第二話 えっ…!

 (はぁ…まさか夜中にバーで待ち合わせなんて…)

 僕は学校から少し離れたレストランで、軽い夕食を済ませて、スマホでしょーもない探偵ドラマを見ていた。…ないよりはマシ。

 約束の時間はまだ先だから、取り合えず長居できるだけ長居しよう…。と、固く心に決めて、またスマホを見る。

 (…そろそろ条例でパクられてもおかしくない時間になってきた)

 腕時計にちらりと視線をやる。大丈夫、まだ大丈夫。


 「いらっしゃいませ~」


 入口の方から店員の声が聞こえる。…客?この店あんま人気無いはずなんだけどなぁ。

 ふとそちらに視線を移す。

 (え、あれって…有海先生?)

 有海先生らしき女性が一人で入店してくる。ってこれよく考えたら不味くないか?

 僕は急いでスマホで顔を隠す。これで誤魔化せてる気はしないけど、ないよりマシといったところだ。

 (窓際の席に座ったな…)

 先生は窓際の席に座ると、明らかにそわそわしながら、何回も腕時計を見る。

 (誰かと待ち合わせしてんのかな?)

 

 しばらくして…一時間くらい経ってから、急に有海先生は立ち上がった。そして、何も注文せずに突然店を飛び出した。

 (な、なんだ?)

 なんか泣いてたような気がしないでもないけど…気のせいか。

 (うわっ、いけね。もう時間ないじゃん)

 財布をカバンから引き抜くと、レジで会計を済ませ、同じく店を飛び出した。



 $$$$$$$$$$$



 (えーっと…指定されたバーはここか)

 薄汚い賃貸ビルの前で立ち止まる。ここだとは信じたくないけど、ちゃんと店名の看板が出ている。

 (やっぱ、ここか…)

 勇気を出して、重厚な扉を押し開ける。

 

 中は薄暗く、ほのかに青いライトが不気味にバーテンダーと客を照らしている。えっ、僕ここで待ち合わせしなきゃいけないの?


 「いらっしゃい」


 バーテンダーの野太い声に誘われるようにして、スツールに腰を掛ける。


 「お客さん…初めての方ですね?」


 「は、はい」


 「ご注文は…」


 僕の隣に座っていた客が、バーテンダーの言葉を遮る。

 

 「――彼には私と同じものを出してやってくれ」


 (え、誰?)

 そう言いたくなるのをこらえて、しばらく隣の客を観察する。

 容姿は…白髪で初老の男。顔立ちは西洋人みたいだ。


 「来てくれたんだね」


 男は僕に微笑みかける。けど、不気味すぎてなんて返していいか分からない。

 (ど、どうしよ)


 「怯えることはないよ。私が…悪魔だ」

 

 「えっ…!」


 声が飛び出る。

 他の客と、バーテンダーの視線が一瞬僕に集まったが、そのあとすぐ散開した。


 「あ、あなたが?」


 「そう。驚いた?」


 「はい…前会った時と外見が全く違うから…」


 悪魔は不敵な笑みを浮かべる。


 「前は…女性に化けていたんだっけ?」


 「は、はい…」


 「ゴメンね、仕事柄色んな格好に化けてるから誰の時にどんな格好をするか忘れちゃうんだ」


 (ど、どういうことだよ…)

 いつもだったら相手にしないけど、この人…悪魔相手じゃ訳が違う。

 こいつは悪魔でも…僕の命を救ってくれた恩人だ。


 「…どうぞ」


 バーテンダーが何やらショットグラスに入ったお酒を差し出してきた。


 「それ、飲んでみなよ」


 「でも…未成年…」


 「関係ない。私と契約した君は、年齢なんて関係ない」


 「さあ、飲むんだ」


 悪魔にそそのかされて、僕はグラスに入った酒を一気に呷る。


 「うげぇっ…まずっ」


 吐き出しそうになるのを必死にこらえる。


 「ふふっ…良く飲めたじゃないか。…マスター、ボトルごと出してくれ、今日は私のおごりだ」


 「かしこまりました」


 (えぇ、もっとこんなマズイもの飲むのか?…勘弁してくれ…。)


 グラスを卓上に置くと、そこから際限ない飲み合いが始まった。

 まず悪魔。

 次に僕。

 その次に悪魔。

 そして、僕。 

 悪魔。

 僕。

 悪魔。

 僕。


 …


 「うっ…もう限界が来たみたいです…」


 先に音を上げたのは悪魔だった。

 (勝った…勝ったぞおおおぉぉぉ!)

 リングの上で勝ち残った僕は、雄たけびを上げる。そして、歓声がリングを包み込む。ああ、なんて清々しいんだ…!


 「ぼ…僕の…勝ちですね…」


 机の上に山積みになっていたボトルを押しのけ、僕と悪魔は机に突っ伏した。


 「…認めましょう…うっ…」

 

 悪魔が突然、ぱちんと指を鳴らす。

 すると、僕の身体を蝕んでいた倦怠感がスッと消え、激しい頭痛が治まった。


 「酔いごっこは終わりです」


 「酔い…ごっこ?」


 「ええ、悪魔は酔いませんからね」


 「先に言ってくださいよ、それ…」


 素面しらふになった僕は、急に気まずくなる。酒の力って偉大なんだなって実感させられた。…高校生だけど。


 「…最後に、君にこれを」


 「あ、ありがとうございます」


 僕が受け取ったのは…トランプカードのハートのエースだった。


 「トランプ…?」


 「ええ。裏面を見てください」


 愚直に裏を見る。

 (これは…!)

 そこには、担任の黒崎先生の絵が描かれていた。


 「私が求める恩返しは巨大な“プロジェクト”の大成に手を貸すこと。その一環として、君にこの女性と“肉体関係”を持ってほしい」


 「ゲホッ…に、肉体関係?」


 「そうです。けど、無理やりはダメだ。この方の心を射止めてからです」


 (射止める?心を?)

 よく分からないけど、僕に拒否権はないということがよぉ~く分かった。


 「もし、協力してないと思われれば?」


 「即刻、“死”です」


 (ま、マジかよ…)


 「それでは、またお会いしましょう…」


 次に瞬きをしたときには、悪魔はいなくなっていた。全く、聞きたいことが山ほどあったんだけどなぁ…。

 けど、協力しないと死ぬということであれば、僕は全力を尽くす。それまでだ。


 絵の描かれたトランプを胸ポケットにしまうと、席を立った。その時、奥の席にいる女性客に気が付く。

 (あれ?…黒崎先生?)

 顔をよく見るために恐る恐る近づいていく。


 「わたしなんてええええええ!」

 

 突然、その女性客が飛び掛かってきた。


 「うわっ!」


 咄嗟に、抱きとめる。


 「うぅ…わたしなんて…ぐすっ…」


 …腕の中で、泣き始めた。

 (やっぱり黒崎先生じゃないか…でもなんで?)


 「取り合えず、落ち着きましょう」

 

 そう言って、元座っていたテーブル席へと促す。

 

 

 

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