第117話 スウェーガルニ防衛戦④

 疲れ切っている領兵達を置き去りにすることは出来ず、ドニテルベシュクが転移でレイティアを連れ去った後、俺達はしばしの休憩をとる。俺は領兵達全員に回復ポーションを渡し、ティリアとニーナはヒールをかけて回る。


 丁度それがひと区切りついた時、

「サイクロプス二体がスウェーガルニ北門に」

 エリーゼがそう言った。


 セイシェリスさんがすぐに檄を飛ばす。

「よし、もうひと頑張りだ。全員気力を振り絞れ」

「「「「「「了解」」」」」」


 走って戻る途中、あちこちに残党もまだ居るのが判るがこちらに向かってこない限りはスルーすることにした。


 スウェーガルニが見えてきた時、北門に大きなサイクロプスが二体、纏わり付くようにして門を壊そうとしている姿が目に入る。魔法が幾つか炸裂しているが、効果があまり無いように見える。サイクロプスは魔法にも矢にも耐久力が高い。高い魔力の魔法を集中させるなどしないとなかなか攻撃が通らない。

 そして門の近くにはサイクロプスに呼び寄せられるようにオーク、ゴブリンとウルフ系も群れ始めていて扉が開いてしまうのを待っているかのようだ。


「領兵は息を切らさない程度で追ってこい。私達は先行する」

「解りました」

 領兵の隊長が疲れ切った顔でそう応じた。


 ニーナが、領兵達に近寄って言う。

 姫様オーラ全開。

「領兵の皆。今日、私達と行動を共にして見聞きしたことについてだ。魔法など様々な珍しいものも目にしただろうが、これらは公爵家が有する秘術などだ。領軍の中であってもそれが漏れることがあってはならない。それを肝に銘じるように。そして今日出会った魔族二人に関しても同様、極秘事項だ。貴殿ら同士であっても一切口にするな。近い将来の情報公開まで待て。

 尚、今回の任務の報告は、全てセイシェリスと私とで行う。何か尋ねられたら私からそう言われたと答えるが良い」

「御意」

 隊長がそう答えた。


「最後にもう一つだけ。

 今日、貴殿らと共に戦えたことをうれしく思っている。ありがとう」

 ニーナはそう言ってにこやかな笑顔を見せた。



 北門の近くまで来た時、門扉の一部が剥がれ落ちた。

 セイシェリスさんから指示。

「アルヴィースとウィルはサイクロプス。雑魚は私とシャーリーに任せて」


「ニーナ!」

「はいよっと」

 俺の声ですぐにニーナがサイクロプス二体の足元に加重魔法。

 グラッと傾いて倒れそうになる二体だが、どちらも持ち直す。

 しかし、その時には俺とガスランがサイクロプスの一体目に斬り掛かっていた。


 ガスランが体重が掛かっている方の足を斬ろうとしているので、俺は邪魔な長い手を一本斬り飛ばす。今宵の女神の剣の切れ味は一味違うぜ、と思うがまだ日は高い。

 返す剣ですかさずガスランとスイッチして、半分ほど切れている脚の残りを俺は切り離してしまう。ガスランはもう一本の手を斬り飛ばした。

 ズンッと地響きを立てて倒れた。後はガスランとウィルさんに任せて、俺はもう一体に。

 こっちのサイクロプスはニーナが全身への加重魔法をかけて上手く拘束してくれている。加重魔法に高い抵抗力を見せていたサイクロプスに、ニーナは力比べで勝ち始めているということ。


 エリーゼが、サイクロプスの膝辺りから上にタンタンタンタンと鉄の矢を何本も突き立てて行った。至近距離からのエリーゼ特製強弓による鉄の矢、深く刺さっている。サイクロプスが自由にならないもどかしさと痛みで雄叫びを上げる。

 俺はエリーゼが突き立てた鉄の矢の階段を駆け上がるようにして、奴の顔辺りまで一気に飛び上がる。

「うるさいよ、お前」

 女神の剣で神速の一刀両断。

 ゴロリとサイクロプスの頭が落ちた。

 その時にはガスランとウィルさんも止めを刺していた。


 壁の上から、門の中から、大歓声が上がる。

 拳を振り上げて叫んでいる領兵と冒険者達。

 行ける、勝てる。そんな気持ちが彼らの心に込み上げてきているのが分かった。


「あとは残党だ! 一匹も逃がすな!」

 セイシェリスさんのこの声で、門の中へ逃げ込んでいた領兵と冒険者たちが一斉に飛び出してくる。



 近付いて来ていた魔物は逃げて行くばかりで、ここにはもう居ない。

 ひと仕事終えたと、ガスランとニーナとエリーゼがハイタッチを交わしてニコニコ笑っている。俺の所にも三人が来て次々と。最後に来たエリーゼとは両手ハイタッチの後、抱き締め合う。衆目の中なのでキスまではしないよ。したかったけど。


