第2話 存続条件、異常あり。

 それから勧誘期間の間は、朝と昼と放課後を中心にビラ撒きや宣伝をして部員確保を目指したけど、やはりそもそも文芸創作部なんて部活、もとから創作やりますって人でないと入らないようで、ことごとく空振りに終わった。これがまだ文芸部だったら望みがあったかも……。ビラ自体は捌けた。主に久田野のおかげで。久田野は僕という幼馴染の贔屓目を抜いても可愛い部類に入る女子だと思う。クラスの男子のなかでこっそり開催した「仕事から帰ってお出迎えされたらめっちゃ尊いだろうなランキング」では二年連続三位。……なんだそれ。

 とまあそんな久田野が笑顔振りまきながら校門前でビラくばってりゃあ男子生徒は食いつくよね。減ったビラの八割は久田野が配ったものだ。え? 僕はどうって? 聞かないでもらいたい……。

 で、成果が出ないまま迎えた勧誘期間終了後の四月二十六日の月曜日。

 生徒会長はまたあの全身から出てくるオーラと家来の日和田君を引き連れ文芸創作部の部室へとやって来ていた。

「予告通り、存続のための条件を提示しに来ましたわよ、文芸創作部さん」

 両腕を前で組んで、あごを高く上げた様子はいつも通り。そして似合っていないお嬢様口調もいつも通り。

「我々が文芸創作部に要求する条件はこれですわ!」

 カードドロー! と言わんばかりの手ぶりで一枚の紙をボロボロの机に叩きつける。あの、そんな乱暴にしたら壊れます……。

 僕と久田野は生徒会長が持ってきたプリントを肩を寄せ合うようにして見る。……ち、近いです久田野……。

「えっと……二学期開始までに新人賞最終選考入りもしくは小説投稿サイト『かけかけ』での一作品における獲得PⅤ10万って……え?」

 その文字を見た瞬間、僕の顔色がサーっと溶けるように青くなった。なんか、こう、バケツの水に青色の水彩絵の具を溶かしたような、そんな感じに。

「ちょ、ちょっとこれどういうことなんですか! あまりにも条件が厳しすぎますって!」

 久田野は乱暴にプリントをつかみ取っては生徒会長のもとに詰め寄る。……だから机……。

「こんなっ、最終選考か10万PⅤって……無茶ですよ!」

 かっと赤くなる頬と、強張った表情から彼女の怒りが容易に想像できる。

「これでも大分譲歩したほうですよ? 確かに昨年までの実績は見事なものです。三人の部活ならあれくらいやっていただければ、まあ。とりあえず。文句はありませんわ。しかし、今は部員数二人。去年を超える条件を提示するとなるとこれくらいが妥当という結論に至りましたわ。それに毎年毎年部活が増えて予算を分配しなきゃいけない私たちの身にもなって欲しいわ」

「ぐっ、ぐぬぬ……」

 筋は通っている論理のため、久田野は歯をくいしばって何か反論の余地がないか探そうとしている。

「まあ、この程度の別の条件をそちらから提示していただけるなら検討してさしあげてもよろしいですのよ? あるのですか?」

「「…………」」

「ないのですね。では、これを正式な生徒会からの要求ということにさせていただきますわ。日和田さん?」

「は、はい」

 と、この間と同じように会長は目の前で判子を押す。

「そこの茶髪さん、えらく不満そうですけど、何かあって?」

 判子を日和田君に返すと、近くで睨みをきかせていた久田野に会長が話しかける。

「久田野、久田野葵ですっ」

「まあまあ、そうお気を荒らさないでください、せっかくお綺麗な顔をされているのに、怒ったら勿体ないですわよ。……あと、その違反の茶髪も」

「だからこれは地毛だって先生にも──」

「……そんなに隣にいらっしゃる小説家さんのこと、信用してなくって?」

「っ……!」

 会長があごで僕のほうを指すと、久田野はただでさえ火照っている頬をさらに真っ赤にして、

「そ、そんなことない! 文哉はできるもん!」

 そう叫んだ。

「じゃあ、合意ということでよろしいですわね?」

「とっ、当然です!」

 おーい、口車に乗せられて会長の描いたシナリオ通り進んでいるよこれ。あと、ひとつ大事なこと言わないといけないんだけど……。

「それじゃあ。新人賞は出版社が開催するものであればどのコンテストでも構いませんわ。ただし、公式の発表を以て選考を突破したかどうかを判断させていただきますわ。編集者のお方から電話が来た、では認めませんので悪しからず。後者のほうですが、わかっているとは思いますが、不正なPⅤ集め、露骨な手段……そうですわね、一話あたりの文字数を過剰に短くして話数を増やすといった方法を取ったとこちらが判断したら、即刻廃部に致しますので、あらかじめよろしくお願いしますわね。日和田さん、戻りますわよっ」

