第25話 秘めたる想い、それがキミの一番の、

「えーっと、『表紙につられてきたけど、安定の表紙ラノベで爆死』『ラブコメにしたいのか青春したいのかはっきりしろ』『作者の妄想垂れ流ししているだけ』……うっわ、これえげつないなー。『画面にこびりついた埃以下』さすがにこんなこと私のページで書かれたら私も落ち込むよ。『ヒロインの挿絵はいいけど、肝心の中身はおまけ以下』『おもしろくない。』これはシンプルだね。『イラストと文章が釣り合っていない』『作者の性格がコミュ障で透けて見える』……さすがにねー、人格まで非難しちゃうのはやりすぎだと思うけどねー。とまあ、君が逃げている間にこれだけの炎上ポイントがついているわけだけど」

 先輩は自分の机に開いていたパソコンの画面に書かれているものをある程度読み上げる。

 こんなに増えていたんだ……。しんどいなあ……。

 久田野はもう聞きたくないとばかりに顔を覆っている。

「……つまんない感想ばっかりだなあって。こんな短文読んで嫌な気持ちになるくらいならその他称『作者の妄想垂れ流し』読んでいるほうがよっぽど生産的だと私は思うよ」

 福島先輩は眉をひそめてはさらに続ける。

「まあね、ネットに小説を上げることのメリットだよね。すぐに、まあ、来ないケースもあるけど、読者から直に感想を聞けるっていうのは。公募で送って評価シート受け取るよりも何倍も早いし、たまーにすごいしっかりした感想が来るときもあるし、そのときは儲けものって思うし。……それに、こんなこと書いてくる人もいるし」

 画面を指でコンコンと叩く。そこを起点に液晶に少しだけ波紋が広がって、一瞬僅かに表示が乱れる。

「感想は大事だよ。自分の作品のいいところ悪いところを理解できる指標にできる。鵜呑みにするのはまずいけどね。いい意味でも、悪い意味でも」

 チラッと先輩は僕の顔を窺う。

「でも、今、君の作品に書かれた感想の大半は聞き流したほうがいいただのアンチコメントだよ。そこに、しっかりとした批評は入っていない。どれもこれも、ほとんど、久田野の絵に引っ張られていて、それとの比較が表立って出ているか、潜在意識のなかに刷り込まれている。そうだね、強いて言うならさっき読み上げたコメントのなかで参考にしたほうがいいのは『ラブコメにしたいのか青春したいのかはっきりしろ』くらいかな。まあ、これは作品の中身について言及しているし、方向性の指摘という意味においてはきっと君に思うところはあるかもしれないし。……泉崎本来の作風と、今回目指した作風がごっちゃになっているというところから、指摘される可能性は大いにある部分だろうね。でも、これもせめてどういうことがあってそう思ったのかくらいは書いて欲しいけどねー。例えばもっと涼音の過去を掘り下げたほうが味が出たとか、明花との掛け合いを削ってそっちにシフトしたほうがよかった、とかね。それくらいまで書かれていたら参考にする余地はあった。まあ、でもそもそも今回の目的は完成度の高い小説を描くのではなく、PVを稼ぐことが目的だから、まあどうやっても参考程度にしかならない。というか、それ以外の酷評は聞き流さないともたないよ。メンタルが」

 ふうと息を吐いて福島先輩は手元にあったペットボトルのお茶を口に含む。

「長く話し続けたね。……つまり、私が言いたいのはこの一言だよ。……泉崎、君は、見たことも会ったこともない人間の、しかもリスクを冒していない立場からのうのうと言ってきた、ただ絵とのクオリティを比較した感想に負けるの?」

 文筆を嗜むものらしく、数分かけて話したことをきっちり十五秒でまとめた。

 痛いくらいに、僕に伝わった。

 心臓の鼓動が速くなる。涼しいはずなのに、汗がまた出てくる。この先輩の前で、僕は普通にいられるのだろうか。

 ……無理な、気がする。

「例えば、君がいずみふみやとして他の誰かの作品に悪口を書くのと、このようなほぼ匿名に近いアカウント名のまま誰かの作品に悪口を書くのでは、冒すリスクが桁違い。それは説明しなくてもわかるよね? ……悪口言いたいなら家のトイレにでも叫べ。汚い言葉でもなんでもいいからそこで叫べ。それを誰かの目に、ましてや、作り手本人が目にするような場所に書くんじゃない。って、私は思うけどな」

 パソコンの駆動音がふと入り込んだ静寂を切り裂く。

 福島先輩は再び視線をパソコンの画面に戻し、話を続ける。

「そもそも論、私も泉崎の作品は読んだけど、あそこまで執拗に叩く必要があるほど酷いものは感じなかった。確かに少々ラブコメっぽさを求めるにはぎこちない部分は見え隠れしていたけど、そこはキャラの掘り下げがある程度うまくいっていてバランスを保っているように私は思った。きちんと涼音の過去も小出しにして謎めいた雰囲気を引っ張っているし、明花は持ち前の明るさを活かしてニヤニヤとさせてもらえる。どちらかと言えば、明花のシーンはもう少し自然に会話を回したほうがいいと思うけど、君はあまりそういう女の子と絡まないし普段そういうキャラをメインには描かないしね。後々の課題になるんじゃないかな。そこを差し引いても……ランキングに入るのに不思議な点はないって感じたよ」

