第11話 レベル1の冒険者
……で。朝とか休み時間、昼休みには僕はインプットも兼ねて本を読むことにしているんだけど。
……どうして三組の久田野が一組の僕の席の前に立っているんだ。
「あー、やっぱり。まあそうだろうとは思っていたけど、学校着くなりすぐ本を開くあたり、さすが文哉だね」
「…………」
「その顔はなんでここにいるって顔だね」
「ついさっき、またあとでって聞いたはずなんだけどなあって」
「あとで、だよね? それに、昨日言った通り、朝の教室での会話シーンも不自然だったから、慣れればよくなるかなーって思って」
……罰ゲームか何かなのかなあ。実は久田野は周りの友達と何かゲームか何かで負けて、僕をからかうようなことをし続けないといけない、みたいなことをやっているのかなあ。
「さ、とりあえず今手にしている本を閉じて、朝のおしゃべりをしよっ?」
久田野はニカっと笑みを零し、しかし明らかに強い力で僕の右手が持つ文庫本(FM文庫)を閉じさせようとする。
「……そ、それだとやっぱり久田野に誤解がかかるって、ほらここ教室だし、部室と違って他の人の視線あるし……僕が恥ずかしいし久田野にも迷惑だし……」
力づくで閉ざされた本を仕方なく机のなかにしまうと、僕は弱々しく彼女にそう告げる。
「いいから、ほらっ。とりあえず……最近読んだ本で面白かったものっ。それなら文哉でも話せるでしょ?」
事実は事実だけどそう言われると悲しいよ……。
「ええ……?」
「はやく、朝の時間終わっちゃうじゃない」
急かす久田野に、やむなく僕は気に入っているライトノベルの名前を一冊告げる。
「……そ、それなら……最近なら美咲先生の、『三角形の~』シリーズは僕好きだけど……」
「ああ、あれね。私も買って読んだ。文哉が好きそうな雰囲気だよね。ちょっと重たいテーマで、二重人格のヒロインだっけ?」
「うん……」
「主人格のクールな子と、副人格のちょっと無邪気な子、どっちが好き?」
「そ、そこまで話さなきゃだめ……?」
「だって、ライトノベルについて軽く話すならヒロインの話が一番手軽でしょ? それに、私表現技法とか文体とかストーリーの構成で語れるほど詳しくないし」
……まあ、構成の指摘とひとつひとつのネタの突っ込みは別物だよね、うん。
「そ、それなら……僕は主人格のクールな子のほうが……」
「ふーん、やっぱりそっちなんだ」
「や、やっぱりってなんだよ、やっぱりって……」
「口数が総合的に見て少ないほうが好きなんだなーって。副人格の子は明るいし会話の量も多いしね。ちなみに私は副人格の子のほうが好き」
「……無邪気さと、ときどき見せる悲しそうな表情のギャップで?」
「そう! さすが文哉」
「……まあ、一応小説描く人間だから、そういうキャラの立て方とかは意識して見るようにはしているから」
「その調子でラブコメっぽい軽いテンションのシーンも勉強して頂けたら幸いですねっ、泉崎せんせっ」
「そ、その呼びかたはやめて欲しいかな……」
結局僕の訴えも届かず、クラスからあまり嬉しくない注目を浴びつつ、僕は久田野と朝のホームルームが始まるまでライトノベルについて話をする羽目になってしまった。……別に、放課後部室でやってもいい内容だと思うんだけどなあ……。
久田野が僕と登校して二日。朝の教室に押しかけて二日。僕が久田野に駄目だしされて修正したエピソードが完成したのも二日。
十二日、水曜日の夜、机に向かいノートパソコンで下書き投稿した原稿を更新すると、それから三十分くらいで久田野からラインが届いた。「オッケ―、前よりよくなったと思うっ!」って。
褒めるときは素直に褒めてくれるから、まあ、助かるんだけどね。続けて「私も表紙のイラストの色塗り、あと少しで終わるから、プロローグは十五日の零時に公開にしよ?」と連絡が来る。「了解です」と返事を送り、僕はスマホを机に置き、椅子の背もたれによしかかり天井を見上げる。
「土曜日……からか……」
つまり、僕らが成し遂げないといけないミッションは、五月十五日零時から、八月三十一日二十三時五十九分までに、10万PVを獲得すること。
つまり、たった百日と九日という期間で、一日平均917PVを貰わないといけない計算になる。……このペース、二日で今の僕の最高PVを突破するよ。
「……できる、のかなあ……」
一日当たりに換算すると、とんでもない数字だってことがわかる。それに、序盤は話数も少ないからそんなに稼げるわけがない。それはどんな有名作家でも同じ。一話分で100PV稼ぐのと、百話分で100PV稼ぐのでは、難易度に雲泥の差がある。
期限が近づけば近づくほど、求められるPVはどんどん上昇していく。そう考えるのが自然だ。
ただでさえ無理に見えるそれが、もっと跳ね上がると考えると、今からトイレに籠りたくなるレベルで恐怖が先走る。
……生徒会長の手によって、何かのRPGゲームに連れて行かれたレベル1の僕。きっとそれは最初から物々しいBGMに、赤焼けた空のもと、廃墟が立ち並ぶ背景をバックにラスボスが、いや、それさえも超えた、限界突破した強さのラスボスのラスボスが登場してくるんだ。か細い木の枝しか持っていない冒険者の僕のすぐ後ろは、崖っていうおまけつきで。もし、もしそれを僕が倒せなければ、待ち受けているのは、廃部という奈落の底。
誰もいない状況で、助けを求めることもできない環境で、僕はこんな無茶なことを成し遂げることができるのだろうか。
考えれば考えるほど絶望しか見えない。これがゲームなら「なんだこのクソゲー」と言ってアンストかコントローラーを投げ捨てるまでする。小説なら、そっとページを閉じてなかったことにする。
それでも、これはゲームでも小説でもない、現実。逃げ道は既に塞がれた。
どんなに自信がなくても、装備が貧弱でも。
もう、後戻りはできないのだから。
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