第3章 ミッドポイント、からの

第16話 願いごと、青色の短冊に乗せて

 PVとランキングが伸び悩むまま、迎えた七月最初の日曜日朝。ここ最近習慣となった、起きてまずパソコンを開いて作品管理画面を確認するのを行うと、

「──ん?」

 ……寝ぼけているのかな? 桁がひとつ多く見える。

「いや、そんなはずは……」

 僕は目をごしごしとこすって画面と目を極限まで近づけてもう一度見てみる。

 しかし、何度見ても表示は変わらない。

「……え?」

 昨日の夜まで、900くらいのPVだった「だあるまさん」は、今、2000PVを数えていた。僕が唖然としていると、机の上に置いてあるスマホが震え出す。電話がかかってきたみたいだけど、このタイミングってことはかけてくる人間は一人しかいない。

「ふっ、文哉! 見た? 見てる?」

 電話に出るなり、興奮冷めやらぬといった様子の幼馴染の声が聞こえてくる。

「……今起きた。見てるよ」

「一気に1000もPV増えてるよっ!」

「……何があったんだ? この夜に」

 たった一夜でここまでPVが跳ねるって……ただごとではない。おまけにPVだけではなくポイントまで伸びている。僕は作品管理画面から「かけかけ」の日刊ランキング画面に移る。

「久田野……今ラブコメ部門の日間三位だ」

「え、嘘! ちょっと待って──」

 電話口の向こう側からカチカチとマウスがクリックされる音がする。しばらくして、

「ほ、ほんとだ! すごいよ、ようやく念願のランキング入りだね! これでPVももっと跳ねるよ!」

 喜びにあふれる久田野の声、恐らく彼女の言う通りこれで今日に関してはPVを集める動線が出来上がった。

「で、でも……一体何が……スコップされた……? ポイントもレビューも増えているし、それがきっかけで? でも、それだけでこんなに急に跳ねるかな……」

 どの小説投稿サイトにも、そのサイトの小説を読む人が存在する。多くは新着作品や、ランキング上位にいる作品や、既に自分がフォローしている作品を読むことになるが、一定数、ランキング圏外に埋もれている作品を掘り起こしてくれる読者がいる。そういう人達をスコッパーと言い、投稿者のなかでは嬉しい存在だったりする。そういう人に一度スコップされると、地面に埋もれていたその作品は陽の目を浴びる可能性が高くなる。

 でも、これは陽の目どころか、太陽の近くまで連れて行かれたような跳ねっぷりだぞ……。スコップが同時に重なった……? それとも、何か別の要因が……?

「とにかく、今が待ちに待ったチャンスだよっ! 書き溜め少し放出して、露出を増やそう! そっちの作業は私がやっておくから、文哉はどんどん原稿進めて!」

 確かに、理由がどうであれ、久田野の言う通り今がチャンスであることに違いはない。

「う、うん!」

 僕は通話を切り、パソコンにUSBを差し込む。

 朝ご飯を食べることも忘れて、僕はお昼ぐらいまで、お腹が空くまでひたすら原稿作業に打ち込んでいた。


 そして、そのブレイクは日曜日だけには留まらなかった。次の日の月曜日も、火曜日も、水曜日も。フォローと「いいね」の通知が止まらない。スマホにも「かけかけ」のアプリを落としていたので、作品に何らかのリアクションが起きると、通知が僕のスマホにも行くようになっているんだけど……。

 あまりの量に僕は通知を切ってしまった。こんなこと初めてだ。PVもうなぎ登りに上昇していき、水曜日、七月七日時点で9000PV。もう異次元の世界過ぎてついていけない。

 久田野が言った通り、この機会に書き溜めを少し放出し、露出を増やし、また久田野も頑張って木曜日更新分のエピソードに急遽挿絵を一枚追加した。日曜に追加を決めて水曜の朝には仕上げたからすごいことだ。他にやることもあるはずなのに。まあ、今日の朝、めちゃくちゃ眠そうにあくびをしていたけど。