 あとは領兵達に任せても大丈夫だろう。門の扉は壊されているが、なんとか被害は少なくて済んでいるようだ。

 そんなことを思いながら門を見上げていると、そのすぐ横の壁の上に居るフレイヤさんと目が合った。親指を上げてニッコリ微笑むフレイヤさんに俺とエリーゼも微笑んで、そしてサムズアップで返事をした。壁の上に居る領兵達、冒険者たちが皆、笑顔で何かを言いながら俺達に手を振っている。



 壊された扉は開かれて交換作業が始まった。領兵が10人そのすぐ外で警戒をしている。俺達は、門を入った所で壁にもたれかかるようにして座り、飲み物と軽い食事。セイシェリスさんとニーナは報告内容の擦り合わせをしながら。隠す事はたくさん有るような無いような、報告する相手次第というところか。

 ウィルさんとシャーリーさんはすごい勢いで食べて飲むと残党狩りに走って行ってしまった。ガスランも行きたそうだったが、少し休んだ方がいいよとエリーゼに言われて従っている。俺の探査では、もう近くには残党は居ない。エリーゼもそれが判ってるから言ったんだろう。


 そうしていたら、ティリアと精鋭部隊の領兵達が帰って来た。街の近くまで来てからは残党狩りをしているのは探査で見えていた。それも終わったという事だろう。

「お疲れさん」

 そう言ったら、ティリアは泣きそうな妙な顔をして、何か言いたそうなでもそうじゃ無いような複雑な表情。少しして、やっと口を開く。

「お疲れさま。そして、ありがとう。何度も助けてくれて」

「いや、うちの領兵達を守ってくれてたから、お互い様」

「今度、ゆっくり話をさせてね」

「あー、まだ忙しそうだけど。いろいろキリが付いたらな」

「うん…」


 その後すぐ、領軍の指揮官がやって来た。

 精鋭部隊の隊長からニーナが報告するという話を聞いて来たんだろう。

 ニーナは取り敢えず現時点での対処は一旦完了している事と、詳しい話は代官とフレイヤさんを交えてすると告げた。


 精鋭部隊の連中は、殲滅した魔物の種類や数は街に戻ってすぐに話してしまったようで、そのせいで大騒ぎになろうとしていた。

「あいつら、報告は私がすると言ったのに」

「まあ、仕方ないよ。どうせ後片付けに行けば分かることだし」

 ニーナの不満をエリーゼが宥める。


 日没まであと少しあるので、その片付け兼偵察部隊は既に出発している。特にサイクロプスの死体や魔石は貴重だからだろう。結構、俺が吹き飛ばしたり消してしまったりしてるんだけど。

 ギガントサイクロプスの死体は俺達が持ち帰っている。なんたって貴重なサンプルだからね。頭も残っていると良かったのだろうが、瞬殺したかったあの状況では仕方なかったと自分で納得はしている。


 ウィルさん達が戻ってきて程無くギルド職員が呼びに来たので、俺達は領軍の指揮官にそれを伝えてギルドへ向かった。


 俺達アルヴィースとバステフマークの三人、合計7人がギルドに入るとすぐに、職員全員が拍手で迎えてくれる。いつもは解体室に居たり治癒室に居る人達も全員がその場に居た。ダンジョンフロントの出張所の職員もほとんどが来ているようだ。

 その中心に居たフレイヤさんが歩み寄って来て、俺達全員を一人一人抱き締めた。やっぱりガスランは嬉しそう。

「ありがとう、本当にありがとう。貴方達7名は私達全員の誇りよ。スウェーガルニにこの7名が居た幸運を私達は一生忘れないわ」

 フレイヤさんがそう言うと、また盛大な拍手が沸き起こった。


 少し静まってからフレイヤさんは言葉を続ける。

「しかし、今日の勝利を祝うのはここまでにしましょう。まだ油断はできない。ドリスティアの状況がまだはっきりしないわ。より一層気を引き締めて情報収集に、そして万が一の為の備えを引き続き、今すぐ始めるわよ。さあ、皆。仕事よ!」


 職員は一斉に持ち場に戻って行った。


 そして、俺達は全員ギルドマスター室へ。



 ◇◇◇



 シュン達が北門へ駆けつける少し前。


 サイクロプスの接近を目の当たりにした少女は恐怖に震えた。シュンがダンジョンでポーションをプレゼントしたあの子だ。壁上で横に並んでいる仲間の子もガタガタと身体を震わせている。

 到底かなわない。そこに居るだけで、人間など比較の対象にもならない圧倒的な生物としての差を、有無を言わさずに強烈に叩きつけられている。彼女はそう感じた。


「逃げて、みんな逃げて…」

 門前に居るたくさんの冒険者や領兵。彼らはオークやゴブリン、グレイウルフといった魔物を相手にチームを組んで対処している。うまく連携して少しずつではあるが数を減らしてきていた。彼女も壁の上から可能な限り援護をしてきた。

