第144話

 準決勝のもう一試合が行われるまでにはまだ時間があった。ウィルさんのセコンドでまた試合場に入る俺だが、一旦エリーゼ達が居る席に戻ることにする。

 VIP席に戻ってきた俺とガスランの姿を目にしたフェイリスは、すぐ俺達に頭を下げる。

「ありがとう。槍と一緒にちっぽけなプライドもへし折ってくれて」

 そう言ってニッコリ微笑んだ。


 それには頷きだけで応じて、腹が空いているはずのガスランと一緒に何か軽く食べることに。

 ガスランのそんな思いに気が付いたジュリアレーヌさんがすかさず指示すると、メイド軍団が先を争うようにガスランの周りに群がって飲み物や食べ物を勧め始める。ガスランはいつもモテモテである。

 このVIP席の警備を担当している衛兵達もすっかり俺達と馴染んでいて、そんな様子をニコニコ微笑んで見ている。


 俺がエリーゼの隣に座ってエリーゼが出してくれた冷たいお茶を飲んでいると、セイシェリスさんが傍に来て小さな声で言う。

「シュン、クリスの強さをどう見てる?」

 ウィルさんはもうここには居なくて、屋内練習場で試合前のストレッチやウォーミングアップをしている。

「強いですね。体力もありますし、スピードは本気のはこれまで見せずに隠してると思います。あと、冒険者と言ってますが対人戦闘の訓練をずっと続けていたのは間違いないです」

「ドリスティアには何度も行ってるし、それなりに冒険者の知り合いも居るんだけどね。噂話が好きな人の口からもクリスのことは聞いたことが無いわ」

「Bランクだから、それなりに活動はしてるんでしょうけどね」



 何日か続けてクリスを魔眼で見たエリーゼが言ってたのは、焦りと憧れ。そして寂しさというものだった。ハイエルフということを考えると孤独な境遇なのは何となく解るような気もする。


