいなものだったんだろうと思う。と言うか人間のことは想定していなかったかもね。たまたま人間にも少し効いていたって感じ。ステータス偽装はそれが判ってつけ加えたのかな」

「ということは…魔物を?」

「そう。俺もそのことを考えてる」


 えっ、何? という表情のニーナにも説明する。

「この林と廃墟群。大きな林の円の中に廃墟群の円がある状態だよな」

「えっと…、うん。言いたいことは解る」

 ニーナは手で大きな円を作って、その中に小さな円を作って見せた。

 俺は頷いて続ける。

「魔物が居られる場所はその廃墟群の円の外側で林の円の内側、そこだけなんだよ」

「じゃあ、トラップは魔物を閉じ込める為だったってこと?」

「多分、本来の目的はそうだったんだろうと俺は思ってる」



 ◇◇◇



 飛んできたレッサーワイバーンのことは気になっているが、いくら並の人間よりはタフだとは言え騎士達の疲労の蓄積などを考えると潮時な気はしていた。レッサーワイバーンは、この廃墟群から見てほぼ真北から飛んできたことは明らかだが、その方向に進むにしても装備の問題もある。朝晩はかなり冷え込むようになってきている。北へ進むほどにそれは厳しくなってくるだろう。


「帰還することに決まったよ」

 ラルフさんと話し合いをしていたニーナが俺達の所に戻ってくるなりそう言った。

「まあ、妥当な判断だな」

「仕方ないよ」

「また来ればいい」

 ニーナが悔しそうなのが判るので俺達はそんなことを言った。



 帰還の道のりは順調だった。帰れるという精神的なものも大きいのだろう、騎士たちの士気は高い。そんな流れのまま予定より早くベースキャンプ跡地に着いて、ここで山越えの英気を養う為に来た時と同様に一日留まることになった。

 ノンビリ昼寝をする者、食べてばかりの者。さすがに装備を解くことは無いが思い思いに過ごしているうちにそんな一日も暮れてくる。


 それに気が付いたのはほとんど偶然だ。目の前に現れた巨大な飛竜を俺は冷静に鑑定していた。ニーナが警戒を叫ぶ。騎士達が慌てて武器を手にし始める。

 騎士の一人が魔法を撃とうとしているのに気が付いて俺はそれを制止する。

「攻撃は待って。人が乗ってる」


 俺のその言葉は妙にその場に響いた。

 布陣に着いた騎士達も、俺の言葉を受けて誰一人として攻撃をすることは無い。

 俺はこのワイバーンの背に乗った女性を見ながら、たった今そこで見た完璧な隠蔽魔法の解析を進めている。そしてその解析を始めると見えてきた、発動している防御魔法についても。

 どちらも闇魔法だ。


「旧マレステムを解放したのはそなた達か」

 攻撃を制する声を発した俺の方を見ながらその女性はそう言った。

 鑑定で見えているこの女性の名は、エレルヴィーナ・デスクワイレル。

 おそらくは聖者と呼ばれエレルヴィーナ神殿を作ったと言われている、その本人だろう。種族はハイエルフ。


「旧マレステムというのが、ダンジョンコアで実現されたいくつかの結界や魔法で隠され守られていた廃墟群を指しているなら、それは俺達だ。解放したという自覚は無いが」

「そうか…。コアは破壊したのか」

「いや、破壊は何が起きるか分からないと判断して停止させた」

「正しい判断だ。もし中途半端な魔力で破壊に挑んだなら、コアの魔法喪失時に放出されるエネルギーで周囲の広範囲が消失していただろう」

 エレルヴィーナは小さく頷いて見せるとそう言った。


「こちらからも質問してもいいか」

「答えられないものには答えないが、それでも良いなら」

「あの廃墟、旧マレステムの住人は何故あんなことになっていたのか、そしてどうなったのか教えて欲しい」


 少し意外そうな表情を見せてエレルヴィーナは話し始めた。

「既にあの街が陥っていた境遇は理解しているようだからそこは省いて答えよう。150年ほど前のことだ。住人は全て、ある一人の精神破綻者の実験台として街ごと囚われた。そしてほとんどが犠牲になった。私が救えたのは僅かだ」

「あの結界はそんなに強固だったのか」

「私では力不足だった」


 ガンドゥーリルで簡単に壊れたなんて言えなくなってしまった。と言うか、ガンドゥーリルがそれだけ特別なんだろうけど。


「もう一つだけ教えて欲しい。その精神破綻者はどうなった」

「つい最近のことだが逃亡している。隙を付いて旧マレステムから追い立てたが、ワイバーン達も見失ってしまった。だが必ず見つけるつもりだ」


 それで最近ワイバーンが出没してるのか。事情は分かったが人騒がせな話だ。

 あっ、レッサーワイバーンを殺したこと知ってるんだろうか、知ってるだろうな。知らないはずは無いか…。


「もういいか」

「ああ、ありがとう。結構疑問が解消できたよ」

「それは重畳…。ところでそなた。名は何という」

「シュン・アヤセ。アリステリア王国の冒険者だ」

「私はエレルヴィーナ・デスクワイレルという。そうかシュン…。良い名だな…。それではまた会おう、女神の加護を持つ者達も」

 最後にはエリーゼとニーナとガスランを順に見つめてそう言った。


 来た時とは違い、ワイバーンはゆっくりと翼をはためかせて空に舞い上がった。そして北の空に向けて飛び去った。

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