「そっ、そんなこと」

 そこまで言われるほど、僕は凄くないと返そうとするけど、すぐに止められる。

「はいストップ。今は私のターン。あと謙遜しない。君の悪いところだよ。……じゃあ、なんであそこまで炎上したか、だけど。まあ、ネットって奴は怖いものでね。……同じ内容のコンテンツがあったとしても口コミひとつでガラッと印象が変わってしまうんだ。最初の誰かが、もしくは声の大きい人が、はたまた大多数が『これは面白くない』って言ってしまえばそれは『面白くない』ものになる。例え、そのコンテンツがこれから世に出る大傑作だとしても。見た感じ、アンチコメントを書いているのは数百人。さすがに全部同一人物の自作自演ってことはここまで膨れ上がると考えにくいから、これだけの人数が『面白くない』って受け取ったのは間違いないだろうね。……ミスリードで。もうそのミスリードを取り戻すことはできないし、恐らく『かけかけ』の読者も泉崎の作品は不当に叩かれた通りの『面白くない』作品だと思ってそろそろ敬遠し始める。……いや、もうしているか。今まで一日千単位で伸びていたPVも今じゃ500がいいところになっているのは久田野から聞いている。今日が八月九日。たった残り二十二日で稼がないといけないPVは約6万。一日にすると? えっと……大体3千いかないくらいか。いやー。厳しいねえ。評判は最悪、ストックも久田野曰く、使い果たした。宣伝も高校生ができるものには限界がある」

 険しい顔を浮かべては、いつの間にか移動した『だあるまさん』のPV数一覧のページを眺めている。最後、若干おどけるように言った先輩の言葉尻はすぐにその影を潜めて真剣な声音に切り替わる。

 ……久田野は、祈るような面持ちで僕らを見守り続けている。

「……そして何より、作者の心が折れている。続きが描けない。キーボードが叩けない。……聞いたよ、久田野から。『私じゃもうどうしようもできないんです、先輩助けてください』って、言われたよ。そのときの昨日の通話の声でも聞かせたら、描く気になるかな。私も久田野のあんな泣き声初めて聞いたよ。今度描く小説の参考にしようかなって一瞬思ったくらいだよ。……私もそんなに優しくはなくてね。やりたければやればいいし、やめたきゃやめればいいって思う節はあるんだ。創作に関しては。だって、きつい、苦しい、稼げないの3Kだよ? これは私の個人的意見だけど。見た目は華やかだけど、一冊の本描き上げるのにどれだけの時間を必要とするのか。締め切りに追われて徹夜だってしてきついし、おまけに私たちのようにアマチュアじゃそれに加え何百本とライバルがいる賞レースを勝ち抜かないといけない。勝ち抜いていざ本が出版できましたって言ったって最近は本が売れないって言われてるしね。一冊出してはい終わり、ってなることもある。稼げない。稼げるのは一握の砂のそのまた一握だよ。こんな割に合わないこと、無理に続ける必要ないと思うんだ。趣味で続けるならまた別だけどね」

 だから、と先輩は二の句を継ぐ。

「……やめるなら泉崎の好きにしたらいいと思う。久田野は私に君の説得を期待したのかもしれないけど、私はそこまで優しくないし、むしろやめられるならやめたほうがいいと思う。……こんな創作意欲の塊みたいな魔物、捨てられるなら捨てたほうが身のためだよ。描きたいって欲求は、一度湧きだすと二度と止まらないからね。普通の生活を捨ててでも、他の同級生が仕事をして安定した生活を送っているとしても、描きたいと思ったらもう終わりなんだ。私たちは、そんな魔物の巣窟の住人なんだ」

 恐らくは、大学の先輩や、出版社の知り合いの人から聞いた経験も入っているのかもしれない。同人ゲームを作る過程で、そんな話もたくさん聞いたのかもしれない。

「泉崎は、ちゃんと勉強もしているし、性格も真面目だ。君みたいな人間なら、多分就職には困らない。むしろ、そうしたほうが人生の収支は大幅にプラスになるだろうね。別に描けなくても人間は死なない。小説が描けなくたって君が死ぬわけではない。だから、やめたいならやめればいい」

 その発言を聞いて、僕の幼馴染は「そんな」と口を挟もうとする。けど、先輩はそれを片手で制する。

「……けど、そうじゃないんでしょ? そうじゃないから、君は久田野に連れていかれてここに来た。それに。……その横に置いてある辞書の山。それを見つけた君の目は、一瞬だけど、輝いて見えた。『あ、これあったら役に立ちそう、一冊くらい欲しいな』とか思ったんじゃないかな?」