 まあ、こういう話は人に話して回ることじゃないのでエリーゼと二人きりの時にしかしないんだけどね。


「シュンに出会う前の私と似ている気がする」

 エリーゼはそう言っていた。



「ところでシュン、ウィルが決勝に進んだらセコンドはどうなるの」

 モグモグと何かのお菓子を食べながらニーナがそれを訊いてきた。

「それな。ウィルさんはセコンドなしでいいって言ってたけど、それを考えるのはまだ早いってことではっきり結論は出してないんだ」

「そうね…。どっちにしても明日のことだしね」


 メイド軍団から離れてガスランが俺達の所に来る。ティリアも一緒だ。

「シュン、なんか祝勝パーティーがあるらしい」

 唐突にそんなことを言ったガスランに、俺はえっ? という顔を向けることしか出来ない。

「私が説明するわね。3位までの入賞者は大会後の祝勝パーティーに呼ばれて、そこで改めて正式な表彰式があるのよ」

 ティリアが笑いながらそう言った。


 その入賞者表彰パーティーはベスタグレイフ辺境伯の屋敷で行われるらしい。要するに、今俺達が泊まっている屋敷ということ。

 例年、軍のお偉いさんたちや観戦に来ている貴族たちも出席して、かなりの人数になるという。そして入賞者のセコンドを務めた者も大抵出席するんだと。

 俺が露骨に嫌そうな顔をしたのを見てティリアは吹き出しそうになりながら言う。

「きっと母も陛下も、無理に出席させるつもりはないと思うから安心して」


「それはその通りなのだけど、いずれにしても今年は大掛かりにはしないつもりよ。国境地帯の状況の事もあるから」

 フェイリスがいつの間にか傍で話を聞いていてそう口を挟んできた。

 そしてこう続ける。

「今回は入賞者と主催の帝国軍から数名、そして辺境伯家までね。大半の貴族達には大会終了後すぐに領地へ帰って有事に備えるように指示してるから」



 ◇◇◇



 本選から選手の控室は個室となって一人一人に割り振られている。今、使用されているのは二部屋のみ。

 俺が控室に入ると、ウィルさんは目を閉じて椅子にじっと座っていた。


 時間が来るまで俺も静かに椅子に座っていた。

 係の人が呼びに来て、ウィルさんが目を開けて立ち上がる。

「あと2試合だな」

「ですね」

「今日もよろしく頼む」

「了解です」


 クリスが両手剣を使って来るのではないかという俺の予想は、昨夜のうちにウィルさんには話している。彼女の剣術のスタイルといい、そうなるとウィルさんとはがっぷり組み合う形になるだろう。推察した膂力、耐久力も速度もほぼ互角。互いに相性がいい訳でも悪い訳でも無い。おそらく勝負を分けるのはどこかで訪れる一瞬。そこでの判断。


 試合場に入った時、既に試合場の傍に立っているクリスの様子を見て納得した。腰に帯びているのは大剣。盾は持って来てすらいないようだ。そして、準々決勝の時と同様に彼女にはセコンドは付いていない。


 試合場に上がる直前にウィルさんが俺を見てきた。

「かなり強いな」

 そう言ったウィルさんに俺は答える。

「まあ、サイクロプスほどではないでしょうけど」


 フッと笑ったウィルさんが俺にもう一度視線を投げてきた。

「悪い、柄にもなく緊張してたわ」

「はい。でももう大丈夫です」

 俺はウィルさんにニッコリ微笑んでそう言った。



 強く速い剣戟の応酬が続く。互いに隙を探りながら、隙を作ろうとしながら。それでもほとんどが一撃必殺の撃ち合いである。

 ウィルさんが珍しく剣を受け流すと、それを待っていたかのように剣が返される。そしてウィルさんがそれを迎え撃ってからの鍔迫り合い。対格差は明らかなのにクリスの身体は一歩も後ろには下がらない。


「ウィルさん、足使いましょう」

 足を止めて撃ち合うことを選択しがちな似たタイプの二人だが、俺のその一言で、ウィルさんの動きが変わった。

 ヒットアンドアウェー。

 それを自由にはさせまいと、クリスもステップを踏んで対抗し始める。押せば引く引けば押す。


 なんだ。二人ともこういう戦い方もかなり上手く出来るじゃないかと、俺は少し呑気にそんなことを思った。


 剣が風を切る音、剣と剣が発する金属音と二人の息遣いの音。踏み込んだ時の足音、摺り足の音。そして観客の声援。


 仕掛けてきたのはクリス。連撃がウィルさんを少し押し込んだところで急にテンポが上がった連撃。それに応じたウィルさんの剣が少しぶれたのを見逃さない。

 クリスの剣先が捉えたのはウィルさんの左肩。かろうじて身体を捻じって躱そうとしたウィルさんだが、クリスの剣先が届いていた。

 しかしそこでウィルさんの剣が薙ぎ払われる。無理な体勢からの有り得ない所から出てきたような剣がクリスの右腕を撃ち付けた。


 二人揃ってスッと引いて距離が取られる。深く入ったのはウィルさんの剣だったが、無理な体勢からの片手での攻撃だった。両者のダメージはほぼ同じぐらいか。


 ここで、今大会初めて試合の一旦停止が審判から告げられる。

 長い時間が経ち膠着した試合に限って、審判の判断でウォーターブレイクの時間が取られる。本来の目的は、審判による選手それぞれの体調の確認と武器の状態の確認である。


 たまたま俺のすぐ目の前に居たクリスが、俺の方をチラッと見た。

「クリス」

 俺はそう声をかけて、予備の水筒を彼女に投げた。

 パシッとそれを受け止めたクリスは、意外そうな表情をすぐに微笑に変えた。

「ありがとう、シュン」


 戻ってきたウィルさんにも水筒を渡して、俺はウィルさんの左肩に素早く魔力を流して状態を見る。

「骨には異常ありません。打ち身ですね」

「痛かった。もう少し体重乗せられていたらヤバかった」



 審判による状態確認も終わって試合が再開された。

 リフレッシュできたせいで、どちらも動きが良くなっている。


 そしてまた仕掛けたのはクリス。

 連撃と薙ぎ払い更に刺突と、多彩な連続攻撃。狙うところもウィルさんの身体の至る所である。受けに回っていたウィルさんがもう一歩下がった時に、それを読んでいたかのようなクリスの上段からの撃ち込みが振るわれる。剣で受けてもそのまま打ち据えられそうな斬撃。

