プレアデス星団

 一瞬、夜空に光の線を引く。

 星が空を流れた。

 流星に願いをかける挑戦は、誰でも一度は経験があるだろう。少年は願いを口にする代わりに、すばやくシャッターを切った。

「良い写真は撮れた?」

「それは僕にもわからないよ」

 現像してからのお楽しみだからさ、と微笑む少年は、悪戯に成功した子どものような顔をしていた。

 夜の海からやってくる風は、どんどん強くなって雲を吹き飛ばしていく。

 ひときわ輝く星を見上げて、少年は白い息を吐いた。その傍らに腰を下ろした少女は、星を摘まむように冷たく白い指をのばした。

「ねぇ、あの星座はなんていうの?」

「ああ、プレアデス星団かな。君と同じ名前」

 軽やかな会話は静かに流れる。

 少年と少女が並んで腰かけているのは、コンクリートの防波堤だった。足元に広がるのは黒々とした海。星明かりを受けてチカチカと瞬き、上も下も星の海の中で、少年は物語を歌うように口ずさむ。

 間にカシャ、カシャ、とシャッターを切る音がメトロノームのようにリズムを刻む。


 知ってるかい

 水が空に昇って雲になって、雨になってまた地上に降ってくるようにね

 人の願いは空に昇ると星になるんだ

 そしてだんだん重くなると、空から落ちる

 それが流星なのさ

 そしてね、よく晴れた夏の夜なんかにね

 空を流れる星の川からこぼれた星がね

 海に落ちていくんだ

 波の間に月の光が道を作ってさ

 その道を通って、星達は海底へ流れ着く

 深海には女王がいてね

 女王様は気まぐれに、彼女のもとに届いた願いのうちのどれかを、叶えることがある

 流れ星に願いをかけるのは、星が願いを女王のもとへと届けるからなんだよ

 流星群は願いの渦

 悪戯に気まぐれに

 すべては彼女のお気に召すまま

 海に属するすべては彼女に従う

 海は彼女そのものだからさ



 星の瞬きのように不揃いに煌めくお伽噺に耳を傾けて、少女はうっとりと目を閉じる。

 乱反射する光、海のきらめき、踊る星の群れ。

 それらをすべて閉じ込めた一枚の写真。



 少女は目を開けた。

 満天の星空は、あの時と同じ星座だ。

 流れる星の尾を追いかけて、友人はこんな夜空の日は決まって、物語を聞かせてくれた。

 深海にいる女王様のお伽噺を。

 その物語の続きを、もう永遠に知ることはない。

「ミミックはこの世界唯一の魔法」

 少女は手にした一枚の写真を見下ろした。

「鯨のたくらみも、特異点の起こした混乱も、みんな女王に飲み込まれるのよ」

 ひとり夜風に当てられながら、本物の星を見上げた。かつて傍らにいた友人はもういない。

 残ったのは、この写真だけだ。

 星は遠く、海に落ちる。

 波の音の間に、遠く軽やかな笑い声が聞こえた気がした。

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