第143話
ケイゼルンはデュランセン伯爵領の南部、教皇国との国境にほど近い所に在る街だ。この街もサインツェ同様に、国境を警備する軍人の為の街として発展してきた。その中心はケイゼルン砦。
サインツェが強大な帝国への危機感から強固な城塞へ大きく様変わりしたことに比べると規模は小さいが、砦としての機能は決して低いものではない。
教皇国との交易経路として重要な位置である事も相まって、軍関係者のみならず商人も多く居住している。そして、この近辺からは地質も変わり農耕にもそこそこ適している土地であることから、農耕を主体とした人が暮らす村や小さな町も近隣に点在している。
「ケイゼルンの状況が判明したわ。教皇国との国境警備は通常どおり。最近のケイゼルンは親教皇国の街と言われていて、以前から警備はかなり緩いものだったのよ。その通常どおりという意味ね」
「ということは、国境封鎖は帝国側だけか…」
そう呟いた俺にフェイリスは頷いた。
「でも、教皇国は何かに備えているみたいね。ケイゼルン近くに駐留する教皇国の国境警備軍へ物資を納入する商人の動きが活発化していることと、ケイゼルンに在る聖ルシエル教会を出入りする人間が異常に多い」
「教会か…」
今、俺が居るジュリアレーヌさんの執務室にはジュリアレーヌさんとフェイリス、そして俺の三人だけ。
「隠しても仕方ないからシュンには言っておくね。ベスタグレイフ辺境伯からの命令という形で、ジュゼルエフの軍を国境警備の増援に回したわ」
紅茶をひと口飲んで喉を潤してから、フェイリスはそう言った。
ジュゼルエフというのは、ティリアの祖父。ジュリアレーヌさんの父親。ロフキュール城主をしていて、この地の永世代官のような職である。街の治世などはメアジェスタから文官が派遣されているので、もっぱら辺境伯軍の中のロフキュール軍を統括し国防に専念している。武の人である。
状況を考えると、緊張は高まるだろうが国境地帯に増兵するのは当然な気がする。
ジュリアレーヌさんは考え込んでいる俺に微笑みを見せた。
そしてフェイリスの情報を補う。
「これはまだ推測ですが、レッテガルニとの間も封鎖しているのではないかと。そちらの調査を急がせています。そしてスウェーガルニに密使を出しました。ティリアの件で、ベスタグレイフ家とアークソルテ男爵は書簡のやり取りを重ねて懇意にしていますから」
アークソルテ男爵というのはスウェーガルニの代官のレオベルフさんのこと。
俺は、おそらくはレッテガルニ側も封鎖されてるんだろうなと確信めいたものを感じた。
だとすると…。
「デュランセン伯爵が教皇国に与したということなのか…、それともこんなに早く軍部を掌握できる誰かがクーデターを起こして、その支援を教皇国に頼ったのか」
「シュン、私の考えは少し違うわ。その誰かさんは、元々教皇国から操られている。これは教皇国が企んだことよ。狙いは帝国と王国の物と人の流れを阻害するってとこかしら。うまく行かなくても王国は十分に混乱させられるし、帝国も交易面で少しダメージを受けるわね」
フェイリスはそう言って、怪しげに微笑んだ。
◇◇◇
「ガスラン、槍だけという先入観は捨てろよ」
「うん。帯剣しているんだから、それも使って来ると考えて臨む」
「そうだ。奴は剣を使うところは一度も見せていない。だからこそ」
帝国騎士槍使いは、槍使いなのに剣をその腰に帯びている。最初観た時に気になったのでティリアに聞いてみたのだ。
「任務中じゃあるまいし、剣、邪魔にならないのかな」
「帝国の軍人は、弓兵でも魔法師でも常に帯剣してるの。乱戦に備えるという考えね。この大会についてもそう考えているんだと思う」
「なるほど。ということは、皆それなりに剣の訓練はしてるんだ」
「軍人は必須。特に騎士団は全員剣はかなり使えるし、そうじゃないと騎士団には入れないよ」
てな訳で、ガスランにもそんな話をしたのだ。
準決勝の1試合目はガスランと帝国騎士槍使いの対戦。もう試合開始の随分前から闘技場は超満員の観客が騒いでいる。その殆どが帝国民なので、当然ながら自国の騎士の応援をしている。
完全アウェーもいいとこである。
俺達がいつも辺境伯家専用のVIP席に居ることは知れ渡っているので、露骨に俺達を敵視するような声は聞こえてこない。とは言え、ガスランを応援する声はおそらくはかき消されてしまうだろう。
