第1章 存続条件、難易度極難。
第1話 廃部寸前!
春は出会いと別れの季節、とはうまく言ったものだと思う。一年間を通してここまで人との関係が劇的に動く季節はそうそうない。
「はぁ……どうしたものかな……」
第二校舎の最上階、三階の隅に位置する文芸創作部部室で、僕──
一般教室を半分にしたくらいの広さに、隅にあるからか二方に窓がついてここから見える桜の木は絶景といえば絶景。所狭しと詰め込まれた本棚には、かつての部員たちが発行してきた部誌のバックナンバーや、文芸誌の数々。そういった純文学系の本だけでなく、イラストの描き方、アニメ関連の情報誌などと、まあもう雑に表現するなら腐るほどの量の本たちがしまわれている。溢れそうだけど。
そんな部室の中央、三つだけある椅子机のひとつに座り僕は頭を抱えていた。天板がコンパスやカッターでできたのであろう傷でボロボロ、かつどこかのネジが外れてガタガタの机の上には、一枚のA4のプリントが置かれている。
そのプリントには「部活動所属人員登録票」と書かれている。
「……まずいんだよなあ……このままだと」
二度目のため息をつくと同時に、部室のドアが乱暴に開けられる。視線をやると、同じ文芸創作部所属、同学年の二年生かつ僕の幼馴染の久田野葵がいた。
「やっぱだめ文哉、今生徒会行って確認してきたけど、私たちの部活、廃部検討対象になっているって……」
肩で息をする彼女は、地毛である栗色の髪を揺らしながら僕にそう言う。きっと生徒会室から走ってここに来たのだろう。一刻も早くこの現状を伝えるために。普段は綺麗にセンターで分けられている前髪が少し乱れている。
僕たちが通う創成高校は、部活動に所属することを必須としている。まあ、たまにあるよねそういう学校。そのぶん部活の種類は豊富にあり、きっと他の高校より三十くらい部の数は多いんじゃないかなって思う。ただまあしかし、部活の数が多いとどういう問題が発生するかと言うと。
「やっぱり部員数二人でこのままだと存続は難しいって……」
ということだ。
彼女は手で簡単に髪を整えてから僕の目の前の椅子に座る。
僕と久田野が所属する文芸創作部の部員は二名。つまり、今部室にいるメンバーのみ。ちなみに、創成高校が定める推奨存続部員人数は三人。
「……福島先輩が卒業しちゃったから……うーん……わかってはいたけど……やっぱり厳しいね……」
僕らが一年生で入部したとき、文芸創作部には三年生に
でも、部員数を確保するだけでは部活の存続はできない。しっかりとした活動実績をあげないと、部員が四人いようが五人いようが廃部の検討に入ってしまう。まあ、裏を返せばとてつもない実績を出せば二人でも存続できるんだけどね。
実績という意味においても、去年までは問題はなかった。というのも、その福島先輩が俗に言う凄い人ってやつで。
で、残された僕と久田野は……特にこれといった結果を出してはいない。
これで、僕が頭を抱えている理由については説明がつくと思う。え? 部員数を増やせばいいじゃないかって? うん、至極真っ当な意見だと思うし、僕らもやってきた。
今がいつかを説明すればこの問題にも回答できると思う。
今日は四月二十日。新入生の部活動勧誘期間の折り返し地点。
で、現在の部員数二人。
新入部員、ゼロ。
「今日も一年生は来てないよね……?」
「……うん、一人も」
「やっぱりビラ配り程度じゃだめだったかなー」
僕らも勧誘を一切やらなかったわけじゃない。こうなることは事前に予想がついたので、去年の期末テストが終わった段階で勧誘用のビラを結構真面目に作って印刷した。百枚くらい。
けど、今、部室奥の本棚の上に乗せられているビラは、ぱっと見半分くらい残っている。
「他の部活みたいに……お菓子とか何か用意したほうがよかったのかな……」
久田野が今口にしたように、僕らと同じような境遇にある部活は毎年一定数いて、そういう部活は手段を選ばず新入生を確保しようとする。兼部が認められていないこの学校で、部員数増を狙えるのはこの春だけ。つまりまあ未来の新入部員候補との出会いを求めて上級生たちが大挙して一年生のもとへと東へ西へと走り回るわけだ。……僕はそんなことする度胸もなければ走り回る体力もないけど。
「それに……部室の場所も悪いよね……第二校舎ってただでさえ人が寄りつかないのにそれの最上階の隅って」
悔しそうに歯を食いしばりながら、彼女は窓から見える桜の花弁を見つめる。
「ああもう、せめて一階とかだったら特別教室に来た生徒とか捕まえられたかもしれないのにー!」
一般教室の集まる第一校舎に対して、第二校舎は、基本特別教室が集められている。音楽室とか、被服室とか、調理室とか。多目的室という何でも教室もここに集められていて文芸創作部の部室も分類は多目的教室だ。でも先に言った特別教室は一階や二階に集中していて、三階はほとんど何もない。申し訳程度の第二視聴覚室があるくらい。まさに閑古鳥が鳴くような人口密度だ。……というか、今三階にいるのってもしかしなくても僕と久田野だけなのでは……?
