第13話 わかろうとすらしない奴の言葉なんて、

 それから数週間が経過した。PVは一定の割合で伸びていくも、それでも10万PVには程遠いペースだった。やはり、わかっていたし理解もしていたけど、超絶難しい。

 ただ、久田野に駄目だしされて修正したラブコメっぽいシーンに関しては、読者のウケもそれなりによかった。ここまで8話分投稿していたけど、登校の場面、教室での絡みが入るエピソードは、他の話に比べて「いいね!」の数が多かった。

 六月七日、月曜日の時点で獲得したPVは合計300。一話当たり37くらいのPVを集めている計算になる。……これ、過去最高。

 けど、やっぱり足りないんだよなあ……。

「はぁ……」

「どうしたの? 文哉、ため息なんてついて」

 放課後の部室、窓の外からは降りしきる雨の音が鳴り響いている。モノクロの背景に雨雫に打たれ揺れる葉々さえも、曇り空の灰色に飲み込まれ、緑ではない何かに見えてしまいそうだ。

「いや……なんでもない」

 開くパソコンの画面を見つめながら、僕は答える。この時間も、原稿を進めている。書き溜めはまだ7話分残っているので、進行に余裕はあるけど、久田野のイラスト挿入作業も随時入るのでキーボードを叩く手を止めるわけにはいかない。

「まだそんなに焦る時期じゃないよ、確かに初週第二週でランキング入りして露出を増やすって計画は失敗したけど、まだ時間は残っている」

 スタートダッシュこそまあまあの数字だったけど、やはり久田野のイラスト効果にも限界はあるみたいで……失礼な言いかただなこれ、単純に僕の実力不足です、うん。そのため、日間週間月間のランキングは共に百位圏外、少し歯痒い思いもしていた。

「それはわかっているけど……でも、あまりうかうかもしていられないというか……」

「大丈夫だよ、いいねと作品のフォロワー数は順調に伸びてきている。まだポイントは増えていないけど、話数を積めばきっとそれもそのうち溜まっていく。そうすればランキングだって自然に上がってくる。そのタイミングが、勝負。今はまだ、慌てるときではない」

「……うん」

 久田野はそう言うけど……自信はない。そもそもタイミングなんて来るのだろうか。あの作品にポイントを入れてくれる人なんているのだろうか。そんな思考がいつもぐるぐると回る。「かけかけ」のランキングのシステムは至って単純だ。日間なら日間で貰ったポイント、増減したフォロワー数、押してもらった「いいね!」の数を専用の計算式にあてはめて順位をつける。ポイントとは、その作品に与える評価のこと。ランキングに最も重要な要素だ。

「もしかして、もう自分のこと追い詰めてる? 文哉」

「うわっ」

 画面の向こう側から顔を覗き込んでくる久田野、い、いきなりだって、びっくりして声出ちゃったよ……。

「……い、いや、そんなことないって、それに、僕なんて自分を追い詰めたところで大してよくなるわけでもないし……」

「もう、また僕なんてって言う……それ禁止っ。ほんと文哉って自分の作品に自信持たないよね? いい加減、それやめたほうがいいと思う」

 そう言うと、久田野はパソコンの液晶を急に折りたたむ。

「いたっ! な、なにするんだよいきなり……」

 画面とキーボードの間に指を挟まれた僕は痛さで涙目になりつつ彼女にそう抗議する。

「一旦中断っ。話聞く」

「……はい」

 抗議終了。これで通算何敗目だろうか。僕は久田野とこういう主張の殴り合いで勝てたためしがない、気がする。喧嘩はあまりしない……そもそも僕がすぐ折れるから。

「そもそも、文哉は大抵新人賞の選考、一次は抜けてるよね?」

「……去年送ったのは五本で、一次落ちは一本かな……」

「その時点で文哉は応募総数の上位二割にはいるんだよ? それをまず自信にしなきゃ。それに、去年の『かけかけ』であったシャミ通も一次通ってたよね?」

「う、うん……」

「応募総数は?」

「……大体二四〇〇」

「そのうち一次選考を抜けたのは?」

「……一五〇くらい」

「ってことは、それに関しては約五パーセントに文哉はいたってことでしょ? ほら、文哉はすごい」

「で、でも応募規定守ってない作品も多いって聞くし……」

 実際、明らかに規定文字数に到達していない、もしくは超過しているのにコンテストにだけ参加して露出を増やす作品はチラホラと見た。……まあ、個人の勝手だし、きちんと選考は編集さんか下読みさんの目が通るからそこは何とも思わないけど。

