第8話 素直になれないお年頃

 それからというもの、機嫌が悪くなった久田野は僕に対する態度がそっけなくなった。何か話すときも簡潔に伝えるようになったし、むしろ僕から話しかけようとすると「今絵描いているから声かけんな」オーラを出して僕を遠ざけようとする。……話しかけて欲しくないなら自分の部屋で作業すればいいんじゃ……。

 そんな雰囲気で時間は過ぎていき、ときに久田野からラインが届いたかと思うと描き下ろしてくれたキャラ一人のラフ画が送られてきた。

「いやっ、同じ部屋にいるんだったら見せればいいじゃん。可愛くていい絵だと思うけどさ」

 と、パソコンの画面を見ながら僕は勉強机にかじりつく彼女に言い放つ。

「…………」

 しかし、そんな声聞こえませーんと言わんばかりに微動だにしない久田野は、構わずまたペンをサラサラと動かしている。きっと二人目のキャラのラフに移っているのだろう。

 と、まあ大体五時間おきくらいに久田野からラインが来てはイメージ図が届き、っていうのを繰り返し、それで二日目三日目四日目は終わった。その間、僕はプロットをさらに細かく設定していた。

 口は聞いてくれないのにちゃっかり僕の部屋で寝ていくのだから本当に久田野の一連の行動の意味がわからない。さすがに僕のベッドに入り込むような真似は二日目以降しなかったけど、別に同じ部屋で寝ることのハードルが下がったわけではないのでゴールデンウィーク中僕は睡眠時間がろくでもないことになってしまった。眠い。

 で、迎えた五日目の夕方。

 相の変わらず無言で作業をしていると、突然ピコンとパソコンが久田野からのラインを通知した。

 ……キャラのラフ画は昨日のうちに全部上げてくれたから、もう久田野が描くイラストは今今はないと思うんだけど……。

 そう思い僕は彼女から送られたそれを開くと──

「……まじ……?」

 目の前には、僕が絶対に描きたいと彼女に伝えたシーンの絵が広がっていた。大きな木の幹に背を向けている浴衣姿のメインヒロインに、後ろから肩に手を伸ばそうとする主人公。だるまさんがころんだをやる、僕が今回の作品をやる上で一番描きたい場面。

 というのも、主人公とヒロインの思い出の基礎となる部分が、幼少期にやっただるまさんがころんだだったから。田舎においてふたりで道具なしで遊ぶ方法として重用していたそれは、主人公にとっては忘れがたい大切な思い出になっていた。ヒロインにとっても、同じで。

 このシーンは、ヒロインが忘れていた主人公の記憶を取り戻す場面に繋がる。一気に話をクライマックスへと持っていく、カンフル剤。そんな大事な場面の、イラストだった。

「くっ、久田野これって……」

 僕は物凄い勢いで久田野のいる方を向く。一瞬首がぐぎって変な音がした気がする……。

「……べ、べつに少し時間が空いたから描いてあげただけだから。……文哉がどうしても描きたいっていう場面だし、絵に起こしたらよりつかみやすくなるかなって……」

 パソコンの画面を向いたまま、彼女はぶっきらぼうにそう返す。……ん? 首?

 少し時間が空いた程度で描ける作業量じゃないだろ……ラフ画とは言え、そんな簡単に描こうって思って描けない情報量が詰まっているよ? これ。

「……いや……あ、うん……助かる……ありがとう」

 何か色々言おうかと思ったけど、またグタグタすると久田野に怒られる気もしたので、僕はとりあえず一言お礼を言う。……うーんと。

「……ちゃんと、さ。このシーンをラフじゃなくて、一枚の完成した絵にできるように、更新頑張ってこう? 文哉」

「う、うん……」

 ……あれ? 首がもとに戻らないぞ?

「ど、どうかした? 文哉」

 久田野も異変に気づいたようで、僕のもとに近づいて来る。

「い、いやぁ……急に振り向いたから、首ひねったのかなあ……も、戻らなくなっちゃった……」

「え……嘘……」

 そう言い彼女は僕の顔を両手でつかみもとに戻そうとするけど、

「いたいいたいいたい、無理したらまずいってこれ久田野ストップ! ストップ!」

「文哉……少し体鍛えよう? 運動不足なんじゃない? 太ってはないけど、線が細くて心配っていうか……」

「うん、わかった。わかったから、とりあえず湿布持ってきて! 久田野」

「お、おっけー!」

 ……とりあえず、久田野との仲はもとに戻ったけど、僕の首はしばらく戻らなかった。……痛い。


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