第17話 七夕の夜、願いしことは皮肉にも
七月九日。金曜日。一度ランキング入りすると、評判が評判を呼ぶ勢いでPVと「いいね」は加速度的に急増加していった。日間ランキングこそピークからは落ちて現在はラブコメ十位まで下がったものの、未だトップテン圏内だ。そして、日間よりは注目が集まる週間ランキングもラブコメ七位。
……夢ならば醒めて欲しくない数字だ。
しかし、浮かれている暇もないので今日も今日で放課後の文芸創作部部室は、創作に勤しむ二人の作業音だけが基本的に流れていた。けど。
部活が始まって一時間が経過した午後四時半頃。部室のドアがコンコンと叩かれた。
「はーい」
そういうノックに反応が早いのは決まって久田野で、彼女はすぐに席を立ちあがってドアに向かう。すると、また久田野が出迎える前に部室のドアが開かれる。
その光景に僕は一瞬またあの生徒会長がやって来たかと身構えたけど、杞憂だった。
「やっ。ここも変わらないなー」
女性は女性でも、まったく違う。首元にかけられた「入校許可証」こそ増えたものの、今年の三月まで久田野と同じ制服を着ていた文芸創作部の先輩、福島さんが朗らかな表情とともに片手を挙げて部室に入って来た。
「福島先輩じゃないですか、どうしたんですか急にっ」
業績もさることながら、面倒見も良く後輩(といっても僕と久田野しかいないけど)に慕われていた福島先輩は、すぐに久田野の目を輝かせる。
「いや、なんか最近泉崎の『かけかけ』のアカウントが騒がしいなーって思ってチラッと見てみたらさ。すごいじゃん、ランキング入っていて。ってことで、敵情視察に来た」
最後に歯を浮き出させて爽やかな笑みを浮かべる。失礼かもしれないけど、名前もそうだし、姿格好も中性的というか、もはや「イケメン」の類だからなんか別の意味の嫉妬もしてしまう。服も僕と全然違って仕上がっているし……どうしたらこんな格好いいファッションができるのだろうか……。
「またまたー、敵情視察とか言って、ほんとは私たちが何やっているのか気になって来たんじゃないんですかー?」
「まっ、そうだね」
「あ、どうぞどうぞ、福島先輩の席残っているんでっ」
久田野はそう言い、いそいそと三つあるうち誰も座っていない椅子を引き、先輩に座るよう促す。
「結局、私の席は空いたままかあ、世知辛いね」
というのも、もともと空いた最後の机は、福島先輩の定位置だった。部室のドアに正面が向かい合うように置かれた机は、いつも最初に来る福島先輩の顔を真っ先に見ることができるポジションだった。それに、その手前にくっつき、「C」の上と下の部分の机に座る僕と久田野、二人の下級生の様子も見てくれていた。
薦められるがままに先輩はかつての机につき、懐かしそうに天板や椅子の背もたれを触っている。
「けどこの机もぼろいままなんだねー、いい加減新しいのと交換して欲しくない? これ」
「あー、それ生徒会に交換できないんですかって聞いたら、『ダメ』って言われちゃいまして」
「もしかして、白坂に?」
「はいっ、そうですっ!」
「あいつなら言いそうだなー。『零細部活に割り当てる余計な予算などありませんわ』とか」
はははと笑いながらガタガタと自分の机を揺らしてみる福島先輩。……壊れないよね?
「はい、まさにそうなんです、門前払いですよ? 門前払い」
「しかも、『あなたのような茶髪の話を聞く義理などございませんわ』とかも言いそう」
「すっごい、ドンピシャですよっ、どうしてそこまであの会長の言うこと想像できるんですか?」
机に手をついて身を乗り出す久田野。ま、まあ彼女の場合普段白坂会長に色々嫌味とか言われていて、不満とか愚痴とか言いたいんだろうなあ。
「いやー、実は三年のときにどうしても学校の屋上行きたくてさ。何回か屋上の利用申請を生徒会に出したんだよ。それの担当が白坂でさー。相当疎まれたんじゃないかなー私。ははは」
何でもないように話す先輩は、そう言って表情を崩す。
「当然、文芸創作部が屋上を使う正当な理由なんてあるはずないし? 色々あることないことでっちあげて申請書出しているうちに、私嫌われたみたいで」
……さ、さすが福島先輩、創作に関しては本当に変人だ。そこまでして屋上行きたいですか……? っていうか、僕らの知らないところでそんなことしていたんですね……。
「あと、白坂、もとは会計でさ、私が部長のときに予算会議に出たらすぐに予算削減の対象にリストアップして、まあそのとき思い切りバトルしたからね。それで彼女のウチの部活に対する印象はよくないんだろうね」
……あれ、もしかして無茶な要求されているのって、この先輩のせいだったりする? 会長の私怨絡み?
