第14章 死体収集人
第162話
領都アトランセルに来て良かったと思うことの一つに、貴族からの誘いが激減したということがある。スウェーガルニに居た時は双頭龍の宿に言伝や書簡が毎日のように届いていたり、ギルドに問い合わせや意味不明の指名依頼が有ったりなど結構ウンザリさせられていたものだ。
しかしどうやら、アトランセルで滞在している所がソニアさんの屋敷でしかも騎士団とよく一緒に居るというのが効果覿面だったみたいで、もうアルヴィースはウェルハイゼス公爵家の専属になったのだと思われているらしい。もはやこれは俺達にとっては大歓迎な誤解である。なので否定はしない。
ただ、ニーナへの縁談の申し入れは後を絶たないそうだ。
すべて断っていると言った後に続けて、ソニアさんは笑いながらこう言った。
「だけど、独身の私に妹との縁談を打診してくるというのは、どういう神経なんでしょうね」
旧マレステムから持ち帰った書物や資料などの分析は、ソニアさんから命令が下って極秘事項と念押しをされたうえで騎士団の調査チームが最優先で行っているという。そしてエレルヴィーナとマレステムに関しての情報も集めているとのこと。
ダンジョンコアはアトランセル城地下の魔法庫と呼ばれる特殊な保管庫に置かれた。厳選した研究者にのみ開示することになる。
どっぷりと関わってしまって、なんとなく成り行きで騎士団の調査チームの結果報告を待つ形になっているのだが、俺は悩んでいた。
当初の目的だった闇の神殿には辿り着けず、エレルヴィーナとは少し話は出来たものの、いろいろ尋ねる雰囲気が皆無だったせいで本来聞きたかったことは何一つとして訊けていない。勇者や大戦のことだ。
まあ、彼女が詳しく知っているとは限らないんだけど、俺たちより知っているのは間違いないだろうからね。
「王都アルウェンか…」
「ここまで来てるからね…。だけどセイシェリスさん達と一緒に行こうって約束したんだよね…」
「そうだよな」
俺はエリーゼと二人で溜息をついている。
この際、王都アルウェンの神殿に行ってみようかと、そんなことも思っている。
アトランセルから王都までは馬車で2週間ぐらいかかるが、スウェーガルニからまた出直すことと比べると凄く近い所のような気分になっている。
「セイシェリス達が、オクトゴーレムはまだ復活していないと、この前出てきた時はそう言ってたわ」
電話でのフレイヤさんのこの話は、バステフマークが最近はスウェーガルニダンジョンの第9階層を攻めているという話の中でのこと。
クリスが加入したことで格段にバランスが良くなったバステフマークの5人。ずっとスウェーダンジョンを攻め続けていて、最近では第9階層に籠っているという。もちろん俺達が持っていたマップ情報は事前にセイシェリスさんに渡している。
かなり強かったのに階層ボスという訳ではないオクトゴーレムの位置付けに疑問を持っていた俺は、可能性の一つとして比較的早く復活する中ボス的なものじゃないかと予想していて、そのこともセイシェリスさんに伝えていた。
「でも、バステフマークが討伐できる相手なの?」
フレイヤさんは心配そうにそう言った。
「クリスが入る前だったら厳しかったでしょうね。でも今はいけると思いますよ」
「そう。ならいいんだけど…」
◇◇◇
さて唐突な話だが、そういう訳でデートの計画を立てている。あっ、うん。訓練はちゃんとやってるよ。だけど訓練以外にも重要な事はあるのだ。
計画中なのは、エリーゼと二人で領都観光デート。そして深まる愛。これっす。
エリーゼはアトランセルには来た事があるので多少は案内できると言うが、そこは男がリードするのが日本男児だ。ま、日本人の時の面影は全く無いんだけどね。
とにかく、いろんな意味で下心満載な俺は騎士団の本部で領都をよく知る男性ラルフさんと密談。そう、最初は密談だった。
領都内の観光地図を団長執務室のテーブルの上に広げて二人で真剣にそれを見ている。実は、この前何気ない世間話としてデートスポットのことを話したら、いろいろアドバイスしてやるから来いと言われたのがこの日この時間この場所。
ラルフさんは地図の一点を指差して言う。
「お勧めはこの展望台で見る夕日。最強パターンだぞ。俺はここで通算2勝2敗」
「なるほど…。ここに夕方来るルートを作ればいいんですね…。って、勝率低くないですか?」
「心配するな。2敗はどっちもソニアだから2勝0敗と言い換えていい」
「……」
よく分からないがノーカウントということらしい。
さて、次のポイントはランチのお店について。これは重要な中間ポイントである。美味しい。雰囲気がイイ。楽しく過ごせる。いろんなブラス要素が、ここでデートのエッセンスとして散りばめられるのだ。
「ランチはそうだな…。ふむ…、ここは最新情報をしっかり確認した方がいいだろう。ちょっと待っててくれ」
そう言って執務室から出て行ったラルフさんはすぐに戻ってきた。一人の女性騎士を連れて。
「あー、シュンさんじゃないですか。お久しぶりです~。アルヴィースの大活躍は領都に居ても聞いてますよ~」
