第一話 彼氏が欲しい(必死)

 吾野埼あがのさき高等学校、二年A組担任の新人教師、“黒崎有海”は現在彼氏募集中…なんてプロフィールに書けるわけないかぁ。


 私は“ラブミート”…いわゆる“出会い系サイト”のページと睨めっこしていた。

 (はぁ…なんて書こうかな)

 思いついた紹介文を入力しては、消す。入力しては、消す。その繰り返し…一向にプロフィールが出来上がる気がしない。


 「はぁ~…」


 (こんなサイト使わないで、白馬の王子様に会えないかなぁ)

 年甲斐もなく、そんなことを考えちゃう。


 不意に、屋上の扉が開く音がした。建付けの悪い扉は、開くと物凄く軋む。だからすぐに分かる。

 私はハッとしてスマホをバッグに忍ばせる。


 「先生…こんなとこにいたんですか」


 「な、ナオト君…」


 そこにいたのは、私の受け持つA組の天上直人くん。

 容姿端麗で、教員の私が言うのもなんだけど…カッコいいと思う。私が高校生の時に出会っていればどれだけ…なんてくだらない妄想をしちゃう。

 もちろん、クラスの女子ウケも抜群。噂ではもう何人かから告白されてるとか、されてないとか…。


 「…先生?」


 「えっ…!な、なにナオト君」


 「大丈夫ですか?」


 「え、ええ。ちょっと考え事してただけよ!」


 ナオト君は「それならいいんですが」と言うと、ポケットから紙きれを取り出した。

 

 「あの…遠藤先生が職員室に来てくれって言ってました」


 「あ、そうなの?すぐ行くわ!」


 焦りを隠すために、キビキビと広げていたお弁当を片付けて、バッグに押し込むと、そそくさと屋上の扉に向かう。は、早くいかないと…。


 「あの、先生これ…」


 「えっ?」


 振り返ると、ナオト君がスマホの画面を見て立ち尽くしていた。

 (って、アレ私のスマホじゃん!)

 冷や汗がブワッと噴き出し、背筋が凍る。なぜなら、さっきのサイトを開いたままだったから。


 「なっ、ナオト君その…っ!」


 あたふたしながら、そのスマホをナオト君から受け取る。その時に、ちょっと手が触れる。

 (私の手より綺麗…)

 …って、何考えてるんだ私!今は、口封じが先!


 「なっ、ナオト君」


 「何ですか?」


 「ひ、秘密にしておいて…くれない?」


 ナオト君はしばらく黙った後、ちょっとニヤッと笑って「もちろんです」と言ってくれた。

 (良かったー。ナオト君じゃなかったら今頃…) 

 そう考えると恐ろしい…。


 「先生」


 またもや呼び止められる。


 「な、なにナオト君?」


 「そのサイト…ただの出会い系じゃないので、他のにした方がいいですよ」


 「え、どういう事?」


 ナオト君は照れ臭そうに視線を逸らす。

 

 「その…“セフレ”発見用のサイトですから…」


 (えっ!)

 せ、せせせせせせセフレ?せ、セフレってあのせせセックスフレンドの事?

 思わず声に出そうになるのを、何とか抑える。

 頬がかぁっと熱くなるのがよく分かる。は、恥ずかしくて死にそう…。と、とにかく今は一刻も早くここから出なきゃ。


 そんなこんなあって、ナオト君に指摘されたことが恥ずかしくて、私はいつの間にか屋上から飛び出して、職員室に逃げ込んでいた。


 「ちょ、ちょっと。どうしたんですか黒崎先生」


 (え、遠藤先生だ…)


 「何でも…ないです。それより遠藤先生、さっき呼びました?」


 「あ、ああ。この書類なんですが…」


 そこからしばらく遠藤先生は説明していた。というか、私は上の空だったから、独り言が正しいかも。

 

 (ナオト君…か)


 (さっきスマホ見られちゃったなぁ…はぁ…)


 (…いけないっ!わ、私は教員。冷静に…)


 「黒崎先生?」


 「はわっ、はいっ!」


 「あの…聞いてました?」


 「え、ええ。ちゃんと聞いてまし…た」


 (嘘だけど…)


 「じゃあ、後はよろしく頼みますよ」


 「あ、あはは。分かりました~」


 私が書類を抱えて去ろうとすると、遠藤先生が引き留める。


 「あの…今夜空いてます?」


 (遠藤先生のお誘いか…悪いけど…)


 「ごめんなさい…ちょっと用事があるので」


 「…分かりました」


 遠藤先生は肩を落として、自分のデスクに戻る。ちょっと悪いことしちゃった気分。だけどまあ、正直に言うのは悪いことじゃないよね。 

 とは言っても、実際は用事がない。

 (今日は大人しく帰ろうかな…)


 $$$$$$$$$$$$


 (『遊びましょう!』――40男性…パスね。『俺と遊ばない?』――20男性…チャラそうだからパス…)

 結局我慢できなくて、教室でサイトを開いちゃった…くぅ、不覚!

 (はぁ…どれもピンと来ないわね。もっといい人がいたらいいんだけど…あれ?)

 ふと、一つのメッセージに目が留まる。

 (『僕と遊びませんか?』――19男性!!しかも、ナオト君に似てる!)

 私は速攻そのメッセージに返信する。


 『遊びましょう!』

 

 その一文を書き込み、メッセージ送信っと。後は返ってくるのを待つのみ…って返信早っ。


 『良かった!それじゃあこのレストランで今週土曜日に!』


 『了解です~♪』


 (め、メッセージでやり取りしちゃったぁ~っ!)

 またもや頬が熱を帯びる。

 教卓の上に突っ伏して、足をジタバタさせる。

 どんな服着てこうかな、髪整えないと…化粧しなきゃとか、頭の中はもうそんなことで一杯だった。…彼が来るまでは。


 「先生、どうしたんですか」


 「わわっ!な、ナオト君」


 (ど、どうしてナオト君がここにいるの?)

 私は急いで、スマホをカバンにしまう。


 「はぁ…先生。また出会い系ですか?」


 (ぎくり…)


 「そっそんな訳ないじゃない。それよりナオト君はなんでここに?」


 「コレですよ」


 そう言って、彼は片手に携えたほうきを見せる。そうだ、今日の掃除当番はナオト君だった。


 「あ、そっか。そういえばそうだったわね。邪魔してごめんなさいね…」


 「別に邪魔じゃないんで大丈夫ですよ」


 「そ、そう?それなら良かった…」


 変な汗かいちゃった…もう。これだから、歳をとるって本当にいいことないわね。

 

 「そ、それじゃあお掃除頑張ってね」


 「分かってます…」


 私は額の汗を袖で拭いながら、教室から飛び出した。


 

 

 


 


 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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