第3話 レベルアップ
多分なんだけど、このスライム。さっきのは酸か毒の類の攻撃なんだろう。
ワークパンツ溶けてたし。
だけどブーツはこれと言って変化はない。
このワークパンツの防御力が低いせいだったのではないかと思ったものの、だからどうするって話。
しかしこのまま木の上にずっと居る訳にもいかない。
木の枝は結構平らな部分があって、幹にもたれて居眠りぐらいは出来そう。でも寝返り打ったら落ちてしまいそうだけど。
スライムはまだ木を登ってくる動きはない。と言うよりも、何かを待っているような雰囲気。奴も長期戦の構えなのか、それともこの木をこの高さまで登る手段を持っていないのか。
なんとなく、もうしばらくはこの奇妙な停滞が続きそうな気がする。
俺はもう一つ高い枝に移る。なんか妙に木登りしやすい木だ。
この辺りはなだらかな起伏の見通しの良い草原で、木の幹に手を添えながら立ち上がって周囲を見渡していたら、遠くに森や道らしきものが見えた。
日の高さを見ると、まだ昼前だろうと何となく感じる。でも、先のことを考えるとそれほど猶予は無いだろう。今夜どこで夜を明かすかということも考えなくてはいけない。
女神は、街中に突然現れても騒ぎになるだけだから少し離れた人の居ない所に降ろしますね、と言っていた。だから歩いてそこまで辿り着くのが俺の今日の最善だろう。あの見えている道を目指せば、なんとかなるかな。
俺はまだ始まりの街にすら着いていない。
そう思ったら、スライムで必死になっている自分が可笑しくなってくる。情けなくもあるし、これじゃダメでしょ。
このスライムを倒すことが、おそらくは女神が言っていた、
最初の『え~い♡』『ズドーン』であろうことの覚悟を決める。
女神からの最初のクエストという訳だ。初めてなんだし、降臨して少し優しく励ましてくれてもいいのにと思う。
そんないろんなことを考えながら、しばらくスライムを見ていて思いついたことがある。
そうだ。狙いは一点、スライムのど真ん中。
小説なんかに書かれてたスライムの核がどうのこうのってのは、見えないからどうしようもない。白い半透明の体なんだが、中身はもやもやしていて中心部分は濁ってるような、時折キラキラしてる感じでよく判らない。
やるべきことは、剣で叩き切ろうとして駄目だったので突き刺してみること。
上から、全体重掛けて全力でもって刺突してやる。地面に縫い付けてやるんだ。
スライムのあの溶かす攻撃を回避することだけは意識して、でもブーツとか革製の防具ならばある程度は耐えられるんじゃないかと思っている。
そう。駄目だったらまた走って逃げればいいじゃん。
その時は道が見えた方向に全力疾走して、クエストキャンセルだ。怪我も治ったし、脚はもう大丈夫なんだから。
そう。軽く、軽く考えよう。
木の上に居るんだけど、俺は何度も刺突のイメトレをする。
そして一番下の枝まで下りてみたけど、スライムに動きはない。
ここからなら、飛び降りて数歩で奴に剣が届くな…。
ドキドキしてきた。
狙いを意識して、ただ剣で刺すことに集中する。
ふと女神のことを思い出したら、剣が輝き♡を増したような気がする。
よし、いくぞ。
ほとんど動かない
『え~い♡』なんて声は発しない。スライムから見られてるかもだけど、一応心構えとしては不意打ちなので、声出してどうすんだって話だ。
サクッ
ズズッ
呆気なく意外なほどにスライムは容易く貫けた。
むしろ、地面の抵抗の方が強くて、そっちの方が手に負担がかかった感じ。
俺はすかさずスライムを貫いた剣はそのままにして手を放し、横に飛んで奴の様子を見る。念のため短剣を抜いて構えている。
見ていると、刺さったままの剣から白い煙のようなものが少し漂い始める。
(あっ、剣も溶けているのか?)
