第14話

「ちょちょ、ちょっと待って下さい」

「あーん、何よあなた私にまかせなさいよ」

「やめてくださーい」

「大丈夫よ、私結構上手なのよ」

「そ、その前に、マムシドリンクを飲んできますっ」

「あらそう、あなた若いのにそんなもの飲むの。しかたないわね、じゃあ早く飲んできて」


 あぶねー、やっと手を離してくれた。意外と腕力があってびっくりした。カーテンをそっと開けると、人影が無い。良し、今の内に抜け出さなくちゃ。


 ロコさまの所はまだ騒いでるな、オーナーとか言ってた濃い銀髪の人も色黒いお兄さんも一緒だ。さっきの事務所は空だな、きっと。


 そおっと誰にも見つからない様に事務所へ近づいたけど、カウンターの所でグラスを拭いている奴がいた。ここでオロオロしているとかえって怪しまれるから、堂々と歩いて行くことにした。


 しめしめ、事務所に戻ってこれた、と思ったら誰かいる! 部屋の奥の方で着替えをしているあの男は、黒の混じった銀髪だぞ。


 もしや……マルコヴィッチ?


 早くどこかに隠れなきゃ、この机の下しかない。


 キキ―、バタン。誰か入って来た!


「おお、マルコ。遅いじゃないか」。あのオーナーの声だ!

「すみません、ちょっと用事があって」

「なんの用事だ、また女と遊んでいるのか?」

「仕事ですよ、ロシアの兄貴から指令が来て」

「そっちの件じゃあ、しょうがないか。ま、早く着替えろ」

「はい」

「今日、上客が来たんだ。その女はお前に任せようかと思ってる」

「上客って?」

「なんかコンサルタント会社の社長とか言って、初回限定サービスで入って来たのにガンツはしゃいでるんだ」。ロコさまの事だ!


「ははは、面白そうな女ですね」

「お前が相手してメロメロにしてやれ」

「わかりました」

「目黒のマンションに連れ込んでもいいぞ」。えええ!

「あそこはダメですよ、先客がいるんです」。……失踪した楠田元子さんの事か?

「先客?」

「だから仕事ですって」

「じゃあ、ホテルでもいいや。さあ行くぞ」


 ふーぅ、2人共出て行った。なんかやばい話になって来たな、ロコさまがどこかへ連れて行かれるのか? うーん、どうやって救出すればいいんだろう。取りあえず先に着替えるか……。


 さてと、何かいい方法はないかなあ。警察に電話するか、でも僕も捕まっちゃうからやーめた。じゃあ消防車を呼ぼう、何か煙を出すものは……。


 ここはホストクラブだから、どこかにドライアイスがあるはずだ。冷蔵庫の隣に冷凍庫があるぞ、あそこだな。


 やっぱりあった! だけどドライアイスは空気より重いから、火事の様な雰囲気を出せないなあ。うーん、この部屋に充満させてからドアを開けて『火事だー』って騒ぐか。どっかに火災報知機はあったかな? おお、あそこにあるじゃん。


 段ボールの中にドライアイスを詰め込んで水を掛けると、モクモクと煙が出て来た。充満するまで結構時間が掛かるかも。


 さあ、ロコさま救出作戦開始だー。火災報知機のボタンを押すと、天井のスプリンクラーから水が降って来た。


 ——リリリリーン、リリリリーン。


「火事だー、火事だー」


 部屋を出てカーテンを引き千切りながら店の中に入ると、煙が僕を追いかけて来た。店員たちも客たちも水に濡れながらが慌てふためいている。みんなエレベーターに向かって殺到し始めた。


「キャーーー」

「電気を点けろ」

「出口はどこー」

「非常口はどこよ」

「助けてー!」


「落ち着いてください、あちらに非常用階段があります」


 ロコさまはどこだ? 見当たらないぞ、あらあら、人に押されて非常用階段に向かって押されて行く。一旦、外に出るしかない。


 地上に出ると、野次馬が集まりだしている。その人ごみに紛れて様子を窺う事にしたんだ。





 でも、ロコさまが見つからないなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る