第31話 フォロースルー、流れを止めるな
久田野と夏祭りに行った効果は絶大だった。家に帰って、一度お風呂で頭を冷やしてから原稿に向かうと、これまでの詰まり具合はなんだったんだってくらい、スラスラとカーソルは進んだ。そして、イメージ通りに。会心の出来だったと思う。『だあるまさん』の原稿は、その日の朝四時に終了した。総文字数、十三万文字。更新話数、六五話。
逆転のシナリオを、僕は、これに懸ける。
できてすぐに下書き更新すると、翌日すぐに久田野が僕の家に殴り込みに来た。
「ちょ、ちょっと文哉……なにこの下書き原稿……!」
部屋に飛び込んできて一言目のそれを聞いて、一瞬「あれ? まずったかな」と思ったけどそれはすぐに打ち消される。
「朝からこんな原稿読ませないでよ……! なんで……目覚めからぼろぼろ泣かなきゃいけないのよ……!」
その感想を聞いて、僕は内心ホッとした。
……よかった、うまく伝わったんだ。彼女に届いたんだったら……。きっと。
「これなら……いける……! この締めかたなら、跳ねる……!」
そして、自信たっぷりに目もとをキリっとさせる。
「10万……いけるよ!」
「……うん!」
そして、彼女は持ってきたタブレットPCを開いて、作品管理画面を開く。変わらずアンチコメントは緩やかに増え続けているけど、更新が鈍くなったことで当初の勢いは影を潜めた。
久田野は無線のマウスをカチカチとクリック。
「公開……するよ!」
下書き表示されていた部分が、一話、公開済に変化する。残りの四話分も、これから毎日更新していく。
「よし! じゃあ、私はあのシーンのイラスト、これから描くからしばらく家に籠るね! その間、文哉は宣伝よろしく!」
「え? え?」
「大丈夫大丈夫、ツイートしたら私のアカウントでもリツイートしてあげるから、拡散はされるから安心して、なんだったら、引用リツイートして『この回は神回でした……!』とか太鼓判押してあげるから」
じゃあねーと彼女は風のように僕の家から出ていく。
……ほんと、忙しい人。
でも、楽しみかもしれない。あのシーンってことは。
僕が描きたいって言った、あのシーンなのだろうから。
久田野は言った通り、本当に家に籠ってイラストを描き始めたそうだ。ツイッターを見ても「これからちょっと作業を根詰めて行うのでリプの反応とか遅くなります……!」「宣伝のリツイートだけはさせていただきますのでお許しを……!」と呟かれている。そして、言った通り僕のツイートに反応しては宣伝効果を高めようとしている。
八月二十日。残り4万7千。まだ足りない。このペースでは足りない。
八月二十一日。残り4万3千。僕が再び更新したことで、アンチコメント付きポイントが増えたようだ。しかし、その影響もあってかランキングは跳ねた。もう、向かい風だって味方にするしかない。
八月二十二日。残り3万9千。旗色が変わる出来事が起きた。
久田野の絵に惹かれて面白いと呟いてくれたイラストレーターの方が、再度呟きを入れてくれたのだ。
ここのところ更新が鈍っていてエタったかなあって思ったけどそんなことなかった笑
さらによくなっているからみんなも見てみてー
あ、もちろんイラストも可愛い!
ありがたすぎる燃料投下だった。その人のフォロワー周りを中心に僕らの宣伝ツイートが広まっていき、主にaoiのアカウントはリプで溢れるようになった。
そして、その翌日。八月二十三日。残り3万2千。一気に7千も稼いだ。
残る更新話数も、ひとつとなった。そして、そのひとつは、久田野が今描いているイラストつき。
この回で大爆発させることができれば……あるいは……。
二十三日の、二十二時。
最終話更新予定の、二時間前。ピコンと僕のスマホが音を鳴らした。
なんだろうと見てみると……、
「っっ!」
僕は飛びつくように机に置いたパソコンに向かう。そしてラインを開き、久田野から送られた一枚のイラストを全画面表示して映し出す。
「…………」
真っ暗な空に打ちあがっている花火を背景に、「タッチ!」と叫ぶ主人公の何かを願う表情、そして、震えている背中を向けて木の幹で彼の到着を待っている鬼の涼音。
そして、もう一通、メッセージが届いた。
「差分も送るね」
それから数分経ち。二枚目のイラストが届いた。
そこには。
黒色のキャンバスに広がるオレンジ色の花火と、浴衣姿の涼音の肩にタッチして鬼から逃げようとする主人公の姿と。
どこか優しい笑みを浮かべ逃げる彼の手を引こうとする涼音の絵が広がっていた。しかし、よく見れば涼音の目もとには光る何かが流れていて、その色は、花火のオレンジに染まっている。口も動いていて、恐らくきっと、
「思い出したよ」
って、彼に言っているんだと思う。
「…………」
すごいの一言も、パッと出てこなかった。それくらい、久田野のイラストは刺さるものがあったのだから。
そして、スマホが誰かからの着信を知らせる。僕は、相手が誰か確認もせず電話に出る。
「どう?」
一言だけ、僕に聞かれる。
「……すごく……いい、って思った」
「やった。褒められたっ。……ねえ、これなら、いけるよね?」
「いけないはずない」
「10万、突破できるよね?」
「できるよ」
「……次が、最後だね」
「……最後で、久田野のイラストの力も借りて、一気に跳ねる。そうに違いないよ」
「……うん、じゃあ、この二枚も足して、更新するね」
そして通話は切れる。言葉足らずな会話かもしれない。何がいいのかも聞かれていないのに、会話を終わらせた。
しかし、わかっている。
彼女も、あのイラストに、逆転を懸けたんだ。
八月二十四日。零時ちょうど。
『だあるまさんがこおろんだ』は、最終話の更新をかけた。
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