第14話 気分転換(前編)
半ば強引に久田野と遊ぶ約束を取りつけられた後、迎えた土曜日の午後。模試は国語数学英語と三科目だけだったので半日で終わり、約束通り僕は校門で久田野がやって来るのを待っていた。梅雨の合間の晴れ間が広がっていて、今日は傘をさす必要はない天気だった。
挿絵付きのエピソードを公開したこともあり、PVといいねの数は増加した。しかし、まだポイントはついていない。ランキングは変わらず圏外のまま。
続々と帰り道についていく生徒を横目に、僕は本を読んで幼馴染の到着を待つ。同じようなことを考えている人も多いみたいで、「カラオケ行こうぜー」「なあ、昨日から公開してる映画見に行かない?」などと、遊びの計画の声が聞こえてくる。
学校近辺に高校生が遊べるようなところは大してなく、きっと電車で十五分くらいの大きな駅に行くんだろうなあとページをめくりながら想像する。
「文哉―、お待たせ―」
待ち始めて五分くらいして、久田野の快活な声が聞こえてきた。駆け足で向かったみたいで、僕の肩をポンと叩きながら目の前を少し通過していった。その目立つ行動、目立つ容姿から何事かと歩く生徒がこちらを見る。
「ちょっ、声大きいって久田野……」
僕は首をすくめて周りの視線をものともしない彼女にそう言う。
「もう、気にしない気にしないっ。さ、行こ?」
久田野はこちらを向いて片手を差し出すも、僕はその手を取ることはせず、彼女の隣を歩き始める。……さすがに手を繋ぐのはもっと無理……。あ、ちょっと表情歪ませた久田野。
「それで……今日はどこに行くの」
「うーん、ラウツーかなー」
「……ボウリングってこと?」
久田野が口にしたのは、近所にあるアミューズメント施設の名前だった。
「それもだね、時間あるし、カラオケとかゲームセンターとかも寄ってこうよ。あ、文哉が望めば、スポッチャでもいいよ」
「……いえ、ボウリングがいいです」
運動音痴の僕にスポッチャとか、地獄絵図だ。久田野が大爆笑して僕が何かやるのを見るに違いない。……ボウリングもボウリングだけど、スポッチャよりはましだ。
学校から歩いて二十分のところにラウツーはある。ちょうど僕らのマンションと学校の中間地点に近い場所にあるので、立地としては都合がいい。
「じゃ、ボウリングにしよっ? あ、そうだ。勝った人が負けた人に何かひとつ言うこと聞かせられるってのはどう?」
「絶対久田野が勝つからだめ」
……久田野の運動能力は計り知れない。運動部からお声がかかるくらいには、彼女はなんでもそつなくこなす。ボウリングだって同じ。だからそんな勝負は受けないに越したことはない。
「えー、じゃあハンデつけるからさー、いいでしょ? 20点!」
「…………」
「うーん、じゃあ30点!」
「…………」
「じゃあじゃあ、50点でどう? これなら勝負になるでしょ」
それでようやく勝負になるってこと理解しているなら最初の案は何だったの。
しかし、さすがにそこまでハンデを貰えるなら多少は希望が見える。
「ま、まあそこまで言うならそれで……」
「よしっ、じゃあ決まりね。50点ハンデで、勝ったほうが言うことを聞かせるっ。よーし、勝つぞー」
ブンブンと腕を回しながら久田野はやる気をみなぎらせている。……少しは手加減して欲しい、かな……。
「よっし、ストライクー」
制服のスカートをなびかせながら投じられた久田野のボールは、真っすぐと先頭のピンに直撃し、全部のピンを倒していた。
……これで、ゲーム開始5フレーム連続スペア以上。50点あったハンデはあっという間になくなり、もう逆転されている。久田野が5フレーム終了時点で113点、僕がハンデ含め4フレーム終了時点で76点。
……ハンデ、100点くらいあってもよかったかもしれない。
「ほらっ、次は文哉の番だよ、はやくはやくっ」
もう完全に機嫌が最高潮になった久田野は、レーンからソファに戻ってきて僕を急かす。
「……い、今からでもハンデ増やしてはいただけないでしょうか……?」
「だーめ。男に二言は許されないぞ?」
満面の笑みを僕に向け、ちょっと二次元っぽい可愛らしい声で彼女はそう言う。……ひいい、鬼、鬼がいるよお……。
ブレザーを脱いでワイシャツ一枚になった袖をまくり、僕はボールを持ってレーンに向かう。ぎこちない動作でボールを投げるも──
ガタン。
「あははは! 文哉またガーター出した!」
「うう……」
もう嫌だ、おうち帰りたい。
後ろを振り向けば、涙目になるくらいお腹をかかえて笑っている久田野がいる。運動するからっていうことで、彼女もブレザーを脱いで、ワイシャツもスカートから出している。ひじのあたりまでめくられた袖が、少しだけ眩しく映る。
ボールリターンから戻ってきたボールをつかみ、綺麗に整列したままのピンに再度投球する。
今度はフラフラのボールがなんとかピンの山の端にあたり、4本倒れた。これで、80点。あれ、これハンデ100点あっても足りないんじゃ……?