「だから、泉崎も予算会議は気をつけろよー? うかうかしていると来年度の予算半分カットとか言いかねないから」
ケラケラと可笑しそうに先輩は笑うも、予算会議という言葉を聞いて僕と久田野の表情は曇る。
「ん? どうかした? ふたりとも」
先輩も僕らの変化にすぐに気づいたみたいで、緩ませていた口元を一気に締めて、真面目な表情に戻す。
「せ、先輩それなんですけど……、文芸創作部、廃部検討になっていて……」
申し訳なさそうに久田野がそう呟く。その言葉に、先輩は目を丸くして、
「えっ、廃部? 白坂そこまでするかー、さすがだなー。……で、条件は?」
最後は少し声を潜めて僕らに聞いてくる。元部長とあって「廃部検討」という単語を聞いただけで話を理解したみたいだ。
「えっと……『かけかけ』一作品で八月末までに10万PV獲得、です……」
「10万⁉ それはまあ白坂もふっかけたなー。だから最近泉崎のアカウントが活発だったんだ」
先輩はそっかそっかと頷きながらスマホをいじりだす。
「でも、なかなか評判になってるじゃん。泉崎の新作。今までとは少し毛色が違う雰囲気がするけど、それが噛みあっているようには見えるね」
「そ、そうですか……?」
「はは、やっぱり泉崎の自信のなさも相変わらずだなー。もっと自信もっていいと思うけどなー。ランキングは一定の実力がないと維持できないからね」
「……は、はあ……」
「まあ、色々あるとは思うけど、頑張りな。あー、でもさすがに卒業して一年ももたずに廃部になっちゃうのは嫌だからなー。私も五話まで読んでいるけどPV数のためにも全部読むかあ」
と、半ば冗談っぽくそう言い、先輩は僕の背中をポンポンと叩く。
「で、でも……一体どうしてこんな急にランキングが跳ねたのか、よくわからなくて……」
「あれ? 泉崎知らない? もしかして、ツイッター見てない? 二人とも」
ツイッター?
顔を見合わせて首を振る僕と久田野の反応を見るなり、福島先輩は再びスマホを何やらいじり始める。
「これこれ。このツイートがバズっていて、それで一気に知名度が上がったんだよ」
先輩は画面を僕らに差し出す。そこには、
最近かけかけでなんかいいのないかなーって思っていたら、超絶表紙が綺麗なのがあって見てみたら面白かったー
URL貼るから見てみてー
……フォロワー数が一万を超える超有名なイラストレーターさんのツイートがあった。で、そのURLの指定先は……。
「ぼっ、僕の小説?」
「り、リツイートの数が三千……? いいねも五千……?」
「そ、多分、泉崎の小説が一気に跳ねたのは、この人がツイッターで呟いたから。それでまず色々な人の目に入るようになって、そこからスコップされた感じだろうね。なんだ、てっきり知っているものかと思っていたよ」
スマホをポケットにしまい、苦笑いを浮かべつつ福島先輩は僕らに言う。
「い、いえ……どうしてこんなに伸びているんだろうってずっと不思議に思っていて……」
「私も……噂のスコッパーが同時に複数名やって来たのかとか思ってました……」
久田野のイラスト効果えげつねえ……。だって、このツイートをした人は、久田野の描いた表紙につられてやって来たわけで。それで今の結果と思うと。
……久田野ってやっぱり凄いんだな……。
「まあ、跳ねた理由がなんであれ、読まれる土壌は出来上がったからね。あとは、泉崎、君の文章でツイートにつられた読者をリピーターに変えるんだ」
さらに続けられた先輩の言葉に、僕は表情に力が入ってしまう。
「って言うとあれか、泉崎は緊張して何も描けなくなっちゃうタイプか。そうだったね。今の言葉、忘れて。あんまり気負わずに行きなよ。泉崎は十分文章力は高いから」
「そ、そこまで僕は」
「いいからいいから、先輩の誉め言葉は素直に受け取るものだよ? 謙虚なのは君のいいところかもしれないけど、過剰な謙虚は体に毒だよ……?」
笑顔で釘を刺されてしまうと、僕は二の句を継ぐことができない。やがて満足そうに頷きながら部室を見回すと、
「でもそうかあ、少し冷やかしてこうかと思ったけど、部の存続がかかっているなら邪魔するのもあれだね。じゃあ、私は早いところお暇させてもらうよ」
先輩は席から立ち上がろうとする。
「あっ、いえ、全然邪魔なんかじゃ──」
「いいのいいの、どうせなら校内もフラッと回りたいし、大学生になると、高校の校舎になんて簡単には入れないからね。いい機会だから、ちょこっと取材もしていきたいんだ。……それに──」
と、止めようとした久田野の耳元に何か囁きだす。
「いっ、いや、そんなことっ、せ、先輩何言っているんですか」
久田野はそれを聞くと顔を真っ赤に染めて両手をぷるぷる振って何やら否定しようとしている。
「ちゃんと授けた屋上の鍵使ったー? あそこの鍵の複製作るの、結構苦労したんだから。有効に利用して欲しいなー。そんじゃあ、また。気が向いたら様子見に行くからー」
福島先輩はそう言うと、ヒラヒラ手を振りながらにこやかな表情で部室を後にした。
「あ、あっという間に帰っちゃったね……」
閉められた部室のドアを見つめつつ、久田野が呟く。
「うん、大学生になっても、福島先輩は福島先輩って感じだった……」
福島先輩は面倒見がいい人だけど、やっぱり創作が絡むと変人というか。なんというか。いや、いい人なんだろうけどね。
「……とりあえず、作業戻ろうか」
「そうだね」
久田野の号令をきっかけに、僕らはまた席について途中だった原稿やイラストの作業に復帰した。
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