 部活も終えての帰り道、一緒に歩く家路。まっすぐ家に帰るかと思いきや、久田野は「ちょっと駅寄って行こ?」と言い、家の最寄り駅に遠回りしていくことにした。少しずつ夏の足音が大きくなってきていて、セミの鳴き声、太陽の照らす空気、遅くなっていく日の入りの時間、ジワリと垂れる汗がそれを感じさせる。午後六時前、まだギリギリ日は沈んでいない。

「駅に寄って何するの……? 本屋でも行くの?」

 駅に行くとは伝えられたけど具体的に何をするかということは言われていなかったので僕は前を引く久田野に聞いてみる。

「今日が何日か忘れたの? 文哉」

「えっ……七月、七日?」

 あっ、なるほど。

「七夕ってこと?」

「そう。駅前の広場に短冊と七夕飾りがあるみたいだからさっ。お願いしていこうよっ」

 駆け足とまではいかないとも、跳ねるような足取りで彼女は僕を置いていこうとする。

「ちょ、はやい、はやいって久田野っ」

「ほらっ、文哉もはやくはやくっ」

 家に帰る人でそれなりに賑わう駅近く、仕事帰り、学校帰り、買い物帰り、きっとこの街に住んでいる人すべてが集まる場所を、久田野は楽しそうに舞い動いていく。ひらりひらり揺れ動く栗色の髪の毛と、夏服に切り替わった制服がはためく姿は、人混みのなかでもはっきりと、距離が開いてしまってもしっかりと、僕の目に捉えることができる。

「そんなに急がなくても短冊は逃げないってっ、は、はやいよ……久田野……」

 ……追いかける僕の足は、あっという間に動かなくなる。やっぱり運動したほうがいいかなあ……。


「はぁ……はぁ……よう……やく……追いついた……」

「文哉おそーい。どれだけ待ったと思った?」

 駅の出口前、ロータリーや駅前の申し訳程度の商店街が広がるなかにどんと置かれた七夕飾り。そのすぐ横に久田野は腕を組んで僕のことを待っていた。

「だ、だったら別に走らなくても……」

「息ぜえぜえだね、運動不足じゃない?」

「それは……さっき追いかけながら……思ったから……」

「そうなんだ。まあ、じゃあ、早速だけどお願い書こうかっ」

 そう言うと久田野は歩道に置かれている机から青色の短冊を掴む。僕も続けて、同じ青色のものを引き、備え付けのペンで願いごとを書こうとする。

 さて……何を書こうかなあ。自分のこと書いてもだし……うーん……。あ、じゃあ。


 幼馴染の創作活動がうまくいきますように


 これで行こう。僕は久田野に見られないうちにさらさらとペンで願いごとを書き、彼女が見えないような場所に短冊をかける。

「あっ、ずるーい、何お願いしたか見せてもいいじゃん文哉―」

「……別に、見せるものでもないと思うし」

「じゃあ私も願いごと文哉には教えなーい」

 久田野は今しがた書いていた短冊を僕から見えないように手でガードし始める。

「まあ、久田野がそうしたいならいいけど」

 僕が素っ気なくそう返すと、

「……なんか冷たい。文哉」

「僕はいつもこんな感じだと思うけど」

「ふーん」

 そう言い、彼女も短冊に書き終えてせっせと飾る。そして、何かを見つけてふふっと可笑しそうに笑みを零し始める。

「どうした? 何か変なものでもあった……?」

「いやー? なんでもないよ?」

 ニヤニヤと口元を綻ばせながら久田野はくるっと方向を変えて、

「それじゃあ、帰ろ?」

 僕らの家があるほうへと歩き出す。

 ……どうかしたんだろうか、変な笑いかたして……。まあ、いいか。

「はいはい」

 僕は少し駆けて、先を行く久田野の隣を歩く。長くなった僕らの影は、さっきよりも少しだけ重なる部分が広くなったようにも思えた。


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