「よーし、次はダブル狙っちゃうぞー」
お、お願いだからもう許して……僕の負けでいいからこれ以上僕のメンタルを壊さないで……。ただでさえ、周りからは放課後制服デートしている男女の高校生ってことで、さっきから生温かい目で見られているのに、しかも男はボウリングが笑えないレベルで下手くそで、女子のほうは逆に上手すぎるって……。ああ、なんでボウリング場のスコアが表示される液晶画面って誰でも見えるようになっているんだ……。しかも実はデートでもなんでもないっていうオチつき。
「やった、今日私調子いいかもっ」
遠い目から視線をレーンに戻すと、なんと二連続でストライクを叩き出して喜んでいる女子高生が僕に向かってピースサインをしていた。
ははは、神は無情ってやつですかね……。
結局、そのゲームは久田野187点、僕が99点で終了した。大敗だ。……150点のハンデでようやく勝負になったかも。
「じゃあ、約束通り、私の言うことひとつ聞いてね? 文哉」
2ゲームやる予定の1ゲーム目が終わり、ゲームとゲームの間で少し休憩を取る。自販機で買ったお茶をおいしそうに飲みながら、久田野が弾む声色で僕にそう言う。
「……何も、あそこまで本気出さなくても……」
「もう、いつまで拗ねてるのー? さ、そろそろ2ゲーム目やろう?」
彼女はペットボトルを置き、ボールをつかみに行く。
「……悪魔、悪魔がいる」
負け惜しみにぼそっとそう呟くと、
「んー? 何か言った―? 文哉―」
レーンに向かったはずの久田野がボールを持ったまま僕のいるソファにズンズンと歩いてきた。
「タンマタンマ危ない、危ないから、嘘、嘘だから戻ってっ」
「そっかあ、悪魔かあ、だったら、ハンデ150点あげるから、次も私が勝ったら追加でもうひとつ、言うこと聞いてもらおうかなー?」
久田野はそう言いつつ、一糸乱れぬフォームでボールを投げ……そして全部のピンを倒した。
「どう?」
凍った笑みを振り向きざまに浮かべ、最後にそう告げる。
「……く、久田野は可愛いと思うよ」
降参の意を示すために、僕はそう返す。久田野はそれを聞くとちょっと顔を赤く染めて、
「そ、そこまで言うなら今日はひとつで許してあげる……」
と、とりあえず事なきを得た。
た、多分あの様子の久田野相手に150点のハンデだと足りない……さらに地獄を見ることになる……。
彼女と入れ替わりに僕がレーンに向かおうとすると、なぜか久田野もソファに戻らずレーン付近に残っている。
「く、久田野? どうした? そ、そこにいると危ないと思うんだけど……」
困惑するように尋ねると、
「文哉のフォーム、すっごくブレブレで見てられないからさ、教えてあげるよ」
ボウリングに限らず運動全般が得意の幼馴染は、僕の側にびっちりと立って、手取り足取り僕にボールの投げかたを教えようとしている。
「い、いいよっ僕は。ボウリング上手くなりたいわけじゃないし……」
そっ、それに体と体が密着するから、久田野の柔らかい体が感じられて緊張が……あと、ほのかに香る汗と制汗剤の匂いも……。
「見て―? あの二人、すっごく仲良さそうねー」「アツアツだなー」
……やっぱり恥ずかしいってこれ!
周りの声も耳に入って力が抜けた僕は、ボールを指から離してしまった。
「うっっ!」
不運なことに、五キロくらいの重さがあるボールは僕の右足の上に落ちてしまい、情けない悲鳴を漏らしてしまった。予想していなかった激痛に、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
「えっ、あ、ちょっと大丈夫? 文哉っ」
久田野は慌てて転がるボールをすぐに回収し、一旦ボールリターンに返す。すぐに僕の足元にしゃがみ込み、靴を脱がそうとしてくる。
「お、折れてたりとかしてないよね?」
あわあわと焦った様子で彼女は僕の足の心配をしてくれる。……そういう優しさがあるんだったら少しは僕の気持ちも汲み取ってもらいたかったよ……。
「だ、大丈夫……シューズが効いた……はず」
ヒラヒラとじんじん痛む右足を動かして見せる。折れてはいないみたいだ。
しかし、やはり痛いものは痛いもので、苦悶の表情を浮かべ続けていると、
「と、とりあえずソファ戻ろう?」
僕の肩を持って、後ろのソファまで連れていってくれる。……この絵面もなんか……なあ。
「わ、私スタッフの人に聞いて何か貰ってくるから、ちょっと待ってて!」
僕を座らせるなり、久田野は風のように駆け出してフロアにいるスタッフさんを探し始めた。
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