男性用トイレ

美月 純

男性用トイレ

「あれ?」


男性用トイレの小便器の水が誰もいないのに流れ出した。


洗面台を使っていた僕は思わず壁を隔てた先にある小便器の列を覗き込んだ。


「なんだぁ、そうか」


気になって小便器に近寄ると便器の淵に

『衛生状態を保つため人がいなくても水が流れます』

と書いてあった。


ホッとしたのと、小便器を見ていたら、急に催してきたので、僕はそのまま用を足し始めた。


「ふぅ……」


息を抜いた瞬間、僕の視界の片隅に何かカラフルな小さな像のようなものが見えた気がした。


少し首を回すと小便器の後ろに三つ個室の大便器が並んでいる。

もちろん僕以外誰もいないので、全てのドアは開け放たれており、そこに人の気配は無かった。


「気のせいか……」


独りごちてもう一度小便器の方に向き直り用を済ませ、洗面台に向かおうと大便器の並ぶドアの前を二歩ほど踏み出した時、今度はハッキリとカラフルな、例えるとアメリカ先住民のような羽根を付けた小人が個室の中の大便器の隅の方に立ってこちらをにらんでいるのが見えた。


「え?!」


僕は普通に声を出し、二度見してしまった。


しかし、二度見の間の0コンマ何秒だけ目を離したためか、次に見た時、その姿は無かった。


「ちょ、、、いや…かなり疲れてるかも…」


僕は会社ですでに三時間近く残業をしていて一息付くため洗面所に来ていた。


洗面台で手を洗い、勢いで顔も洗い始めた。


二回、三回と顔を水で叩くように洗い、気合いを入れた。


「ぷはぁ!」


辺りに水飛沫みずしぶきが飛ぶのも気にせず顔を思い切り上げた。


鏡に髪の毛まで濡れた僕の顔が映る。


ぎゅっと両目を閉じて、少し間をおいて、ゆっくり開く。


その時、鏡の中の僕の背後に黒い霧が湧き出て来て、僕の左側に集まり、次の瞬間、それが人の顔の形になり、くっきりと浮かび上がった目がジロリと僕の方を見た。


「うわー!!」


僕は大声で叫び、その場に座り込んでしまった。


汚いと考える余裕もなく倒れないように両手で便所の床に手をついてかろうじて体を支えた。


「なんだ、いったい?」


立ち上がろうと思うが、腰が抜けた状態で足に力が入らない。


ふと、手に違和感を感じる。


首を傾け、床につけて体を支えている左手を見ると先ほど見たカラフルな小人が手を踏みつけていた。


そこから視野を広げると便所の床一面にビッシリと小人がひしめいていた。


「ぎゃあぁぁぁ!」


無数の小人は僕の腕や足の先から這い上がってきて、その重みに耐えられず便所の床にべったりと寝転ばされてしまった。


「やめろぉぉぉ!!!」


断末魔の叫びと共に僕は全身を小人で埋め尽くされ、意識を失った。



ハッ!


「夢……」


目が覚めるとトイレの大便器に座ったまま、うたた寝をしてしまったようだ。


「はぁ、やっぱ疲れてるな……帰ろう」


独り言をつぶやいた直後、左肩が急に寝違えたときのように痛み出した。


「あっ、つ」


思わず右手で左肩を抑える。


その抑えた右手に圧を感じた。


「えっ?」


そこにはさっき夢で見た羽をつけたカラフルな小人が僕の右手を踏みつけていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男性用トイレ 美月 純 @arumaziro0808

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