第12話

「ワクチン? お前薬屋か?」


 やべー、コンピューターウイルスのワクチンの事だったのに間違えられた。製薬会社の事件を調べてるんだっけ。薬に関係があるって言ったらどうなるんだ? 待てよ、薬学の知識を持ってるって言えば新しい情報にありつけるかも知れ無いな。


「おい、もごもごしてないで、なんかしゃべろ!」

「は、はい。薬学部を出て製薬会社でワクチンを作ってたんですけど、つまんない仕事だったので辞めました」

「お前なんでホストやりたいんだ?」

「年上のお姉さんが好きなんです」

「……名前は?」

「釘丸啓太です」

「ちょっと立ってみろ」


 濃い銀髪のお兄さんは立ち上がって僕の前に来ると、あごを持ち上げたり胸や腰の周りを触ったりして体中を点検している。あーあ、こんな仕事いやだなあ。


「オーナー、こういう弱々しい奴を好むお客もいますよ」

「そうだな、一度使ってみるか。顔もまあまあだしな」


 えー! 使われちゃうのか。ひー、困った。


「それにしても、野暮ったい服着てるなお前。何そのピンバッチ」

「こ、これは、お、お守りでいつも付けているんです(スパイカメラだとバレたら、超ヤバいぞ!)」

「そんなもん、外せよー、ったく」

「出来ません……」


「俺と背格好が同じだから、俺の服を貸してやるよ。こっちに来な」


 濃い銀髪のお兄さんは部屋の奥にあるクローゼットの所へ行って扉を開くと、そこには何十着もの洋服が掛けられていた。お兄さんはその中からベージュ色のスーツと黒いシャツを取り出した。


「おい、これに着替えろ」

「はあ?」

「心配すんな、3時間で1万円出してやるから今日試しに働いてみろ」


 ここで抵抗しても情報を得ることが出来ないと思い、仕方なくその服に着替える事にした。あれ、僕の靴はニューバ〇ンスのスニーカーのままだけどいいのかな? まあいいか。


 部屋の奥で服を着替えている時に、ホストさんたちの顔写真が壁に飾ってあるのを見つけたんだ。あそこでロシア人のハーフがわかるかな、おっと、忘れるとこだった、このスパイカメラも襟に付けなきゃ。


 着替え終わって、ホストさんたちの写真を見ると、一人だけ黒の混じったシルバーの短髪ですっごくハンサムな外人っぽい人がいた。僕はそれとなく濃い銀髪のお兄さんに聞いてみた。


「すみませんこの人、外人ですか?」

「ああ、このマルコヴィチはうちのナンバー2だよ。こいつ母親はロシア人なんだ、今日はまだ来ていないがな」


 良しこの人に間違えなさそうだ、録画しておこう。


――コンコン。お、ノックの音がしたと思ったら別の男が入って来た。


「失礼しますオーナー」

「おお、どうしたんだ」

「初回限定サービスのお客が、調子に乗ってドンペリを注文してきたんです」

「はあ? どんな客だ」

「なんか会社の社長とか言ってますけど」

「会社の社長? 上客じゃないか、俺が応対する」

「オーナー、この若いのはどうします?」

「今日、あのスケベな ”亀ばばあ” が来ているから、試しでお前と一緒にあの人の所へ行って放り込んでやれ」

「はっ、わかりました」


 濃い銀髪の男は縦長のガラス扉の冷蔵庫からドンペリを取り出すと、部屋を出て行ってしまった。ところで ”亀ばばあ” の所に放り込まれる? ってどういうこと。この色黒いお兄さんに聞いてみるか。


「あのー、亀ばばあって誰ですか?」

「亀戸で呉服店を経営している女将だよ」

「放り込まれるって?」

「行けばわかるよ、付いて来な」


 お兄さんのあとに続いて部屋を出てドリンクカウンターの前に出ると、キャッキャとやけに騒いでいる席があった。女性一人に5,6人のお兄さんが集まって手拍子をしながらはしゃいでいるんだ。


 まさかあの女性は? 店の中まで入って見てみたら。





 やっぱりロコさまだー!

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