第29話 焼きそばとフランクフルトとかき氷と、

 屋台が並ぶ夏祭りの会場はやはりというか大混雑をしていた。スマホの電波も通りにくく、これだとはぐれたとき大変かもしれない。行き交う人々とすれ違う際、気をつけないと肩と肩とがぶつかってしまう。そんななか、

「あっ、文哉わたし綿あめ食べたいっ」

「……食べたいなら自分で買えばいいんじゃないかなあ久田野」

「ケチ」

 はしゃぎにはしゃいでいる久田野は食べたいものを見つけてはどういうわけか僕におねだりしてくる。

「じゃあさじゃあさ、りんご飴でもいいよ?」

「……僕が日常的に金欠なこと、知っているよね?」

 今月も今月でお小遣いは本に溶けた。まだ月末に新刊が出るレーベルもあるから、今日使えるお金は家を出る直前に「軍資金よ」と言って母親に握らされた三千円しかない。

「もう……こういうときにスパッと買ってくれる男子がモテるんだよ? 文哉」

「……モテたいって思ったことないんで」

「ふーん。そうなんだ」

「な、なに……?」

「べっつにー? じゃあさ、もう焼きそばでもいいよ? お腹空いて来ちゃったし」

「僕もお腹空いたけど、奢れるほどないから自分の分は自分で出してね」

「……はぁ、わかったよ」

 と、なんだかんだありつつも僕らは一緒に焼きそばの屋台の列に並んだ。

 夏祭りの焼きそばって、なぜか購買意欲をそそるというか、なんというか。そこらへんの因果関係を調査したら何か面白いものが掴めるのではないかって思う。

 三分ほど待つと、僕らの順番が来たようだ。

「お兄さん、焼きそばふたつ下さーい」

 はきはきとした声で久田野が注文する。屋台にいるガタイのいい、タオルを頭に巻いた髭を生やした三十代くらいの男性店員は、久田野に「お兄さん」と呼ばれたことに気を良くしたのか、

「ははっ、お嬢ちゃん可愛いからサービスだよ、連れの彼氏と食べなっ」

 と、焼きそばふたつに加えてフランクフルト二本も一緒に入れてくれた。え? か、彼氏……?