俺は剣をそのままにしておきたい気持ちを封印して、メイン武器を失うよりはと素早く近づいて剣を抜き、サッと離れて身構えたままスライムの様子を見る。
スライムから漏れ出てくる液体の勢いは、少し弱まるが止まってしまうことはなく、皺々になったスライムの体表が、今度はどんどんひび割れて千切れていったかと思うとスライム自身の体液に沈んでいった。
『レベルが上がりました』
『ステータス管理機能が解放されました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『耐性強化スキル取得条件が満たされました』
『保留となっていた酸耐性強化スキルを取得しました』
『保留となっていた毒耐性強化スキルを取得しました』
『保留となっていた麻痺耐性強化スキルを取得しました』
『保留となっていた魅了耐性強化スキルを取得しました』
『保留となっていた石化耐性強化スキルを取得しました』
『保留となっていた即死耐性強化スキルを取得しました』
『レベルが上がりました』
「うわぁぁ??? なんだ?」
頭の中に響いた声にびっくりする。
レベルとか耐性スキルとか、その声はあの女神の声に似ていた。
と言うか、絶対本人だろ。
はぁ~、とため息をつく。
スライムを倒した安堵感が、女神アナウンスの驚きの後にやってきた。
木の根元で幹に背中を預ける格好で座り込み、もう一度息を吐いた。
「はあぁ、やっと…やっとだよ。疲れた…」
俺は空を見上げる。
「綺麗な青空だったんだな。静かだし空気が澄んでて風も気持ちいい」
清々しさを感じながらぼーっとしてたら、なんだか、青空の向こうで女神が微笑んでいるような気がしてきた。
『ちょっとみっともなかったけど、まあ合格~♡』
てな声が聞こえてきた気がして、少しむかつく。
俺の清々しさを返せ。
剣は溶けてはいないようだった。鞘に仕舞う前に汚れを落としながら確認してみる。元の刃をそれほど見ていたわけではないので、変化は判らないものの、直線的な歪みなどは感じられなかった。
しばらく水筒の水を飲んだりして休んだ。
それでも頭の片隅では周囲の警戒、と自分に言い聞かせるように強く意識し続けている。
なんかホッとしたのと、あともう少しでも情報があれば、あの強烈な痛い思いはせずに済んだのになんてことも思う。
『え~い♡』じゃ解らんでしょ。『ズドーン』も理解できてないけど。
それにしても、転移して初の戦闘相手がこんなのって、割とハードモードだよね。
───せっかく転移してきたのに、チュートリアル前に死んでたまるか。
クソ女神め。今度会ったら絶対泣かす。
説明不足も甚だしいし、俺が苦労するのを知ってて、掌の上で転がして遊んでるのかあいつ。わざと説明有耶無耶にした臭いがプンプンする。
あと、地図ぐらい用意してくれるの普通だろうに、駄女神!
と、散々頭の中で愚痴を吐いてたら少し気が晴れてきた。だけど今も、もしかして女神の精神操作が効いてるのか、なんて思ったらまた嫌な気持ちがぶり返した。
それはさて置き、ここで生きていくしかない訳で(女神の精神操作っぽい)
ま、頑張りますか。(女神の精神操作っぽい)
それしか無いよね。(女神の精神操作っぽい)
何とかなるっしょ。(女神の精神操作っぽい)
という切り替えができてきた。
そして、正直かなりさっきのレベルやステータスのアナウンスが気になるんだけど、今はゆっくりそれについて考察する時間はないだろう。いつまた新たなモンスターが現れるかしれないし。
という訳で、いろいろ思うところはあるが、まあとにかく道は開かれた。
でも、この先もまた苦労するんだろう。始まりの街の位置も俺には判らないし、どうせまた手探りだし。
取り敢えず、やれることをやるしかないので、前向きに考えるしかないか…。
きっと、女神もそれを望んでるでしょ。
ところで、倒したスライムの残骸は少しずつ地面に吸い込まれているように感じる。ちょっと甘くていい匂いがするのは、スライムの体液の香り?
「なんか素材として使えるのかな。スライム」
ちなみに与えられた一般常識の中に、冒険者という存在とその意義みたいなことはあるが、各モンスター(こっちでは魔物っていうんだっけ)の素材や用途についての詳細はほとんどなかった。それは専門知識ってことなんだろうね。
残っている固形物に近い物はスライム自身の体組織なのかな。もしかしたら、吸収し切れていない他の動物なのかもしれない。
そうやって観察していたら、その中にあるピンポン玉より少し大きいぐらいの丸い石のような物が、ゆっくり点滅し始めたことに気が付いた。
一瞬、まだ生きてるのか? とも思ったが、なんか雰囲気が違う。
これが魔石ドロップなのか? 正直、過剰演出のような気がしないでもない。
半ばまだ埋もれているのを短剣でほじくるようにして掻き出した。木の葉っぱで直接は触らないようにして水で洗うと、すっと汚れが落ちて綺麗な白い色を見せる。ちょっとパールホワイト的な、そんな感じ。
もう触ってもいいような気がした。
(点滅するとは知らなかったけど、これ魔石ってことでいいんですかね。女神様?)
でも二つあるんだよ、これ。
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