「ああもう、そこは気にしないのっ。はい、ネガティブ禁止」

 ……今日僕はどれだけ禁止されたらいいんだろう。あと、段々顔が近づいてきています久田野……。

「数字の上でも文哉はすごいことがわかりました。何をそんなに恐れているの?」

 柑橘系の香りが僕の鼻に流れ込む。梅雨どきの憂鬱な空気も弾け飛ばしそうな、そんな香り。

「……二割でも、五パーセントでも、最後に残らないと意味はないよ……」

 そんな爽やかな鼻腔をくすぐる空気を引き連れる久田野から僕は距離をとるため椅子を引く。

 それに、拾い上げ──大雑把に言うなら、敗者復活──とか、担当さんがつくとかでない限り、選考漏れは意味をなさない。成長の度合いを測ったりすることはできるかもしれないけど。

「それは、そうかもしれないけどさ……まだ文哉には時間があるじゃん。少なからず学生の間は描くよね? なら、高校であと二年、大学で四年あるから、まだ六年あるよ。そんなに悲観することじゃ」

「福島先輩はっ。……あの人は、高三であれだけ結果出して、ウェブでの公開も上手くいってて、一度出版社にも行って編集さんの知り合いもできていて。……大学でも変わらず創作活動やってる。年齢なんて関係ないんだよ」

「福島先輩と文哉は別だってっ。先輩は先輩、文哉は文哉。それで何が悪いの?」

 悪くない。きっと、久田野の言うことは正しい。これは僕の嫉妬やひがみも混ざった、汚い感情だ。

 うまくいかないことに対する、僕のやっかみだ。

「……文哉、もしかして中学のときに自分が小説描いていること馬鹿にされたの、今も引きずっているの?」

 そして、思い出したくもない過去の一ページをとうとう久田野は引っ張り出してきた。

「あれは、言いたい奴には言わせておけばいいんだって。なんで、小説描いていることを馬鹿にされなきゃいけないの? 小説読むくせに。絵ならそんなに馬鹿にしないくせに。『可愛いーすごいねー』って言うくせに。どれだけ小説描くことが大変かをわかろうとすらしない奴の言葉なんて、気にしたらだめだってっ」

 それは、僕が中学二年生のとき。学校の図書室で一人ノートに次に描く小説の展開をまとめていたら、たまたま通りかかったクラスメイトにそれを見られ、高々とノートを掲げられ「うへー、こいつ小説描いてやんのー、きっしょー」と叫ばれた。それ以降、僕はクラスのなかで「根暗で小説を描く気持ち悪い奴」というレッテルを貼られ、肩身の狭い思いをして過ごすことになった。それ以降、僕は誰かの目線があるところで創作活動はしていない。久田野を除いて。

「わかってるよ……そんなことくらい」

 間違っていない。久田野の言うことは、間違ってなんかいない。

 でも、根を張ったように、過去の言葉が僕の意識を縛りつけては、自信という概念を吸い取っていく。

 言葉は使いかたによっては凶器になり得る。よく聞くフレーズだ。……ほんと、滑稽というか。言葉を紡ぐはずの僕が、過去の言葉に囚われているって。

「……少しは、自分で自分のこと、認めてあげなよ……じゃないと、可哀そうだよ、文哉が」

 咳払いを挟んで、離れた距離を久田野は詰めてくる。目もとに浮かぶ、泣きぼくろがはっきりと目に入る。

「……善処、します」

 苦し紛れに、もう、これ以上この話をしたくなかったので、僕はすぐ近くに見える久田野の顔から目を逸らす。

「その反応は、わかってないな?」

 す、鋭い……。逃げた目線の先に、再び彼女の可憐な顔が入り込む。

「……よし」

 久田野は何かを決意したようにそう言い、そして、

「文哉、今週の土曜日、模試が終わったら遊びに行こう」

 僕の前にしゃがみ込んでそう提案した。水平に並ぶ、僕の瞳と久田野の瞳がさらに近づく。

「え、な、なんで」

「だって文哉がもうナイーブというか、ちょっと精神状態まずいんだもの、少しは気分転換しないと」

「で、でも僕も久田野もやることはまだ全然……」

 むしろ、久田野はイラストだから僕より時間はないはずだ。そんなほいほい挿絵が完成するはずないのだから。

「いいのっ。私がいいって言っているから。いい?」

 ……これは断るとまた長くなりそうだ……。

「わ、わかりました」

「よし。そうと決まれば、土曜日模試が終わったら校門前に集合ね。あ、逃げたらただじゃおかないからね?」

 満面の笑みでサラッと怖いこと言わないでください……。逃げられるなんて思ってないです家隣なんだから……。

 久田野は僕の反応を見て満足そうに頷きながら、閉じていた僕のノートパソコンの画面を開いた。

「さ、話は終わりっ。気を取り直して行こ? 文哉」

 明るくなったワードの画面。カーソルのあった場所には、意味不明な英字がいくつか並んでいた。僕は遠い目をしてその文字を消しつつ「うん」と呟いた。



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