「ありがとうございますっ、さ、文哉行こっ」

 僕は右手親指をグッと立てて次のお客さんの対応に入っている「お兄さん」にペコペコと頭を下げつつ、久田野に連れられ、空いていた木組みのベンチとテーブルに座った。

「ラッキー、毎年ここでご飯食べるの大変だからねー。いつも混んでて」

 心底嬉しそうに久田野は声を弾ませつつ袋に入った焼きそばとフランクフルトを取り出す。

「はい、これ文哉の」

「ありがとう」

「へへ、可愛いって言われちゃったよー。んん、焼きそばおいしー」

 ……うん、美味しい。

「……なんか、こうして二人で夏祭り行くのも、久しぶりだね」

 流れていく人波を眺めつつ、ふと隣に座っている久田野はそんなことを言う。

「小学三年生以来とかじゃない? 文哉」

「……多分、そうじゃないかなあって思うけど」

「そのときまでは、普通に仲良かったのになあ……文哉も私のこと、名前で呼んでくれていたし」

「そっ、それは……」

 ちょうど、そのころあたりから、久田野と関わるのが恥ずかしくなった。

 ……急に、いつも一緒に過ごしていた幼馴染のことが、可愛く見えてしまったんだ。

 それに、男子が女子と仲良くすると、色々言われる時期でもあったし……。

「そういえば、また文哉私のこと久田野って名字で呼んでいる。あのときは名前言ってくれたのになー」

 テーブルに肘をついて、からかうような目で僕をじっと見つめる久田野。

「あ、あのときはなんていうか……つい、名前で呼んじゃっただけで……僕なんか、そんな……」

 しどろもどろになりながらも言い訳をする僕を見て、久田野は渋い表情をする。そして、少しツンとした態度で、僕の口に串に刺さったフランクフルトを突っ込む。

「んんっ、ふぁひほひへふほ、ふはほ」

「何言っているかわかりませーん。……もう、少し自分の創作に自信持ったと思ったら、全然じゃん……」

 慌てて僕は右手で串を持ってフランクフルトを噛みちぎる。

「……はあ、な、何するんだよ久田野……」

「……少しくらい、勘違いしてよ……バカ」

 どこか遠いところに目をやってふと彼女は何かぼそっと呟く。しかし、人混みの喧騒にかき消されて、うまく聞き取ることはできない。

「え、何か言った久田野?」

「……べっつに。何も言ってないよ『彼氏』さん」

「そ、その呼びかたはやめてよ……恥ずかしいから……」

「ふんだ」

 な、なんでいつの間にかちょっと機嫌損ねてるの……? わからないよ、わからないのは僕のほうだよ。

 その後少しお互いが沈黙する時間が続く。黙々と焼きそばとフランクフルトを食べきって、さあこれからどうしようかってとき。

「……お、怒ってる?」

 さっきから謎にプンプンしている久田野に僕はお伺いを立てる。

「怒ってない」

 ……怒ってないなら少しは目線を合わせてくれてもいいと思うんだけどなあ。隣に座っているのに。

「つ、次どこに行く……?」

「文哉が行きたいところ一人で行けば?」

 ……ええ? もう、ほんと女心わからないよ……。一体僕が何をしたって言うんだよ……。

「で、でも……それだと僕家帰っちゃうというか……。久田野いないと、ここいる意味がないっていうか……。一人でも……楽しくないし……」

 もともと、久田野に誘われて今日の夏祭りに来た。久田野がいないとなると、いる意味もない。

「……かき氷」

「へ?」

「かき氷、奢ってくれたら機嫌直してもいいかな」

 きまり悪そうに彼女は僕にそう言う。というかやっぱり機嫌悪いじゃん……。

「……わかったよ、買ってくるから、何味がいい?」

 僕は空の容器をビニール袋に詰めてベンチから立ち上がる。

「イチゴ」

 やはりぶっきらぼうに頬杖をついたまま、僕に注文する。

「わかりました」

 人が混みあう通路に飛び込み、僕は一旦久田野のいるベンチを後にした。


 そうして、僕は近くにあるかき氷屋さんに行って、イチゴ味と、メロン味のかき氷をひとつずつ買って彼女の待つベンチへと戻った。

「……お待たせ」

 紙コップに入ったひんやりとした白い結晶にイチゴ味のシロップがかかったそれをテーブルの上にすっと置く。

「……ありがと」

 そう言うと、久田野は無言でスプーンに手を取り、かき氷の頂上の部分を食べ始める。

 僕もとけるといけないので、目の前に光っている氷の塊にありつき始める。うん、メロンの味。

 半分くらい食べたところで、久田野はいきなりひょいと僕の食べるかき氷を一口取っていった。

「えっ、え?」

「……一口ちょうだい?」

「いや、ちょうだいって、もう食べてるし……」

「いいじゃん、一口くらい、私のもあげるからさ、ほら」

 彼女は右手のスプーンでイチゴ味のかき氷をすくっては、僕の口元に持ってくる。

「ちょっ、く、久田野それは……」

 俗に言う、「あーん」じゃ……。僕はつい周りをキョロキョロと見回してしまう。

「……『彼氏』ならこれくらいしてもいいよね?」

「だっ、だから僕は久田野の彼氏じゃ──んん、ふ、ふへはひはほ、ふはほ」

 半ば強引に、さっきのフランクフルトと同じように久田野は僕の口にかき氷をねじ込む。今度は冷たくて頭がいたくなりそうだ。うう……。

「どう? 美味しい?」

 どうもこうも……だって、これって間接キスじゃ……。それどころじゃないよ……味なんてわからないって……。

「い、イチゴだなあって……」

 僕の感想を聞くなり、久田野は口を手で押さえて失笑する。

「ふっ、何その小学生並のコメント……面白いんだけど……」

 自分でも語彙力の欠片もない返しだったかなとは思っている。でも、どうしようもないでしょ……。

 そんな、自然に間接キスとか、僕にはハードルが高すぎるし、第一、僕らはただの幼馴染だし……。

「あれ、そろそろ花火の時間? なんか人の流れが変わってない?」

 少し人のざわめきが大きくなってきて、視線を通路に飛ばすと、久田野の言う通り人波が花火のよく見える広場へと向かっている。

「そうだね、もう花火の時間みたいだ」

「それなら、うかうかしていられないよ、私たちも行かないと」

 久田野は大急ぎに残りのかき氷をかき込んで、立ち上がる。

「ほらっ、文哉もはやくっ」

「えっ、僕まだ途中で」

「じゃあ一気に食べるっ」

 と、久田野にカップごと口元に突っ込まれて、軽く握りこぶしくらいあるかき氷が一斉に僕の口へ流し込まれる。

「──んんっ、んん」

 いった! 頭痛い!

 案の定頭が痛くなったけど、そんなのお構いなしに久田野は僕を引っ張って人の動きは反対の方向に走り出す。

 草履が砂利道を叩く音が響くなか、ああ、きっと僕らはこれからあそこに行くんだろうなって、幼い頃の記憶を引っ張り出しては思った。

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