第78話 女神が心配事を華麗にスルーした場合(1)
辺境都市アルフィ、籠城戦、三日目。
辺境伯軍の本隊が到着した。
そのまま辺境都市へと攻め寄せて来るかと思ったが、敵陣から炊煙が上がっている。のんびりしたものだ。
どうやら敵にあせりはないらしい。
食事と休憩をとって、午後もかなり時間が経って、陽が沈むまであと二時間くらい、というところで、敵陣の前に辺境伯軍が整列を始めた。
一方、辺境都市アルフィの守備兵は、休憩を取れなかった。
男爵の判断ミス、だと言える。
まあ、仕方がない。
敵の主力が到着したのだ。油断せずに警戒するのも当然と言える。
おれは、東南の外壁の角の上で、見物していた。
南側はそのまま急峻な崖で、その底には川が流れている。かなりの水量で、しかも急流だ。この辺りは渓谷で、川幅が細くなっているからだろう。
大草原は広大な台地でもあるらしい。まあ、全部が全部、台地という訳でもないのだろうけれど。辺境都市よりは標高が高いことは間違いない。
北側にも似たような崖が高くせり上がっていて、スレイン王国側から攻め寄せることができるのは東側の外壁だけだ。
辺境都市は、断崖となった渓谷の横にあるわずかな細い道を塞ぐように建てられた城塞都市だ。
ただし、本当に戦うことを想定しておらず、外壁がたかだか3メートルという低さであるという、どうしようもない欠点を有する。
大草原の氏族たちなんて、スレイン王国からしたら、敵だと考えられないみたいだからな。
さて、辺境伯軍の布陣は整ったようだ。
ソーソー軍百万という威容を誇るわけではないが、こっちの人数から考えると、2000人ってのは、なかなかの軍勢だ。
ずらりと隊列を整えているから、ある意味、壮観でもある。正確にはわずかに人数は欠けているはずだけれど。
まあ、そのまま攻め寄せても、門の前の丸太橋しか、寄せられるところはない。だから、実際に相対する攻め手の人数が増えることもないし、多くの場所を守る必要もない。門の近くだけが攻防の中心となる。
辺境伯軍が前進を始めた。そのまま堀の前までやってくる。
盾兵の後ろに弓兵、そのさらに後ろに突撃兵という布陣は初日と同じだ。
初日よりも数がかなり多いので、その厚みが違うけれど。
しかし、戦術は変更したらしい。初日は、矢を射かける間に突撃兵が外壁に接近して登る、というやり方だったが、今日はまだ一射も放っていない。突撃兵が走っている間に、矢を放ってはこないと考えたのだろう。
まあ、正解だ。そんな動く的を狙って、敵を戦闘不能に追い込むには、かなり弓の技量が高くなければできない。だから、一射必中の至近距離攻撃を選択したのだ。
ただし、戦術の変更の、狙いは、おそらく・・・こちらの弓兵か。
突撃兵が外壁に取り付き、登り始めるが、まだ敵軍から矢は届かない。
これ以上は待てないので、男爵が弓兵に指示を出す。
弓兵は初日と同じように、外壁の壁面沿いに至近距離から矢を放とうと乗り出していく。
そこを相手の弓兵に狙われた。弓兵の数も初日よりも多い。当然、飛んでくる矢の数も多い。
守備側の弓兵は、自身の矢を放つ前に、身を引いて敵からの矢を避ける。
そのタイミングで、突撃兵が外壁の上に現れる。残念ながら、味方の矢に背中を射抜かれ、落ちた者もいた。なんまんだぶ、なんまんだぶ。
中には、登ってきた突撃兵の腹を、その場で射抜いた強者もいたが、何か所かは槍と棍棒での対処となった。また、槍持ちや棍棒持ちが敵の弓兵に狙われ、怪我人が増える。
第一波はなんとか下へと落としたが、初日よりも第一波から守備兵の怪我人が多い。
さて、どうする?
「藁束! 股下!」
男爵から指示が飛ぶ。
初日は置いていた藁束を今日は兵士が持って立つ。
敵からの矢は藁束を持ったまま受ける。そのままの姿勢で藁束の壁となった兵士の股下から、わずかにのぞいた隙間に弓兵が頭を突っ込み、矢を放つ。
なるほど!
確かに、藁束、股下、である。
敵兵がこちらの弓兵を狙おうとすると、藁束の下のほんのわずかなスペースを射抜かなければならない。
そもそも、堀の向こうからの矢は、こちらの守備兵を即死させるような勢いがない。あの矢なら、怪我人は増えても、死人が出る確率は低い。
辺境伯軍からすると、弓矢は補助兵器であって、主たる攻城兵器ではないのだ。
あくまでも、突撃兵が大量に外壁に登り、壁の上の兵士たちを制圧し、辺境都市内を蹂躙することが目的なのである。
この藁束、股下の作戦で、辺境伯軍の弓兵からすると、一気に外壁の上の弓兵への狙いが難しくなったはずだ。
ただし、藁束を持つ兵士の中には怪我人が出ている。盾役なのだから仕方がないともいえるが。ま、死なない限りは、セントラエスの祝福を受けた傷薬で、なんと翌日の朝には傷が完治するという女神の加護が今の辺境都市アルフィには存在している。
藁束の兵士は新しい藁束を持った兵士と交代して、たくさんの矢が刺さった藁束を城内へ投げ落とす。下では今日もせっせと矢を回収する兵士たちがいる。せこせこ矢数ましまし作戦だ。
弓兵も二人一組で、うまく交代して攻撃の合間を減らしている。
初日の敵の戦術から学んだのだろう。
そのまま第七波までは、なんとか防ぎ切った。
しかし、第八波は、辺境伯軍が弓兵を先に動かし、藁束を攻めてきたのだ。
人ではなく、藁束を、だ。
火矢、である。
藁束はよく乾燥しており、また藁の構造上、空気をよく含むので、これがまた、よく燃える。
簡単な対処方法だが、きわめて効果的だった。
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