第6話 僕と彼女の編集会議
その日の深夜。ある程度の素案だけワードに打ち込んでおいて、僕は一応、部屋の掃除をした。一応、ね。別に部屋に女子が来るからって慌てて隠さなきゃいけないものはないし、アイデアに詰まったときは無心でコロコロを部屋にかけるのが習慣だから、幸か不幸か清潔さは維持される。
うん、やはり部屋は問題ない。問題あるとすれば……。
このバクバク言っている僕の心臓ですね。
……最後に久田野を家に上げたのっていつだっけ? 小三のとき? そんくらいかなあ……。それ以降は僕が避けるようになったから、言うまでもない。
仕事から帰って来た母親に、「明日から久田野が家に泊まりに来るって言っているけど、いい……?」と聞くと、あろうことか「ああ、それね。もう葵ちゃんのお母さんからライン来てたから知ってた。いいわよ、全然。久し振りねー葵ちゃんが家に来るの」と、もう外堀は埋まっていたようだ。「明日の晩ご飯何にしよっかー。仕事休みだしねー腕が鳴るわ」と、もう我が家は歓迎体勢が整っているようです。
よ、用意周到過ぎる……。
おかげで僕の胃はもうすでにミシミシ言っている。
そりゃあなんかよくわからないランキングに二年連続三位になるくらいには可愛い女の子が家に来るってなったら、ねえ……。
な、何も企画を立てるのを僕の家でやる必要ないだろ……、近所のファミレスとか、少し遠いけど学校まで行って部室でやってもいいし。
とにかく、僕の家でやる意味は、ないはずなのに……。
断り切れない僕も僕なんだけどさ……はあ……。
そして、翌日土曜日のお昼過ぎ。言った通り、久田野は僕の家にやって来た。
「……いらっしゃい」
「葵ちゃーん久し振りねーここで会うの、何年振りかしら、懐かしいわー」
「お邪魔します。小学校三年生くらいから来てないんで、八年振りだと思いますよ?」
「もう、しばらく会わないうちに可愛くなってーねえ? 文哉」
「……そこで僕に振らないでよ」
普段制服姿しか見ないから、こうして久田野の私服を見るのは小学校以来だ。中学からは制服があったからね。
白色のカットソーに、桜色のカーディガンを合わせている辺り、春っぽい格好。それに白地に花柄のスカートを揺らせている。まあ、まだギリギリ春だからね。桜は散って葉桜になっているけど。
「もうー、恥ずかしがってー。小さい頃はあんなに仲良かったのにねー」
「そうですね、ほんと」
「と、とりあえず上がってよ、立ち話するために来たんじゃないんでしょ」
これ以上は僕のメンタルがブレイクされるので無理やり話を切った。久田野も久田野でそれはわかっていて、靴を揃えて脱いでは、僕の部屋へとついてきた。
「後で飲み物とお菓子持っていくわねー」
「うん……」
リビングへと向かう母親にそう言い、僕は自室の部屋のドアを閉めた。
六畳の空間に、二人きりになる僕と久田野。彼女は入るなりぐるっと見回して、
「でもほんと、文哉の部屋って感じ……」
と呟く。
「それ、褒めてる?」
「うん? 褒めてるってー。昔っから変わらないなーって思って」
まあ、久田野が最後に来たときの僕の部屋も、変わらず本が一杯に並んでいたからね。中身は違えど、風景は同じ。
「適当に座っていいよ、今パソコン開くから」
「はーい」
そう言い、彼女は部屋の真ん中に膝を折りたたんで座り込む。後ろ目に久田野の白い膝と僅かに覗くふくらはぎが映り、慌てて目を逸らす。
僕は勉強机に置いておいたノートパソコンを、充電器から引っこ抜き、彼女の目の前に持ってくる。
「……パソコン持ってきてる? 今」
パソコンの画面を二人で共有するのは効率が悪いかなとふと思い、僕は聞いてみた。
「うん、持ってきているよ。なんなら、その場でイメージ膨らませるためにイラスト描く準備してきたんだから」
持っていた手提げかばんから彼女はタブレットPCとペンタブを取り出す。
言い出しっぺってこともあり、準備がいい。ちゃんと充電器まで持ってきている。僕と久田野のパソコン、種類が違うからね。
「パソコンにライン入れている?」
「入れてるよ」
「じゃあ、ラインで素案まとめたファイル送るから、そっちの画面で見てくれない? そのほうが相談しやすいと思うし」
「わかった」
久田野は手早く膝の上にパソコンを起動して、無線のマウスをカチカチと鳴らしラインから送ったファイルを開く。
「……とりあえず、簡単にストーリーラインと、キャラの設定だけは考えてそこにまとめた。一通り読んで、何かあるだろうからそこから話し合おう?」
「オッケ―、今読むね」
それから、十五分程度。母親がお盆にお茶とチョコやクッキーといったお菓子を持ってきて部屋から出たタイミングで、
「とりあえず、読み終わったよ」
彼女は目線を画面から僕のほうに向けた。
「……ど、どうかな……?」
「うーん、まあ、とりあえずやっぱり私に見せて正解だったと思う。……どうしても文哉っぽいキャラ文の要素がまだ強いかなって感じ」
バッサリと斬られた。……まあ、いいんだけどね、うん。
「……そう? 意識はしたんだけど……」
「ストーリーは私よりも文哉がわかっていると思うし、素直に面白いと思ったから文句はないよ。一番下に書いていたの、文哉が一番描きたいシーンでしょ?」
「そ、そうだよ……? つ、つまらなかった?」
彼女は僕の問いに対しううんと首を振り、真剣な顔つきで、
「すっごくいいと思った。きっとその場面で、主人公とヒロインの子の感情がうまく溢れると思う。読者にも届くシーンだって思ったし、絵にしてみたいなあって、ぱっと見ね」
なんて言うから。僕は恥ずかしくなり手元にあるチョコをひとつ口に放り込む。
「でも……それは確かに文哉の描く小説のストロングポイントかもしれないけど、そこまできっと読者はついてきてくれない。いつだってプラウザバックできるウェブ小説において、無料だから読むのをやめるハードルが比較的低い環境で、読者が最後まで読んでもいいかなって気にさせないと、せっかく文哉がラストにいいシーンを持ってきても跳ねはしない。……ラストを活かすためにも、読者の心をつかむ序盤を描かないと」
「……つまり、この素案の問題点は主に出だしにあるってことでいい?」
ファイルの先頭部分をとりあえずドラッグし、久田野に画面を向ける。
「そうだね。ちょっと平坦とし過ぎかな。まだ小説になってないからなんともだけど、このままのイメージで描いたならば、私ならワン切りだね」
「そ、っか……」
「とりあえずさ、キャラの特徴とか、もっと洗い出しておいてよ。出だし以外は全然いいと思うから。その間に、私出だしのシーンのイメージ、簡単にだけど描いちゃうからさ」
「り、了解……」
僕はそうしてノートパソコンを引き寄せる。久田野に勉強机を使っていいよと言うと、彼女はありがとうと言ってタブレットPCとペンタブをそっちに移動させ、それぞれ作業に移った。
しばらくの間、部屋のなかにはキーボードの打鍵音と、ペンがタブレットを叩く音が混ざり合っていた。
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