「そんなこと……」

 僕はないですと続けて言おうと思ったけど、でも、目を引いたのは事実だった。すぐに否定することができない。

 先輩めがけて動かした視線は、行き場を失くしてふらふらと窓先にある花畑の景色に逃げ込む。

 しかし、逃げた先に久田野がぎゅっと自分の服の裾をつかんでいるのが見えてしまう。

 結局、視線は自分の足元に落ち着く。

「あるよね? だから君も魔物の巣窟に身を置く私と同類なんだよ。簡単にやめられない。抜け出せない。どんなに酷いことを書かれても、言われても、吐きそうなくらい苦しくたって、やめられないんだ。……描き上げることの気持ちよさを、快感を、知ってしまっているから。……今、泉崎は久田野と比べられることが怖くて仕方ないんだよね? わかるよ、私だって似たようなこと言われたことあるから。彼女の足をこれ以上引っ張りたくない、そう思うからこそ、描けなくなったんだよね?」

 ……見てきたように、先輩は僕の気持ちを言い当てる。

「……ねえ、泉崎は自分の文章のどこが武器だと思う?」

 すると、先輩は突然優しい表情になって僕に問いかける。

 武器……なんて、僕には……。

「……ないですよ。僕に、武器なんてないです」

 その答えを聞くと、福島先輩はやっぱりねというように頷く。

「じゃあ、代わりに私が言ってあげるよ。贔屓目抜きの、君の長所を。どちらかと言うとキャラの色で萌えを打ち出すよりかは、ストーリーでしっかりと地に足つけた展開を見せようとするのが君の特徴。かといってキャラの描写も怠ることはないし、きっと君、登場するキャラの過去を原稿に収める以上に設定しているでしょ。だからキャラの行動にぶれがないし、一貫性があって好感が持てる。だからストーリーとキャラの両輪がうまく回って面白くなっている印象。ちょっと構成が弱いところもあるかなって思うけど、そんなの君の武器であるそのふたつで黙らせればいい。……それに、君は真面目だ。どこまでも、私が怖くなるくらいに真面目だ。決して努力を怠ることはしないし、君が年間に三百冊以上本を読むことは知っている。膨大な読書量に裏打ちされた文章力も目を見張るものがある。それに、本を読んでいるということは、今何が人気なのかも知ることに繋がる。今っぽさが命になりかねないライトノベルでその知識があるかどうかは大きな差になる。……でもね。でも、なんだけど。そんなのはただのいいところでしかない」

 先輩は表情という表情を全部集めたように、大事なことを伝えるために今までにない、今日一の真面目な色の目をする。

「君は私より面白い小説を描けるって、いつか言ったよね?」

「……はい、でも、それは先輩の」

「だーかーら、謙遜はしない」

 コツンと頭を叩かれる。少しばかり場が和むけど、すぐに緊張の糸が張り詰める。

「……私がそう思ったのは、熱量が凄いんだ。一体その気弱な雰囲気から、どうやって出しているんだって疑いたくもなるくらい。……クライマックスのシーンの熱量が凄い。読ませてやる、震わせてやる、泣かせてやる、盛り上げてやる。君のやりたいことが全部そこに詰まっているかのように、文章の雰囲気が変わる。……なんて、御託を並べても仕方ないか。……ここに関しては、一番君のことを理解している人に言ってもらったほうがいいだろうしね」

 そこまで言うと、先輩はくるっと首の向きを変えて、祈る幼馴染の顔を見る。

 久田野……?

「……君がもし心のどこかに、一片でも、まだ描きたいって気持ちが残っているなら。……あんな悪意しかないコメントに負けたらだめだ。そんなコメントで、君のような一人の小説家を失うのは、惜しすぎる。……逆境を、乗り越えるんだ。それに。……まだ君は全部をあの作品に注いでいないんでしょ? ……アンチも、悪口も黙らせてしまえ。その熱量で。書き込んだ本人が恥ずかしくなって削除したくなるくらいに、君の世界で魅了するんだ。それが、君にはできる。ここから6万のPVを稼ぐなんて、造作もない。不可能じゃない。少なからず、私と、彼女はそう信じている。だからこうやって話しているんだ。……それに、これは個人的な話になるけど、白坂があんなキツい条件を出すに至ったのは、私が三年生のときに好き放題やったからだ。私が蒔いた種で、後輩が苦しい思いをするのは本望じゃない。……それに関しては、申し訳ないと言うほかないよ。……私にできるのは、こうやって説教垂れることと、叶うことなら、君が筆を折らないことを願うだけだよ。……私から言いたいことは終わり。あとは、泉崎の好きなようにすればいい」

 先輩は席を立ちあがり、部屋を出ようとする。

「福島先輩……?」

 久田野はそれを見て、慌てて駆け寄ろうとする。けど。

「あー、なんか一時間くらい外を散歩したくなったなー。キャンパスのなか適当にふらついたらなんかアイデア落ちてくるかもしれないから、一時間だけ散歩して来るねー」

 いつも通りの、柔らかい口調で先輩は僕らを残して部屋を出て行った。

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