第78話 女神が心配事を華麗にスルーした場合(2)



 ただの矢なら、最高のリサイクルボックスになる藁束だったが、火矢だとそうはいかない。


 飛んでくる矢を防ぐと、藁束に火が移る。そして、パチパチという音とともに、煙と炎がおどり狂うのだ。


「ちっ・・・燃えた藁束をぶつけてやれ!」


 男爵の指示は正しい。


 藁束はもう、辺境伯軍に対処されてしまったのだ。せこせこ矢数ましまし作戦は、籠城側としては重要だったが、それにこだわっていては危険だ。自滅する。


 燃やされたのなら、燃やされたことを活用して、武器に変えていけばよい。


「油を撒け!」


 藁束をぶつけた突撃兵が壁から落ちると、そこにひしゃくで油をかけていく。


 登ろうとしていた突撃兵も、油にまみれる。


 壁の上からは油の雨だ。サクラの雨とかなら美しかったのに。


 辺境伯軍からの火矢は続けて藁束に刺さる。


 新しい藁束も燃やされてしまったが・・・。


 今度は守備兵の逆襲である。


 大量の油が撒かれた外壁の下に、パチパチと燃えている藁束が次々と投げ込まれる。


 さらに上から、油は追加されていく。


 門の前にはあっという間に、火炎地獄が広がっていた。


 人間が生きたまま、炎に包まれてもがいている。


 炎から逃れようと、壁に取り付き、登る者を、守備兵は上から炎の中へと突き落とし、そこに、とどめとばかりに油をかけていく。


 第八波の後ろに控えていた、第九波や第十波、第十一波の突撃兵たちがみな、燃え盛る炎に巻き込まれて焦げていた。


 肉が焼ける、嫌な臭いが外壁の上に届く。


 今夜は、焼肉が食べられないな、とおれはため息をつく。


 カンカンカンと辺境伯軍の中から金属音が響き、辺境伯軍が後退していく。


 炎は命ある者も含んだまま、その猛威を振るい、外壁の下にある生命を全て奪い去った。


 かつて人だったその塊りは、そのまま朝まで燃え続け、ただの炭となった。


 この日も辺境都市アルフィは辺境伯軍の攻撃を耐え抜いた。


 守備兵たちは雄叫びをあげ、辺境都市アルフィは歓喜に包まれた。


 しかし、用意していた藁束を全て失い、これから先の矢の補充が難しくなったこと。

 切り札のひとつだった油での火攻めを見せてしまったこと。


 実際のところ、男爵の方が、辺境伯よりも、追い詰められていた。


 籠城戦は、まだ終わらない。

 一時の勝利に酔いしれていたとしても、それは本当の勝利ではない。


「嫌な感じがするな」

「スグル?」


「いや、ひとつずつ、手の内を暴かれて、封じられていくような感じがする」

「気のせいでは?」


「・・・相手にだって、優秀な奴がいても不思議じゃないだろ」

「まあ、そうですね。でも、スグルは始めから、辺境都市は5日か、長くて10日、もてばいい方だと考えていませんでしたか?」


「・・・勝ちたいって欲が出てたのか。そうだな、セントラエスの言う通りだ。とりあえず、相手の城攻めに対処できる方法と物資があるところまで、が、ここの戦いだ。勝つことにこだわらないようにしないとな」


「それよりも、大草原ではケリがついたと、アイラから知らせがありましたよ」

「そっか」


 おれは、夕陽に照らされて後退していく辺境伯軍を見た。


 特に乱れた様子もなく、整然と退却している。


 まるで、このくらいは予定通りだよ、とでも言うかのように。

 きっと、予定通りなのだろう。


 様子見のつもりだったから、食事と休憩をはさんで、夕方のわずかな時間で攻め寄せてきたのだ。


 籠城三日目の陽は落ちた。


 東門の前の炎は、吉兆か、それとも凶兆か。






 戦いは夜にも動く。


 神殿でスクリーンの確認をしていると、辺境伯軍の陣地から動きがあった。


 いくつか、少ない人数が動いている。


 移動方向は、南。

 狙いは川。


 険しい渓谷を移動し、大草原側の西門を狙う作戦が思い浮かぶ。


 辺境都市では、誰もが、それはない、と考えている手だ。

 それはない、と思っているからこそ、そこを突いてきたのだろう。


 思った通り、川沿いを移動している。


 敵の数はたったの10人。


 辺境都市が近づくと、移動スピードが極端に遅くなった。

 外壁の上の見張りから見えないように、断崖絶壁へと降りて、横移動をしているのだろう。


 レベルは7が一人、6が三人、5が六人。


 精鋭部隊で、しかも、夜間行動が得意な者か、隠密活動が得意な者か。

 通常は不可能だと思われているルートを突破できる能力の持ち主が選抜されている。


 光点がひとつ、急速に仲間たちから離れていく。さっきまでの動きから考えると、あり得ないスピードだ。


 川に落ちて、流されたか。


 そのまま光点が消える。

 落下によるダメージか、溺死かは分からないが、一人は死んだ。


 続いて、二つの光点がさっきと同じような動きをして、消えていった。


 誰かが誰かを巻き添えにして落ちたのか。

 それとも、仲間を助けようとして二人とも助からなかったのか。


 敵には敵の、辺境都市を攻略するためのドラマがあるのだろう。


 さらにひとつ、光点が流れ星のように動いて、消えた。それと同時に、辺境都市内でマークしていた光点が動き出した。

 男爵が取り逃がした辺境伯の間者だ。西門の方向へ移動している。


 どうやったかは分からないが、連絡手段があったのだろう。


 おそらくは、無造作に打ち込まれた矢の中に、メッセージを込めたものがあったに違いないが、それが真実かどうかは分からない。

 元々、何日目には何をする、と細かく行動計画が立てられていたとしても不思議はない。


 問題は、男爵たちには、この動きが全く読めない、ということだ。


 教えてやったら感謝されるかもしれないが、どうして分かったのか、という話になる。まあ、おれは初日に慌てて仕出かしているので、それも今さらという気もしないでもない。


 西門からの侵入が狙いなのではなく、西門から侵入した後、東門を開くのが本当の狙いだろう。辺境伯軍は、東門が埋められていることに気づいていないのだ。

 同時に東門に夜襲がかけられるはずだから、男爵たちはそもそも西門での動きに対応できない。

 だが、間者は東門が埋められていることに気づいているはずだから、部隊と間者が合流した時点でおそらく別のプランになる。

 そうなると、男爵の暗殺か、兵糧の火攻めか。あ、まずい。神殿が焼かれるかもしれない。よく考えたら、ここに兵糧の麦粉がたくさん用意されてるんだった。男爵の野郎、なんてものを押し付けやがった。


 降りかかる火の粉ははらうべきだよな。


 おれは木剣を取り出して腰紐に差し込み、奥の部屋を出た。

 物音に気付いたクレアがキュウエンと一緒に使っている部屋から顔を出した。


 口の動きだけで、キュウエンを頼む、と言うと、任せて、と返してきた。神殿はクレアに任せて、おれは外へ出る。


 スクリーンに新たな光点の反応が出る。


 やれやれ。

 おれの動きに合わせてきたか。


 話をややこしくしてほしくはないのだけれど・・・。





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