第8章 迫る脅威

第82話

 スウェーガルニの近辺は、真冬でも雪が積もる事はほとんど無い。冒険者は冬でも仕事が出来る好条件な土地なのだが、今年はダンジョンのせいで少し事情が異なる。

 ダンジョンの中は1年を通して気温湿度共にほぼ一定である。そう、この季節だと外より暖かいのだ。いくら雪が積もらないとは言え、外はやはり冬なので寒い。


 俺達はそんな空気に流されず、フィールドに出る冒険者が少ないので溜まり気味の依頼を片っ端から受けて、ガンガン行こうぜの精神で毎日しっかり外で仕事をしている。


 ガスランは冒険者登録して5日後にはEランクに上がった。フレイヤさんの配慮があった訳ではなく規定通りの事だそうだ。もちろん俺とエリーゼが一緒だから狩りの効率が極めていいというのはあるんだけど。


 そして冒険者登録をした時にアルヴィースのメンバーとしても登録しているので、正式に3人パーティーという事になっている。



 そんなある日。その日は休日にしていたが、ガスランと二人でベルディッシュさんの店へ。俺とエリーゼが誂えたのと同じ仕様でガスランの防具を一式頼んでいたのが、出来上がったという連絡を受けていたからだ。

 ガスランは俺達とお揃いの防具が殊の外嬉しいようで、終始笑顔。ベルディッシュさんに装備した感じなど話している様子も、嬉しさを隠しきれないのがよく解る。


 ベルディッシュさんは、装備させたガスランの防具をチェックしていたが不意に顔を上げて俺に向かって言う。

「あ、そうだ。シュン、刀の見本がやっと入って来たぞ」

「え!? マジですか」


 以前のエリーゼと共に受けた新人講習の時にフレイヤさんが刀鍛冶の事を調べてくれると言っていた件は、かなり遠い地であるその人の所在地が判っただけだった。しかしベルディッシュさんが鍛冶職人繋がりで連絡とってやると言ってくれて、お願いしていた。

 その後ベルディッシュさんが、非常に時間が掛かる手紙のやり取りを続けて、何とかサンプル的なものを送って貰えるように話が付いていた。


「後で持ってきてやるから、待ってろ」

 と言うベルディッシュさん。

「はーい」


 ガスランの防具は基本的には俺のと同じ。鎧下にあたるミスリルを織り込んだシャツも素材としては同じで、少しだけ色合いが違うぐらい。あとは両手に手甲を追加したことと、例の幅広ベルトを今回の防具に合うように改造をした。

 武器・剣は、冒険者になってすぐに結構いい物をフレイヤさんがプレゼントしてくれている。もちろん予備も必要なので、その分も。


 さて、刀のサンプル。サンプルというが有料。ベルディッシュさんはそのサンプルを参考にして刀を作ってみるつもり。それで、俺はそのサンプル品について評価をするという事になっている。この世界の鍛冶は魔法や魔道具を使うので、緻密な作業でも地球のそれと比べると少し容易に行えるんだろうというのが俺の印象。


 見たら、片刃の剣という事なのは間違いないが、いわゆる忍者刀のような感じ。脇差ぐらいの長さで直線的な奴ね。なので、俺が欲しい刀とは、というテーマで長さや反り加減、峰の厚みや切先の形状などを実物大的に大きな紙に書いて説明した。


「暇見て作る感じだから気長に待ってろ。正直シュン以外買う奴いない気がするわ」

 とベルディッシュさんに笑いながら言われて、俺は応える。

「はい、気長に待ってます。でも騎乗戦にも良いと思うんで、軍なんかには向いてると思うんですけどね…」

「俺もそう思う。だから作ってみるんだ」



 そんな事があった翌々日の朝、俺達三人は街の東門に居た。ヴィシャルテン方面へ行く乗合馬車に乗る為だ。馬車で一日ほど行ったところ、丁度スウェーガルニとヴィシャルテンの中間辺りでゴブリンの集団が目撃されていて、その調査。

 以前の護衛任務の時に野営した停車場でこの馬車も野営になる予定なので、そこまで行って、次の日は馬車には別れを告げてその近辺を歩いて調べる事にしている。


 野営場所までは特に問題なく、他の客に知られないよう魔力操作訓練をしたり、ウトウト昼寝したりして過ごした。天気が良かったおかげで馬車の中は暖かかった。

 停車場には乗合馬車二台が並ぶ形。休憩場所の半家屋の部分にはテントが張られて乗客はそっちで休むこともできる。俺達はそれとは別に自分達のテントを張って寝ることにする。

