第19話

 探査に自信を持てない訳ではない。

 探査した内容を精査する自分に自信が無いのだ。


 つまり、これを経験不足という。


 なんて言ってる暇はない。足音を殺し気配を最小にとどめて目的地へ近づく。

 先頭は俺、エリーゼはその後ろ。


(シュン、やっぱりこのままいくと水場だと思う)

(水場でも、固まっているってことは同じ種類の魔物って理解でいいよね)


 地球では、草食動物同士であれば共生していることも多いのだが、デルネベウムの魔物に限っては、ほぼすべてが肉食か雑食。


(ううん、この辺りでも、ゴブリンがオークを使役したりとかは可能性としてはあるわよ)


(そっか…魔物知識、大事だな。今度そういう本買って読もうかな)


(本買うの? 高いのに)


(そうなんだけどね…。しっ、そろそろ)


 そろそろ見えてきそう。



 オークなどが居るかも、という悪い方の予想は外れたけど、ゴブリン8体、コボルトが2体。

 おっ、10体で合ってた。


 エリーゼが小声で言う。

(こっち風下だから、もう少し近づかない?)


 ゴブリンは水も飲んでいるんだろうけど、どうやら水場に来たコボルトを捕縛していた様子。

 テイクアウトしようとしていたのかも。



 ちょっとだけエリーゼと攻撃の相談をするが、奇襲以外ありえないのでそんなに難しいことじゃない。コボルトは取り敢えず後回しってことぐらい。唯一の心配は、敵にエリーゼまで辿り着かれることだけだから。


 さて、こちらの作戦は立て終わった。

 エリーゼの初撃を合図に、さっさと飛び込んで切る。



 エリーゼの矢が刺さったゴブリン3匹は動きが遅くなった。俺は左端から3匹を立て続けに切り飛ばした。


 残り2匹。


 エリーゼの矢で更に1匹。俺は残りの奴の前に。


 そして一刀両断。


 まだ動いている連中の、比較的動けている奴から順に切って回って終わらせる。


 縛られた2匹のコボルトの様子を見たら、ゴブリンからだろう傷が深いが生きてはいる。エリーゼが、どうしようと俺を見てくるが、俺は首を振った。


 エリーゼは剣で、2匹のコボルトの首を切り裂いた。


 俺は念のために周囲の探査を行う。エリーゼも周囲を見渡しながら音に耳を澄ませている様子。


 エリーゼに「警戒してて」と声をかけて、俺は討伐部位と魔石の回収を始める。こういう時、チームだと楽だなと思う。一人だと警戒しながら回収もして、ということになるからね。

 まあ、俺の場合は気配察知が効いてればその限りではないんだろうけど。




 俺とエリーゼのパーティーは、早速、冒険者たちの噂になったらしい。ギルド入り口から買い取りカウンターに着くまでの視線が痛い痛い。ギルドが最も人で溢れかえる時間帯だったし。


 俺への嫉妬の視線、エリーゼ可愛いから…。

 エリーゼへの情欲…。気持ちは解らなくはないけどなぁ。


 もちろん好意的なものや、ただの興味が多いんだけど。黒い物の方が目立つんだ。



 さっき街に戻って門をくぐる時に、あの優しい門番さんがニッコリ微笑んで言葉をかけてくれた。

「お帰り、シュン。無事で何よりだ。そっちのお嬢さんも」


 そんな、人の心からの優しさに触れて嬉しかった、俺の温もりを返してほしい。



 少し不機嫌な俺をフレイヤさんは笑う。

「二人とも目立つからね。仕方ない仕方ない。気にしたら負けよ、シュン君」


 買い取り額はなかなか良かった。エリーゼの採取知識のおかげだね。魔石も10個なので、Eランクパーティーの成果としては上出来じゃないかと思う。

 手裏剣(俺が勝手にそう言ってるだけで実際は安物の短剣)2本ぐらい買おうかな、なんて考えてたら、


「シュン君、フレイヤお姉さんからありがたいお話があるので、ちょっとこっちに来て」

 フレイヤさんはまだ開放してくれないらしい。


 フレイヤさんに導かれて俺とエリーゼは別室に。


 魔力操作をやって見せろと言われて、最初にフレイヤ先生から教えてもらった魔力拡散レーダーのようなことをやって見せる。正確には魔力を放ってそれからの反応を知覚して解釈する、察知の能動的積極的行使、みたいな感じね。