その女性騎士はリズさん。憶えているだろうか。ニーナがアルヴィースに入るまでずっと護衛兼見届け人として一緒に居た女性二人のうちの一人である。
「お久しぶりです。リズさん元気そうですね」
「えっ、元気じゃないですよ。変な仕事押し付けられててホント大変なんですから」
そう言ってリズさんは少しラルフさんを睨んでいる。
騎士団の仕事の話なんて俺は聞かない方がいいので、そのまま盛り上がりそうな二人に割り込んで話題を戻すことにした。
ランチですよ。デートでお勧めの店。
「そういうことでしたら、うん。ちょっと待っててください!」
そう言ってリズさんは執務室から出て行った。しかしすぐに戻って来る。二人の騎士を連れて。
その後もどんどん人が増えて来て、みんな真剣にあの店がイイとかこっちの方が美味しいとか劇場に行くべきだとかいろいろ言ってくれる。でも情報過多。すぐには整理できないっす。
と、そう思ってたらリズさんがメモ書きを渡してくれる。
「皆が言ってたのを整理しましたよ。私のお勧めも書いてますから」
スッゴク助かった。
ちなみに、夕日の絶景スポットは人が多すぎてムードなんか無かったのは声を大にして言っておきたい。まあ、確かにそこから眺めた夕日はとても綺麗で、エリーゼは喜んでいたんだけどね。
さて、そんな風に領都にも馴染んできていたある日のこと。
「シュンさん、相談に乗ってくださいよ~。殿下には内緒で」
そう言ってきたのはリズさん。
デートスポット相談以来、剣術の指導で騎士団に顔を出すと何故かよく出くわすようになっていて時折話をすることはあった。
「えっ? 墓地で幽霊ですか!? アンデッドってことですか?」
「しっ、声が大きいです」
「あ、すみません…」
アリステリア王国では土葬と火葬の両方が混在している。ヒューマンは火葬、エルフと獣人種は土葬という具合にほぼはっきりしていて、それぞれの宗教観や伝統みたいなものによる風習として両方が定着している。
肉体は自然に土に還すという考え方のエルフ達と違いヒューマンはむしろ合理的な考えからだ。近年になってからは特に公衆衛生的に問題が無い方を選択していると言っていい。
そんな土葬と火葬が混在しているアトランセルの墓地の一つ、夜そこに黒いローブの不審者が徘徊しているという通報があって衛兵が向かった。墓荒らしは割とよくある犯罪だそうだ。副葬品として遺体とともに埋葬されている品を盗んでいるということ。
衛兵も心得ていて、墓荒らしが狙うであろう新しい墓を調べてその近辺に張り込んだ。ところがその張り込んだ所とは別の墓地で墓荒らしがあったという話を、張り込みが空振りになってしまったその衛兵達は後日知る。
複数の荒らされた墓から衛兵達はこの犯人が土葬の墓を狙っているのだと解ってくる。一般的に火葬の方が墓荒らしに遭いやすいと言われているがその逆。すぐ近くに新しい火葬のものが在ってもこの犯人は手を付けていない。土葬と火葬では墓の様式が異なる為、誰にでもひと目で判別がつく。
そう推測して土葬の墓が多い墓地で張り込みをした衛兵達は、運よくその墓荒らしを発見することが出来た。
「で、ここからが本題なんです…」
「あ、はい…」
現行犯逮捕という筋書きなので衛兵達はその犯人が墓を掘り終わるのを待ったそうだ。手際よくかなり速いスピードで土を掘り返した犯人が棺に手を掛けてそれを開けた直後、いざ逮捕と駆け寄った衛兵達が犯人の傍へ行って目にしたものは、一つの死体が棺の中のもう一つの死体を抱き起こしている場面。墓荒らし犯の黒いローブを羽織った者は誰もがひと目見て解るゾンビ。動く死体だった。
「ね? 怖いでしょ?」
「まあ、不気味でしょうけど…。でもそれで捕まえたんですよね」
「それが…、逃げちゃったらしいんです…」
「そんなに素早い奴だったんですか。ゾンビなのに」
「あっ、違います。逃げたのは衛兵さん達の方で…」
「……」
と、そういう経緯で、魔物だから軍が対処してくれとかそんな話になって結局、なんでも屋と陰で呼ばれている第一騎士団に回って来たそうだ。これまでは生きている住民に被害は無く、壁外の墓地に近付かなければ大丈夫だろうと見做されている。
ゾンビやスケルトンなどのいわゆるアンデッドは実在する。その正体は人や動物の身体や骨を材料としたゴーレムだ。通常ゴーレムはその形態を維持するのに魔力を多く消費する為、魔素が豊富なダンジョン以外では長時間は存続できない。それが、フィールドではゴーレムやアンデッドを見ることが殆ど無いその理由だ。
「でも、領都でゾンビですか。それは確かに見過ごせませんね」
どうやって身体を維持してるんだろうと思う。しかも行動も迅速なようだし。
「そうでしょ、そう思いますよね!」
なんかやたらリズさんが嬉しそうだ。
うん、相談を聞き始めた時点で巻き込まれフラグが立ってたことはちゃんと自覚してますよ。
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