「とりあえず、ここで悩んでもしょうがないから私まだ残っている一年生にビラ撒きしてくるっ!」
そう叫んで椅子を立ち上がった瞬間、部室のドアがコンコンとノックされた。
「あっ、一年生かな? はーい──」
期待に満ち溢れた声で返事をして、立ち上がったついでにドアを開けに向かおうとした久田野だったけど、そうする前にドアは開けられた。そこには、
「せ、生徒会長……」
圧倒的オーラ。私こそが生徒会長であるという自信と風格がその佇まいから漏れている。
「こんにちは、こちらは文芸創作部の部室であってまして?」
何故か漫画やラノベで見るようなお嬢様口調なのはさて置いて、どんとドアの前を塞ぐように堂々とした立ち振る舞いで彼女は立っている。
「は、はい……」
多分さっきまでこの会長とやりあっていたのであろう久田野は、口をへの字にしてぎこちない動きで顔を僕のほうに向ける。「たすけて、文哉」と口パクで伝えているけど、気づかなかったふりをする。
……だって、僕この会長苦手だから。
「いかにも、創成高校生徒会長の三年、
腰のあたりまで伸びた黒髪ロングをまくしあげる様は、まさに「ザ生徒会長」。僕みたいな貧弱な奴が近くに行ったらその雰囲気に燃やされてしまいそうだ。
「あら、誰かと思えばさっきまで生徒会室にいた校則違反の子じゃないですの。いい加減、その茶髪を黒に染めたらどうなんです?」
「だっ、だからこれは地毛ですって何度言えば……!」
「ま、それは本題ではないので追々ということにしてあげますわ。というわけで、文芸創作部は三日後の新入生勧誘期間終了までに、部員数を三人にすることができなければ、昨年度以上の実績を生徒会として要求することを予告いたしますわ。
「はっ、はい!」
会長の後ろにもう一人いたのね。……ああ、同じ二年の日和田君だ。生徒会書記の。気弱そうな彼は生徒会長に近寄っては、ハンコを手渡し、朱肉を自分の右手の上に乗せた。
会長は前髪をかき分けてから貰ったハンコを朱肉につけ、持ってきた書類に生徒会長の印を押す。
わざわざ僕らの目の前で押印していくあたり……ほんと僕はこの人が苦手だ……。
「それでは、目の前でしかと会長印を押させていただいたので、よろしくお願いしますわね。では、ごきげんよう」
おほほとこれまたよく聞く高笑いをしつつ会長は部室を後にしていく。日和田君が申し訳なさそうにしてペコペコ頭を下げつつドアを閉め、会長主演の寸劇は一旦幕を閉じた。
「何よ、去年の選挙で大差で勝ったからってあんなに偉そうに! しかも口調似合ってないし!」
自分の髪をいじられたこともあってか、久田野はプンスカ怒りながらそう叫ぶ。
「ま、まあまあ久田野落ち着いて……」
「文哉も文哉だよ! 部長でしょ! もう少ししっかりしてよ! びしっと会長に物申すとかさ!」
「いっ……いや……僕には無理だよ……ははは……」
「はぁ……」
困ったように苦笑いを浮かべる僕を見て、久田野は嘆息する。
「それじゃあ……気を取り直して、私ビラ配りに行くね……」
しょんぼりとした頼りない背中を向けて、副部長の久田野は部室を後にした。
「……ほんと、どうしよう……」
無音の部室で本日三度目のひとりごとを呟いたのは、それからすぐのことだった。
久田野の懸命な勧誘も実らず、ほとんどビラが減っていない状態で彼女は部室に戻ってきた。それとほぼ同時に、下校時間午後五時半の五分前を告げる予鈴が鳴り響いた。五時半以降に部活をするためには、顧問の先生の同伴が必要になる。そこまで面倒を見てくれる先生はいるはずもなく、僕らもそれ以降に部室で創作をする理由はない。
「じゃあ……先帰っていいよ? 鍵、僕が閉めてくから」
黒板のチョーク受けに置いておいた部室の鍵をつかみ、僕はさっきまで外に出ていてあとはカバンを持てば帰れる久田野にそう声を掛ける。
「え……あ、う、うん……」
彼女は何か言いたげな顔をこちらに向ける。僕はそれを気にすることなく、淡々と帰る準備を進める。
僕もカバンを右肩に背負い、部室を後にしようとする。
「……久田野? 帰らないの?」
未だ帰ろうとしない幼馴染に言うと、彼女は、
「わ、わかってる、もう帰るから、もう……」
と、やや不満げにそう言い残し一足先に部室を後にした。
「……やれやれ」
僕は遠くに霞む彼女の後ろ髪を見つめつつ、部室の鍵を閉める。職員室に鍵を返さないと。
影が伸びてきた廊下を一人進みつつ、僕は第一校舎と第二校舎を繋ぐ一階渡り廊下にある職員室へと向かった。
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