 エリーゼもやって見せる。


 俺はこの魔力レーダーも気配察知の行使も、ひっくるめて「探査」と勝手に呼んでいて、訓練の時には同時に使うようにしていたりする。


 なので、今やって見せたのは探査の魔力のみ行使。即ち魔力探査。


 フレイヤさんが言う。

「エリーゼは安定してきた。頑張ったね。シュン君もすごくよく出来てる。だけど、こんなに魔力弱かった?」


 これに対してエリーゼが言う。

「フレイヤさん、シュンは時々魔力見えなくなったりします」


「え?」

 俺の魔力が見えない?


 フレイヤさんはエリーゼに頷く。


「そう…。隠蔽ができてるってことかしら。シュン君…?、は自覚してなさそうね」

 そう言ってフレイヤさんは笑い始める。


「シュン君は気配察知も出来てたわよね。もしかして、同時に訓練してる? 魔物相手を想定してるんだよね。講習会の狩りの時のように」


 俺は肯定の頷き。


「なるほどね…。ん…。そっか」


 フレイヤさんは少し考えこんだ後に言った。

「魔力循環の訓練をした方がいいと思うわ。それでもっと楽に意図的に出来るはず」


「魔力循環ですか…?」

 エリーゼが言う。俺も、それ何なのか聞きたい。


「エリーゼが知ってる循環とは少し違うの。私の祖母が始めた方法なのよ。口で言うのは少し難しいわね…。ちょっとシュン君、こっちのソファに横になってみてくれる?」


 ソファに仰向けに寝転んだ俺のすぐ横に跪いたフレイヤさんは、目瞑っててね、絶対開けちゃだめだからねと言って微笑むと、俺の両肩に手を置いた。俺は目を瞑る。


 少しずつ流れ込んでくる。フレイヤさんが入ってくる。暖かい。


 熱くなってくる。フレイヤさんが俺を抱きしめているような気がする。

 あ、背中を押される。手を引っ張られる。


 何も考えられなくなる、でも勢いよく引っ張られる。

 引っ張られる。追いかけられる。手を繋いで飛び回る…。

 どんどんスピードが速くなる。俺の中、フレイヤさんの中。

 縮んで、伸びて、膨らんで、縮んで硬くなって、また柔らかくなって。

 それでももっと速くとフレイヤさんが背中を押す。

 やっと自分の後ろ姿が見える。フレイヤさんの後ろ姿が見える。

 追い越せる。まだ追い越せない。もっと速く駆け巡る…。


 意識が飛んでいたのは僅かな時間のようだった。おそらく5分程度。覚醒してからは恥ずかしいことこの上ない。ふぅ、と溜息を吐いていると、汗を拭っているフレイヤさんが、

「結構、快感だったでしょ?」

 と言って笑った。


 ここは並列思考フル稼働してクールに。

「はい…。ちょっと洒落になりません。だけどこれが、魔力の密度を上げて自分だけの魔力を維持する感じなんですね」


「そう。その表現で概ね正しいわ。正確には、自分ではない物も自分の物のように扱う為の最初の段階。でも何度か手放してたでしょ、あれじゃダメ。女の子は最後までリードしないと」


「……」


「でも、かなり付いてこれてたから、もう自分だけで再現できると思うわ」


 極端なやり方を味わってからは、フレイヤさんが言う魔力循環の意味を体感できるようになった。自分だけでもやれそうな確信があった。

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