 さっさと収納から出した食事を済ませて、早いけど寝る。寝ようと思った時に眠れるのは冒険者には必須の能力だと俺は思っている。


 そして、誰もが寝静まった深夜になってから。


 俺は目を開けて隣で横になっているガスランに声をかける。

「ガスラン?」

「起きてる」

「私も」

 探査に反応があって目が覚めた俺達。ガスランも気が付いてるし。


「エリーゼは見張りの人達に、騒がずに戦闘態勢取れと。俺とガスランは先にひと当てしてくる。ライト全開で照らすから、その後エリーゼも馬車周辺を全開で照らしてやって」

「了解」

 灯りは馬車の周りと停車場を囲うように所々焚かれている。見張りは3人居るが焚火の前で毛布に包まっている状態。仕事してねえし。


 停車場は街道の横に作られていて、街道とは反対側の草むらの方から停車場に近付くゴブリンが約30体。荷物と人間が目的なんだろう。ゴブリンやオークは、人間は男なら食べるし、女なら犯してから食べるか、犯して更に苗床として巣に持って帰るかだ。結局そのうち食べてしまうんだが。

 要するに、一切容赦する必要が無いという事。ゴブリンは不利になると降参の演技を見せる個体も居るが、無視してさっさと殺すのが冒険者セオリーである。


 散開しそうな集団がばらける前にと思って俺は急ぐ。エリーゼが見張りの三人の所に行ったのが判る。

「ガスラン、突っ込むぞ。深追いはしなくていい。近い奴から行け」

「分かった」


 ライト


 集団の中心辺りの奴らの頭上20メートルほどの所に光源が生まれる。明々と照らされた奴らは呆気にとられている。すぐにエリーゼが発動させた、同じようなライトが馬車の上に出現する。


 雷撃フルバースト ズガガガガッーン


 ガスランが両手の剣を振る。もう残っているほとんどのゴブリンは逃げることしか考えていない状態。何匹かはガスランに向かって剣や槍を振るおうとするが、それらは弾かれるだけで当てることなどできない。

 俺は逃げている奴を追いかけて、次々にやっていく。もう残りは僅か。ガスランも逃げる奴を追うようになってきた。馬車の方に何匹か近付いているが、エリーゼの矢と風の餌食。


「ガスラン、装備ごと全部回収していこう。埋めるのも焼くのも面倒だ」

「了解」


 ゴブリンはほぼ全滅。どうやら後方に離れていたのは上位種だったようだが、さっさと逃げている。


 近付いてきたエリーゼに言われる。

「シュン、ゴブリンリーダーが逃げたよ」

「うん…。追えばもっと逃げるだろうし、めんどくさいなぁ」

 そんな俺の愚痴を聞いてエリーゼが笑う。


「エリーゼ、探査広げて捕捉しておいてくれる?」

「うん、いいよ」


 ガスランには、エリーゼの傍に居てくれと言って俺は馬車の責任者の所へ。

 雷撃の音などで乗客も含めて全員が起きていて、馬車の前で剣を持ったりしているのでそこに行って説明。

 取り敢えずもう脅威は無いだろうという事と、回収したゴブリンの死体を出すから確認してくれという話をする。責任者は見張りをしていた自分達が雇っている護衛を文句を言いたげな顔をして睨んでいる。


 ガスランとエリーゼが居る所に責任者と戻って、俺達三人が回収した死体を全て出した。数えてみると当初探査で見えた数に2体程足りない。

 責任者には、ギルドで調査依頼として受けた対象がこいつらだろうと言った。乗合馬車の運営側から報酬が欲しい訳ではなくて、騒ぎの原因を見せたかっただけ。それを言うと、金の心配がなくなったからか責任者は正直に安堵した表情を見せて馬車の方へ戻って行った。


 馬車一行の責任者が離れてからエリーゼが言う。

「シュン、リーダーともう一体が止まってるよ」

「様子見してるんだろうな」

「多分ね」


 俺も探査してみると、確かに止まっている。遠いうえに暗くて肉眼では見えないが、その辺りには草むらがあるんだろう。


 距離は大丈夫だな。

「ちょっと撃ってみる」

「やるの?」

「撃つ?」


 あ、ガスランには見せたことなかったな。


 俺は思わずにやけながら言う。

「レールガン」

「レールガン?」


 説明はエリーゼに任せて、俺は方角と到達範囲に専念。見えない所に向けて撃つからね。


「5連ぐらいでいってみる。ガスラン、光をまともに見ないように気を付けて」


 5連装レールガン…


 俺の目の前3メートルほどの所、高さは1メートルぐらい、人の頭より少し大きいぐらいの大きさの円盤が五つ横並びで浮かぶ。円盤の面は地面に対して垂直。お皿を立てているような状態。


 ズギュンッッッ


 一斉に五個の円盤の中心から、光の線が迸って前方へ真っすぐ放たれる。5本の太い光が遥か前方へ。遅れて発生する熱が回り込んで少しこちら側にも伝わってくる。


 光は広がらず収束せず、太さを保ったまま遠くまで届く。距離は円盤に込めたパワーに比例する。そしてこの光の線はそのパワーの持続する間は出続けるので、光の長い棒がそこに消えずに残っているように見える。

 直撃したらゴブリンだと消し炭も残らないだろう。


「2体の反応消失」

 エリーゼはしっかり探査し続けてくれていて、そう言った。

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