第78話 女神が心配事を華麗にスルーした場合(3)



 おれが西門を目指して歩いていると、中央広場で、三人の男がおれの前に立った。

 王都の密偵たちだ。そのうちの一人は、神殿で話したことがある。


「辺境伯の最後の間者が動いている」

「それくらい知ってるよ」


「奴を止めるんだな?」

「邪魔するのか?」

「いや、協力する」


 おや、まあ。

 それなりの実力者だから、邪魔ってこともないけれど。


 王都の密偵たちに、どんなメリットがあるのやら。


「いいのか?」

「この状況を長引かせることが必要だ」


「長引かせてどうする? どのみち、ここは落ちるぞ?」

「落ちるまでに、できるだけ辺境伯の力をそいでもらわねばならん」


「ほう・・・?」

「あれほどの銅の武器と防具をそろえているとは思っていなかったからな」


「なるほど、ね。ところで、今日は長々としゃべるんだな」

「・・・皮肉か」


「いや、知りたいことがあるっていうか、その・・・」

「なんだ?」


「辺境伯の軍勢が、なんて言うか、不気味だ。戦上手というか、男爵や守備隊はよくやっていると思うが、なんか、手のひらで踊らされてるというか」

「ヤオリィンだ。辺境伯に仕える知恵者で、もともとは北方のカイエン候の下にいた」


「そいつが、軍略を?」

「そうだろうな」

「どんな奴だ?」

「背が高いが、やせている。短髪で、瞳が碧い。この辺では珍しい色だ」


 おれは、いろいろと計算する。


 この三人と、西門を目指す部隊の六人とのレベル差。


 ヤオリィンとかいう軍師の価値。


「そいつ、夜襲で、城攻めに出てくるような奴か?」

「本陣でふんぞり返ってるだろうな。考えるだけで仕事は済ませた、とでも言いそうだ」


「・・・辺境伯の密偵と、辺境伯軍の精鋭6人、その6人は、あの急峻な川沿いを移動してくるような連中だけれど、たった3人でやれるのか?」

「おまえはどうする?」


「・・・ヤオリィンってのがいなくなると、この状況がほんの少しは長引くんじゃないか? なんて思ってさ」


 密偵が目を開く。

 珍しく驚いた、という感じの顔だ。


「そっちこそ、一人でやれるのか」

「ま、な。でも、気遣い、感謝するよ」


「ならば、行け。こちらは問題ない」

「だろうな」


 3人ともレベル10だ。


 王都ってのも、いろいろと、怖ろしいところなのかもしれない。


 できれば、関わりたくないもんだ。


 おれと王都の密偵は、東と西に分かれた。






 おれは高速長駆で全力疾走、そこからの大跳躍で、一気に外壁の上に立つ。


 隠密行動スキルで着地音はさせない。


 そのまま外壁の東北角から飛び降りて、堀の向こうへ。


 いったん森へ入り、遠回りをして辺境伯軍の本陣を目指す。


 夜襲だっ、という叫びとともに、東門で戦闘が始まる。


 今夜の勝負は三面展開。


 東門で男爵、西門で王都の密偵くん、敵本陣でおれ、だ。


 まあ、任せるところは任せたんだ。

 おれは、おれがやりたいことをやるだけだな。


 おれがやりたいこと。

 それは、おれ自身が感じた違和感の解消。

 その違和感の中心にあるのが、辺境伯軍の、軍師。


 こいつを、そのままにしていては、いけない。


 高速長駆で、敵本陣に接近。

 隠密行動で、音もなく潜入。


 スクリーンに鳥瞰図を開いて、地図の範囲をせばめ、対人評価をかける。


 スクリーンでステータスをチェック。


 名前を確認。


 移動しては、対人評価。

 移動しては対人評価を繰り返す。


 そして、ヤオリィンがいる天幕を発見。


 まあ、豊富な忍耐力のステータス値を活用して、スキルを使うだけの簡単なお仕事です。


 軽口はここまで。

 音も立てずに木剣を抜く。

 そして、そのまま、さっと天幕に飛び込む。


 王都の密偵から聞いたまんまの男が、聞いたまんまの感じで寝台にふんぞり返っていた。


「ヤオリィンだな」

「っ・・・いや、ちがう」


 平然と嘘を付くタイプって怖いな。ま、軍師向きではある、か。


 木剣を一閃し、右腕を折る。


「ぐ・・・」


 次の瞬間、木剣をもう一閃し、左足を折る。


「・・・わっ」


 ぐわっ、という音を発し切る前に、手足をどちらも骨折させて行動の自由を奪った。

 とどめに、みぞおちを強く突き込む。


 まあ、嘘つきだと分かったから、手加減はいらないと思えたので、結果オーライだ。


 意識のないヤオリィンの両腕を後ろで縛り、両足も縛っておく。


 男と触れ合う趣味はないが、ヤオリィンを肩に担いで、天幕の中の灯りの火を天幕に付けた。


 天幕が少しずつ、燃えていく。


 おれはそのまま誰にも気づかれずに敵本陣を抜けて、再び森へ入った。


 この軍師、優秀な分だけ、いろいろと、重要なことを教えてくれそうだ。






 東門への辺境伯軍の夜襲は、アルフィ守備隊の奮闘で何度も敵を突き落とし、およそ二時間で辺境伯軍があきらめて後退した。その原因のひとつに、辺境伯軍の本陣に火が見えたらしいということがあった。


 夜襲では何度も外壁の上に突撃兵が登ってきたが、男爵が獅子奮迅の活躍で銅剣を振るい、危ない場面を引っくり返したという。


 この活躍で、アルフィでの男爵の勇名は轟いた。


 しかし、この夜、辺境都市の兵士に初めての死者・・・犠牲者が出た。


 西門の門衛が二人、殺されていた。犯人は、男爵に正体を掴まれて逃げ、潜伏していた辺境伯の密偵で、その密偵も門衛の一人と相討ちとなって西門で死んでいた。

 おそらく、逃走しようとして門衛と争ったのだろうと結論付けられている。まあ、本当のところは、王都の密偵が、そう見えるように偽装して殺したのだと思う。


 辺境都市近くの森の中で、二本の木の片方に右腕、もう片方に左腕を結ばれて、さらに両足の足首をひとつにまとめるように縛られて、Yの字の形にように宙吊りにされた、痩せた背の高い全裸の男が発見されたという噂はどこからも、誰からも、一言も、聞こえてくることはなかった。

 まあ、そもそも、あそこの森に入る者はほとんどいないということらしい。あんなに美味しい肉がたくさん歩いているのに、残念なことだ。


 あの軍師を縛ったネアコンイモのロープが偶然切れることは、まず、ない。まあ、平然と息をするように嘘をつく男が幸運に恵まれることも、たぶん、ない。

 あの軍師は、Yの字のまま、そのまま一生を終える可能性もある。誰かが見つけてくれるといいのだが。


 次の日から三日間、辺境伯軍は本陣から動かなかった。その原因は不明だったが、アルフィの守備隊は一息つけて、かなり回復できたという。






 ただし、その三日間で、辺境都市には何も起こらなかったのかというと、そうではなかったのである。





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