試合開始直前の審判の諸注意の読み上げが始まる。槍使いは不敵な笑みを浮かべてガスランと俺を交互に見ている。
ふと、フェイリスが最初は、この槍使いに稽古をつけてやってくれと言っていたことを思い出す。間近で顔を見たら、また頼まれても絶対にしたくないという気持ちが沸いてきた。やなこった。
ガスランが俺の方を見たので
(全開で行け。ぐうの音も出ない程に思いっきりやってしまえ)
と口の動きと目で言ったら、ガスランは微笑みながら頷いた。
試合開始後すぐは、互いに様子見のジャブのような打ち合いが続いた。しかし、少しずつガスランは槍を打ち返す強さを上げて行っている。受け流すのではなく弾き返している。それが続くと槍使いの顔が強張り始めた。
槍使いは更に槍を振る速度を上げ、そして突く攻撃も上手く織り交ぜ始める。
槍相手の特訓をする前のガスランだったら少しは通用したかもしれないが、最早どうということは無い。
あの突きは確かに大したスピードだが、逆にガスランには扱いやすいだろうな。
俺がそんなことを思ったのが判ったのか、ガスランは突き出された槍をサッと躱すと、その伸びきっている槍の真ん中辺りに剣を撃ちつけた。
バキッ
槍が真っ二つに折れた。
槍使いは驚きながらもすぐに後退してガスランから遠ざかる。
それを見たガスランは、地面に転がった槍頭がある方の残骸を場外へ蹴飛ばした。
声援が止まった観客席にどよめきが広がるが、総じて静かになった。
「やっちゃえ、ガスラン!」
シャーリーさんの声が響いた。
「「ガスラン、行け~!」」
そしてすぐに続いた声は、エリーゼとニーナのもの。
ガスランはニッコリ微笑んで頷いた。
槍使いは石突きの方だけになった槍を、自ら場外に放り投げて剣を抜く。
彼が剣を抜いた様子を初めて見た俺はガスランに指示する。
「剣を持ったニーナだと思って相手すればいいぞ」
まあ、そこまで強くないけどね。
ガスランは帝国騎士の剣を全て躱し始める。剣で受けることすらしない。
そして、ガスランの攻撃は騎士の両手と両足に一つずつ。
あっという間に騎士の動きがガクンと落ちた。
◇◇◇
帝国騎士槍使いとの準決勝が始まる少し前のこと。
俺とガスランが居る控室に、フェイリスがやって来た。
「今日の対戦相手には、しっかり実力差を見せつけてあげてね」
彼女は、俺とガスランにそう言った。
俺はすぐに問う。
「どういう意味?」
「彼は確かに実力があって若手有望株なんだけど、少し性格に難が在るのよ。勘違いして、思い上がってるわ。謙虚さが無いそれは騎士に相応しくない。だから上には上が居る、世界は広いということを身体に刻み込んであげてほしい。あとのフォローはこっちでするから…。お願い」
「「……」」
後で判ったことなのだが、この帝国騎士槍使いはフェイリスの友人の息子だそうだ。厳しいことを言う割には目をかけてる感じがしたのはそういうこと。
◇◇◇
騎士は悔しさを露わになんとか剣を振って来るが、既にそれに鋭さは欠片もない。
「ガスラン、終わらせてやれ。もういいよ」
俺は見るに堪えなくなってガスランにそう声をかけた。
スッと騎士の懐に飛び込んだガスランは、ボディブロー。
そうやって、剣は使わずに帝国騎士の意識を刈り取った。
ガスランと帝国騎士が改めて剣で対峙し始めてそれほど時間が経ったわけではないが、ガスランが神速で刻んだ騎士の手足への攻撃は、全て骨にひびが入っているかもしれないほど強力なものだった。
観客は、訳が分からないうちに騎士が動けなくなったように見えただろう。
かなり遅れて拍手と少しの歓声が聞こえ始める。
次第に大きくなったそれは、ざわめきと称賛とが入り混じっている。
VIP席から立ち上がって、身を乗り出すようにしてこっちに手を振っているエリーゼとニーナ。
ニコニコ笑みを浮かべた二人が声を揃えて言う。
「「ガスラン~! お疲れさま~!」」
ジュリアレーヌさんとティリアも椅子から立って微笑みながら拍手をし始めた。
他のVIP席の貴族達も次々とスタンディングオベーション。
観客もどんどん立ち上がり始めた。
そして闘技場全体に広がったそれは、割れんばかりの歓声へと変わった。
「決勝進出は、アリステリア王国スウェーガルニからやって来たAランク冒険者、ガスラン・ドゥヴィーセック! Aランクパーティー・アルヴィースのガスラン!」
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