第28話 桃色を濃くする、心の行燈

 お盆休みの間も、僕らは時間という時間全てを『だあるまさん』に尽くした。

 PVの上昇が勢いを増したと言っても、やはりしばらくの間更新が止まってしまったことは痛かったようで、伸びてもやはり当初のピーク、千ちょっとが限界だった。

 八月十五日。現在のPVは4万6千。残り十六日で、5万4千。

 何か、何か劇的な変化が。

 原稿はすでに佳境に入っていて、僕が真っ先に挙げた、一番描きたいシーンに差し掛かっていた。

 復帰してから筆の乗りがいいとは思っていたけど、一番描きたいシーンはやはりこだわりも強く、なかなか納得のいく文章を描くことができない。数話分作ったストックも、毎日更新に切り替えてPVを全力で回収する方針にしているので、もう底をつく。

 増えるのは、僕が漏らすパソコン前での声になっていない音と、迫るタイムリミットのプレッシャー。

 三歩進んで二歩下がる、というようなペースでクライマックスのシーンを描き進めるも、これでは一日中執筆しても終わらない。実際、ここ数日は寝る食べるお風呂以外の時間は全部原稿に使っている。

 動け、まだ働いていない僕の脳細胞よ、動いて……!


 八月十六日。残り5万2千。少し跳ねた。まだ進捗は芳しくない。

 八月十七日。残り5万。溜まっていたストックが無くなった。もう猶予はない。

 八月十八日。残り4万9千。少しずつ勢いが衰退してきた。


「……うーん、これじゃ……これじゃだめだ……」

 十九日のお昼過ぎ。パソコンの画面を閉じて僕はパタンと机に突っ伏す。久田野もずっと僕の部屋に通ってはずっとイラストの作業や宣伝をしてくれている。ツイートから作品に飛んでくれている人も一定数いるので、効果はあるみたいだ。

 しかし、その効果も長く続く保証はない。早く、次の話を更新しないといけない。

 ……なのに、カーソルが進まない。

 僕は頭を掻きむしり、うなだれる。

 こういうふうに原稿に詰まることは経験している。それの解決策もあらかた知っている。僕の場合、二・三日何もせずに寝て本を読んだりすれば大抵どうにかなるんだ。

 でも、今はその二・三日も惜しい。無駄にするわけにいかない貴重な一日だ。

 なんとか、なんとかしないと……。

 頭から湯気が出るようなくらい負荷をかけて自分が思い描くイメージと紡ごうとする文章をリンクさせる。

「……だめだあ……」

 僕のそのぼやきを聞いた久田野が、ふと立ち上がり僕の側に近寄る。

「ねえ、今詰まっているところって、涼音と夏祭り行くシーンだよね?」

 朗らかな笑みと共に、彼女は尋ねる。

「う、うん、そうだけど……」

 そして、少しだけ子供っぽい無邪気な色に笑顔を変えて、こう言った。

「ならさ、今日神社で夏祭りあるでしょ? それ、行こ?」

「……でも、時間ないよ?」

「いいからいいから。このままうんうん言って詰まるくらいなら、いっそこれまでと同じように経験しちゃえばうまいこと行くかもよ?」

「そ、それは……」

 そうかもしれないけど……。実際、登校の場面とか朝一緒に話す場面とか屋上とかはうまいこと行った。けど……。

 僕の反応を聞く前に久田野は「よし」と手を叩きながら僕の部屋を出ようとする。その際、

「じゃあ、それで決まりね。だったら、私準備したいから一度家帰るね。そうだ、気分出すためにさ、神社の前で午後五時集合ね」

 と言い残し、姿を消した。

 ……有無を言わせないあたり、さすが久田野……。

「はぁ……」

 でも、このままだと永遠に進まないから、それもありかな……。

 それに、決めたことは揺るがさないのが基本久田野だから、もう行かないっていう選択肢は残されていないんだろう。

 ……外向きの服に着替えないとなあ……。


 夏の夕方は、昼よりも暑さは和らぐものの、未だ残る熱気と、日本特有の蒸した空気が呼応して陽が沈みかけてもその暴力的な部分は終わることを知らない。

 さらに、今日に関して言えば近所の神社は夏祭りが開催されるということで人で溢れていて、それも暑さの一因を担っているのではないかと、僕は鳥居の側で久田野を待ちながら思った。

 子供連れの家族から、中学生らしき集団、高校の部活帰りでそのままジャージを着てやってきた空腹の猛者たち、明らかにチャラそうな大学生らしき人、色々な人が鳥居を通過して境内のお祭り会場に足を踏み入れている。遠くからは、祭りのお囃子の音が聞こえてくる。

 鳥居に着いてからはや十分。そろそろ久田野が指定した午後五時になる頃だけど……。

「ごめーん、待った……?」

 待ち合わせ時間ピッタリに、聞きなれた快活な彼女の声が聞こえてきた。僕は声のしたほうを向き、

「いや、今来たばかりで……」

 と言いさらに続きを言おうとしたけど、それは言葉になってくれなかった。

「へへー、どうっ?」

 ……準備って、こういうことだったんですね……。

 してやったりって顔をした久田野はくるっと体を一回転させ、身に纏った白色の浴衣をはためかせる。水玉模様にところどころ水の波紋のような柄がついていて、帯の水色とのコントラストが眩しい。

「ちょっと、黙らないでよ、文哉っ」

「ごっ、ごめん……」

 僕の隣にいていいんですか? 場違いじゃないですか僕?

「そ、その……可愛いと思い、ます……」

 思わず敬語になってしまう。その反応を見た久田野は可笑しそうに笑いだし、

「思いますって……敬語……文哉、慌てすぎだって、小さい頃はこうしてよく浴衣着てお祭り行ったでしょ?」

 僕の背中をポンポンと叩く。

 それは、そうだけど……。昔と今じゃ、全然意味合いが違うというか……。

「まあ、いっか。素直に可愛いって言ってくれたから及第点。次はもっと自然に言えるようになるとさらに高評価かなー」

 そして、満足したように彼女は僕の手を引いて、境内へと向かいだす。

「行こ? 文哉」

 夕暮れ空、少しずつ暗闇が空の色を染める時間。灯る行燈の光が彼女の無垢な表情を照らし出し、少し幻想的に見える。普段から桃色に少し色づいている彼女の頬が、今日はもう少しだけ色が濃くなっているような気がするのは、きっとその行燈のせいなのだろうか、とふと感じた。




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