 しかし、そういう次元では無い圧倒的に桁違いの化け物がすぐそこまで近づいてきている。それも二体も。


「退却だ! 引け、全員壁内に戻れ!」

 門前で戦っていた領兵の隊長が叫ぶ。

 彼女は、それは当然だと思った。

 ───あれに立ち向かえるはずがない。逃げよう、皆で早く逃げよう。


「撃ちなさい! 何でもいいの、矢でも魔法でもありったけぶつけなさい!」

 突然すぐ傍で響いたその声の主は、ギルドの副マスターのフレイヤ。


 ───あ…、いつも優しく声をかけてくれるフレイヤさんだ。

 彼女はそんな事を思い出した。


「怖いなら震えていいわ。泣いてもいい。でも、諦めてはダメ。撃つのよ」


 彼女はそう言われてフレイヤを見た。フレイヤの顔は蒼白になっている。しかし、それでも魔法を放ち矢を射ることを止めてはいない。

「はい…」

 なんとか魔法は発動できる。しかし威力は弱く、狙いはおぼつかない。


「いいのよ。もう一度やってみなさい。次はもっとうまく当てられるわ」


 彼女も仲間の子もなんとか攻撃を再開したが、サイクロプスに効いているとは思えなかった。しかしもう何も考えられなくなって、ただ、そこに居る人と共に黙々とひたすらに撃ち続けた。


 いよいよ近付いたサイクロプス二体は壁に体当たりをする。ドーンというとてつもない音と揺れる壁。立っていられなくなる。壁の上から落ちてしまわないようにしがみ付くので精いっぱいだ。

「立って。みんな頑張って撃つのよ」

 フレイヤの声に追い立てられるように、機械的に矢を番え、そして魔法を放つ。


「アルヴィースが必ず来てくれる! それまで死守するのよ!」



 パリッという音で、サイクロプスが扉に穴を開けたのが壁の上に居る者達にも分かった。こんなにも早く、最も弱い箇所を見つけられてしまったという事。


 揺らぐ壁の上に居ながら、真下を見下ろすようにしてサイクロプスを撃つのは、かなり困難になってしまっていた。

 間近で見るサイクロプスの口元は血で汚れている。彼女は、何人か逃げ遅れた冒険者が居たような気がしていた。

 ───あれは、彼らの血なのだろうか。


 ───もう、いや…。お願い、誰か助けて…。助けてよ。


「アルヴィースが来たぞ! バステフマークも一緒だ!」

 その声で彼女が顔を上げると、とてつもないスピードで走ってくる7人が彼女にも見えた。


 ───来てくれた。


 彼女に一瞬歓喜の感情が沸き起こるが、しかし不安な気持ちがそれを覆ってしまう。


「アルヴィースとバステフマークが来たわ。攻撃は停止よ! 攻撃止め!」

 フレイヤがそう叫んでいる。

 為すことも無くなり、彼女もその壁上に居る者も全員が、ただ駆けつけた7人を見守る。


 あっという間に近づいて飛びかかったシュンとガスランが、一瞬のうちに一体を切り刻んだ。サイクロプスの両手の肘の辺りから先が無くなり血が吹き出す。そしてドスンという音と共にサイクロプスは倒れた。


 ───え?


 彼女の目が追ってしまうのはシュンの姿。


 もう一体の方に近付いていたのはニーナとエリーゼ。

 シュンがそこに駆け寄る。

 エリーゼが突き立てた矢を足場にして飛び上がったシュンが、サイクロプスの眼前で剣を振るった。目にも止まらない速さというのはこういうものなのだと、彼女はそう思った。


 一瞬の静寂。

 そしてゴロリと落ちていくサイクロプスの大きな頭。血が吹き出し始める。

 もう一体もその時にはガスランとウィルによって首を切り裂かれていた。


「「「「「「おおおおぉぉーーーー!!!!」」」」」」


 彼女は叫んだ。歓喜、安堵? いや違う、興奮しているのだ。人間がサイクロプスに、こんなにいとも簡単に勝ってしまうその事実に。

 そして遅れて訪れた喜びと安堵で、彼女はぽろぽろと涙を流した。

「「やったーーー!!」」

 彼女は仲間の子と抱き合い飛び上がって喜ぶ。二人で喜びながら号泣している。


「勝てるぞ!!」

 誰かがそう叫んだ。


「あとは残党だ! 一匹も逃がすな!」

 その声で我に返った彼女は周囲を見渡す。


「撃て! 同士打ちには気を付けろ!」


 彼女は、自分の力が戻ってきていることを感じた。まだやれる。矢でも魔法でもまだまだ撃てる。そう感じていた。


 埃と涙で汚れた彼女の顔は、自然と笑顔になっていた。

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