第10話

 ロコさまは、バッグからメガネケースの中にあるフ〇ラのサングラスを取り出してそれを掛けると、僕にこう言ったんだ。


「しょうがないわね、行くわよ。ピンバッチのカメラを起動しておきなさいよ」


 ああそうか、何かあったらビデオに証拠が残るんだ。僕はスマホのアプリを開いて録画を開始した。


 薬局店のショーウインドウには、ベタベタと薬のコマーシャルポスターが貼られている。外見上ぐちゃぐちゃの状態で、どこが入り口かも分からないくらいだ。


 ロコさまと僕は、アルミドアのノブを見つけて中に入った。無人の店内には、カウンターの後ろの棚に何種類もの精力ドリンクが所狭しと並んでいた。


「誰もいませんね」

「おかしいわね」


 カウンターの上に、半球状の押し釦が置いてあるのを見つけた。


「この立て札に『ベルを押して呼び出して下さい』って書いてありますよ」

「そうね、押してみるわ」——ぽん。


『いやーん』


「なんだこれ、変なメロディーですね」

「まだ出てこないわ、何回も押しちゃおうかしら」——ぽんぽんぽん……。


『いややややややーん』


 僕たちは思わず顔を見合わせて吹き出しそうになったその時、店の奥からアロハシャツを着て、茶色の毛糸の丸い帽子を被ったおやじが出て来たんだ。


 あわねえ取り合わせだなー、このおやじの着こなし。


「あのねえ、一回押せばわかんだよ」

「こんばんわ」

「何を買うんだい?」

「うっぷ」


 ロコさまが僕の脇腹を肘打ちしてきたー、僕にあのゲルのことを聞けということかな? 何か急によそよそしくなって、店の隅の方を見ているぞ。


「あのー『スーパー・なんとか・ゲル』を探しているんですけど」

「スーパー・なんとか・ゲル? ああ、XXXXXX・ゲルね」

「そうです」

「お兄ちゃん、これをこのお姉さんに使うんかい」


 おやじはスケベそうな顔で僕を見ている。えーい面倒くさいからそういう事にしておくか。


「はい、そうですよ」

「若いのに、あんたやるじゃない。ひひひ」

「ここで売ってるんでしょ?」

「ああ、ちょっと待ちな」


 まったく感じ悪いなあ、おやじは左の方へ行って棚から小さい箱を持って来た。


「ほら、これだよ。税別で3800円」

「ここで中を確認しなさいね」

「はいっ」


 ロコさまに言われるまま、受け取った箱を開けて中身を出した。僕が見たものと同じ黒のキャップにダークピンクのボトルだ。


「同じものですよ」

「ボトルに書いてある文字も確認してね」

「えーと、あれ? 英語で書いてありますよ」

「どれ!」


 ロコさまは振り向いて僕からボトルを取り上げる。おやじに背を向けてからサングラスを外して、ボトルの文字を確認し始めた。


「あら、本当だわ」


 またサングラスを掛け直して振り向くと、今度は店のおやじに話し掛けたんだ。


「ちょっと、おじさん。これはロシア製じゃないの?」

「ロシア製ですよ、箱に『Made in Russia』って書いてあるでしょ」

「本当だ、確かに書いてありますよ」

「何で英語表記なのよ」

「輸出用は英語表記なんだよ、文句ある?」

「ロシア語で書いてあるものを探しているのよ」

「中身は一緒だよ、お姉さん」


 あらら、ここで売っていたんじゃないのか?


「おじさん、ロシア語で書いてあるものは、ロシアでしか売ってないんですかね」

「そうだと思うよ」

「どこかでそれを持っている人を知りません?」

「ロシア語で書いてあるもの? ああ、多分あいつだな」

「え、知ってるんですか」

「この界隈でロシアへ行き来している奴は、一人しかいないよ」

「誰ですか、その人」


「……ただじゃあ、教えられないね」

「幾らよ」

「店の商品を2万円ほど買ってくれれば教えてやるよ」

「まー、がめついわね!」

「どうするんです?」

「……あそこに置いてある4000円のマムシドリンクを5本買うわよ」

「お姉さん、気前がいいじゃないか」

「さあ、おしえて頂だい」





「ホストクラブ『HUG』にロシア人ハーフの子が働いてるよ」

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