第3話 本好きのただの凡人
高校から僕の家のマンションまでは徒歩で三十分。共に平野に立地しているので、険しい坂道もなければ滅茶苦茶風が強いといった、通学で苦労することはさしてない。あればあったで創作の参考になったかもしれないけど。
代り映えのしない街並みを歩いて行く。まだ陽が沈む時間でもないから、太陽の光がまだまだ照り付けている。この季節なら程よい暖かさを演出してくれるからいいけれど、きっと七月あたりから凶暴さを増して、行き交う人々を殺しにかかるのだろうから油断ならない。
僕の住む街は田舎というわけでもなければ都会でもない、そんなところだ。一応列車ではなく電車が街を通るけど、それも三十分に一本程度。小さい本屋はあるけど大型書店はない、映画館はないけど辛うじてレンタルDVDショップはある、そんな感じ。
春の心地よい気温に思わずあくびを嚙みしめる。……帰ったら、また次の新人賞に応募する原稿の企画立てないとな……。時期的に、次は六月頭のシャミ通文庫大賞かな……。今からプロット立てて、五月から描き始めれば、ぎりぎり締め切りまでには一本描けるはず。
「うん……そうしよう」
周りに誰も歩いていないことをいいことに、僕はそう独り言を呟いた。
「ただいまー」
自宅に到着し、そう帰りの挨拶を言う。けど、返事はない。いつものことだ。共働きの両親が、こんな早い時間に家にいるはずがない。いたらそれはそれでびっくりする。玄関を抜けて、真っすぐ繋がる廊下の途中右手にあるドアを開けて、僕の部屋に入る。
部室以上に本で溢れた僕の部屋は、いつかフラッと入った父親に「まるで図書館だな」と言われる始末。悪いことではないと思うけど。事実、僕の部屋は本棚という本棚でぎっしり埋まっている。部屋の半分は本で占められているといっても過言ではない。ドアを入った手前から出版社、作者、作品番号順に整理された本棚は、個人のそれと思うには少し違和感があるかもしれない。
まあ、創作をする人間ならほぼ大抵がそうだろうけど、僕は本を読むのが好きだ。月に貰うお小遣いとバイト代のほとんどを本に費やすくらいには。おかげで本は増えるけど着ている服は三年前と同じ、なんてことはざらにある。
少し日に焼けてしまった古い小説から、真新しいカバーで部屋の照明を反射し光る新刊本まで。ライトノベルに限らず、キャラクター文芸、少しの一般文芸書も。そして、部屋の壁をなぞるように並んだ本棚の列の最後には、カラーボックスがひっそりと置かれている。そこには、僕と隣の号室に住んでいる久田野が幼稚園のときに一緒になって作った絵本の一部が、大切にしまわれている。だいぶボロボロになってしまったスケッチブックの表紙が、透明なボックスの蓋から覗くことができる。
僕はベッドと勉強机が一体化した机にカバンを置き、中から専用のケースにしまったノートパソコンを取り出し起動する。それからカバンのチャック付きの小さなポケットに入れているUSBメモリをパソコンのポートに差し込む。
やがてメモリのファイルが開かれ、これまで描いてきた原稿の数々が画面に並ぶ。
これも……あれも……それも……。どれもこれも大した結果を新人賞では残せなかったものだ。ノートパソコンを買って貰った中学二年からこうして本格的に小説を描き始めたけど、二次選考を突破したのは一度だけだ。それ以外は、一次抜けが精一杯。それすらも通らないこともしばしば。せめてものの弔いというか、公募で落ちた作品を「かけかけ」で公開はしているけど、そもそも選考で落ちるような作品が多くの人の目に触れる訳もなく。
開いたウィンドウに映し出される「かけかけ」の僕の作品管理画面。十以上の作品を公開しているけど、一番稼げたPⅤは四桁がいいところ。それも、ギリギリの。他はどれも600とか、500とか。ひどいものになると100前後なんてものもある。長編で、だ。
「……僕に、10万PVなんて……無理だよ」
そんなのは、選ばれた数少ない作家さんがやることだ。
僕みたいな凡人の、ただの本好きがやる創作に、そんな可能性は秘められているはずがない。
……僕が描く世界に、価値なんてない。たまにそう思ってしまうときが、ある。選考に落ちたとき。評価シートでこっぴどく内容を酷評されたとき。見知らぬ誰かに作品の悪口を言われたとき。……描いても描いても、全然結果が伴わないとき。
常日頃から、自分に自信なんて持っていない。光る才能もなければ、堅実な実力もない。ましてや売れ線のジャンルを描くことすらしない。
……僕には、ないものばかり。あるものをあげたほうが早いくらいだ。それも、きっと片手の指で数えても余ってしまうくらいしかないのだろうけど。
つまり……。
文芸創作部は、ほぼ間違いなく廃部の一途を辿ることになるわけで。
それを見越した上で、僕はこれから次の原稿の企画を立てるため、新規にワードのファイルを作成した。タイトルは「五月企画 シャミ通文庫大賞応募用(仮称)」にして。
それから夕方六時、晩ご飯の心配をしないといけない時間くらいまで、僕は淡々とノートパソコンと向かい合い、キーボードをひたすら叩いていた。
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