 そして、会長と気弱な日和田君は部室を後にした。部室に残された僕は、会長たちが立っていたスペースを見つめることしか、しばらくの間できなかった。久田野と言えば……、

「いっ、今に見てろ白坂永見ぃぃ……!」

 と、敵意剥き出し。

「で、どうする! 文哉!」

 あらかた邪念を会長に送ることを済ませたのだろう、いつもの席に戻り僕とこれからのことを相談しようとする。

「あ、あのね久田野。ひとつ言わないといけないことがあって……」

「何?」

 ……そんな食い気味に聞かないでって……。怖い、怖いから。

「……多分、今から応募する新人賞、八月末までに最終選考発表来ない」

「えっ?」

 さっき僕が言いたかったことはそれだった。多分、生徒会側もわかってこの条件を提示したんだと思う。だって、詳細な条件を説明したのは、投稿サイトのほうだったのだから。あれだけ自信満々な白坂会長のことだ、狙っていないわけがない。

「……もう十日に締め切りのあった雷撃小説大賞には一本僕は送ったけどさ……そんなに自信があるものじゃないし、仮に選考を抜けていったとしても、前回の最終選考対象作品の発表は九月十日だった。……一番レベルが高い雷撃の新人賞で最終選考に残るって奇跡が万が一にも起きたとしても……間に合わないんだ」

「……どっ、どうしてそれをもっとはやく言わないのっ、文哉」

「だって……久田野が勝手に話を進めるから」

「そっ、それは……文哉が馬鹿にされたような気がして、悔しくて……」

 さすがに申し訳ないと思ったのか、さっきまで勢いのあった久田野の口調が尻すぼみになっていく。

「……むしろ、僕よりも久田野のほうが、結果出せると思うんだけどな……」

 言っていなかったけど、久田野も創作をする。僕や福島先輩とは違ってイラストのほうだけど。それに、かなり上手い。たまーにツイッターで描いた絵をアップしていたりするけど、いいねの数がえげつない。

「別に、小説の新人賞、って指定はなかったから、久田野が漫画かなにかイラストの新人賞で抜けるのが……現実的なんじゃないかな」

 力ない声で、僕は近くに座る幼馴染にそう告げる。

 今の僕の力で、最終選考なんて残れるはずがない。二次選考止まりがいいところの僕なんてたかが知れている。

「……私、漫画は描けないし、きっと小説と同じで間に合うもの、ない。仮にあったとしても締め切りはすぐだろうし、突貫工事の間に合わせのような作品で突破できるようなクオリティは、私も持ってない」

「……ってことは」

「私たちに残された手段は……『かけかけ』での一作品10万PⅤ獲得……だけってこと?」

「……そういうことになるね」

 再び、沈黙が部室を充満する。遠くから微かに野球部の金属バットの音が聞こえてくる。

「……僕の『かけかけ』での平均PⅤ、久田野も知ってるよね?」

 その問いに、返事はない。

「……いいよ、久田野、今からでも他の部活に行って。きっと久田野なら、みんな受け入れてくれるし、生徒会だって期間外の入退部は認めてくれるよ。……零細部活を退部するって話ならさ」

 窓の外から見える桜の木が、このときばかりは鬱陶しい。

 春は出会いと別れの季節とはうまく言ったものだ。偉大な先輩、福島悠紀さんと別れ、そして今、幼馴染の久田野まで部から切り離そうとしている。代わりに出会ったのは、生徒会の要求する条件。

 人生ハードモードだな……これ。はは、こんな展開を小説にしたら面白いだろうか。……いや、いまどきこんな主人公がリアルの高校生活で苦労する物語なんて、需要がないか。……ライトノベルを描くなら、今は専ら異世界転生か転移か、チートハーレム俺TUEEE、そうでなければ熱いバトルシーンがある魔法ものか。

 どのしろ、僕が描くジャンルとは程遠い。……努力しても、きっと僕はそういう話はしっかりと描けないと思う。

 やっぱり、詰みか……。……仕方ないけど、部活で創作するのは、諦めたほうがいいかな……。今からでも僕が入れそうな部活を探そうかな──

「私、帰る」

 そこまで思考を巡らせたところで、久田野は突然そう言い席を立ちあがる。カバンを肩にかけると早足で部室を出て行き、最後には廊下を走る音が聞こえてきた。

 ……愛想尽かされたかなあ……。いや、それすらも自惚れか。うん、そうに決まっている。

 僕と久田野は、住む世界が違過ぎる。こうして一緒の部活に入っているだけでもあり得ないことなのに。

 一人分だけいつもより余分に空いた部室、誰もいないのにここにいる理由は僕も持ち合わせておらず、ため息一つついて僕は帰る支度を始めた。


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