 しかし、ここでウィルさんは前に飛び込む。一瞬で全体重と土を蹴った勢いが乗り切った渾身の刺突。


 グシャッ という音が響いて二人の動きが止まる。


 崩れ落ちたのは二人とも。

 審判がそれぞれの状態を見る為に近寄る。


 ゴロリと仰向けに寝がえりを打つように動いたのはウィルさん。大の字になって荒く息を吐いているが、目は開いている。

 クリスの剣が当たるより僅かに早く、ウィルさんの剣がクリスの脇腹を防具ごと抉っていた。それでもクリスの剣はウィルさんの背中に当たったが、威力の大半は削がれていた。


 そして、クリスの意識が無いのを確認した審判が告げる。

「勝者、ウィル!」



 ウィルさんが立ちあがると勝者を称える歓声が沸き起こった。場内のアナウンスも響く。

 手を挙げてそれに応えるウィルさんだが、まだ倒れたままのクリスを見るやすぐに俺を呼んだ。

「シュン、クリスを診てやってくれ」

「了解です」


 試合場に上がって、既にクリスの傍に来ていた治癒師に近寄った。

 先日治癒の手伝いをした時に見た覚えがある治癒師だった。


 取り敢えず呼吸や脈などを確認した俺は、担架で治癒室へ運ぶように頼んだ。そして辺境伯家専用席の方を見て、目が合ったエリーゼに治癒室の方へ来てくれと身振りで示した。


 クリスを治癒室のベッドに移した時に、エリーゼとティリアが治癒室にやって来た。クリスの防具と服を脱がせることを二人に頼んで、俺は背中を向けて待つ。


 準備が出来てクリスの状態を詳しく見始める。

 左の肋骨の一番下の辺りが少しキレて血が出ているが、深い刺し傷ではない。防具はちゃんと役目を果たしていたようだ。

 クリーンをかけて、もう一度よく見てみる。魔力を流してみると肋骨一本にひびが入っているのが判った。内臓の損傷はないようだ。息が詰まった状態なんだろうとは思うが、少し気絶しているのが長すぎる気がした俺は脳震盪なのかと思い当たる。

 ウィルさんが突っ込んだ時の状況を思い起こして、間違いないと思えてきた俺は、それは後回しにして、脇腹の治癒を始めた。

 2回目のキュアを掛けたところでクリスが目覚めた。ボーっと俺を見ているクリスにティリアが治癒室で治癒中だと説明する。

 脇腹の念入りな治癒の後は、主に頭部中心に診ていく。そして頭部と手足などの打ち身になっている箇所にもキュアをそれぞれ数回ずつ掛けた。


「エリーゼ。気になる所へのキュアとヒールを頼む」

「分かった」

 身体の小さな傷など、そういうのは女性同士の方がいいだろう。


 そして、エリーゼがひと通りキュアとヒールを掛け終わった時。

「そっか…、私は負けたんだね」

 クリスがポツリとそう言った。

「いい試合だった。ウィルさんの捨て身の攻撃が運良く入っただけだ。剣の技術も試合内容もクリスの方が断然良かった。俺はそう思ってる」

 じっと俺を見続けているクリスに俺はそう言った。


 エリーゼがクリスの髪を撫でながら言う。

「シュンの言うとおりだよ。とても良かった…。さあ、少し目を閉じて休んで」


 クリスは小さく頷いて目を閉じる。


 その目からひと筋の涙が零れた。

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