第77話 女神が敵兵に対する怒りを爆発させそうな場合(3)
一気に攻め落とすための奇襲作戦が失敗したのだ。このまま少数で無理に押し寄せても、被害を増やすだけだと判断したのだろう。
そのまま、そこで陣を構築し始める。
「とりあえず、初日は完勝だな。なんとか守れて良かったよ」
「・・・弓兵の使い方を教えてもらっておったから、無駄な矢を放つことなく戦えた。教えてもらってなければ、遠くに矢を放って、盾兵に防がれただけだったろうな」
「明日からは油断してたら即、この町は落とされるぞ。夜の見張りも必要になるし、兵士たちは体力勝負だな」
「交代制はしっかり決めてあるから心配はいらん。それに、今日の不意打ちを防げたことは兵士たちの自信につながるだろう。これなら、なんとか戦えそうだ、とな」
「とっとと、回収した矢の数を確認して、使える矢と、修繕する矢と、矢じりだけを回収する矢に分けさせとけよ」
「そうだな・・・」
おれは男爵の横をすり抜け、東門の上から、外壁の外へとひょいと飛び降りた。
陣を構築している敵兵がこっちを見ていたが、だからといって攻めて来る可能性は低い。
おれは倒れた突撃兵の腰から銅剣を奪い、その銅剣を抜いて、銅の胸当てのひもを断ち切って外し、装備を頂いたら、死体は堀へと蹴り落とした。
中にはまだ息のある者もいる。ひょっとしたら、そのまま死んだふりをしているだけの者もいるかもしれない。
外壁の上からロープが垂らされて、十名以上の兵士が降りて、おれと同じように装備の回収と死体の処理を行った。
息があった者はとどめを刺して、装備を回収する。堀まで落ちた者については、装備はあきらめた。外壁に刺さったナイフや使えそうな矢も回収する。
銅剣はともかく、銅の胸当ては、アルフィの守備兵にはない装備だ。守備兵の命を矢から守るにはかなり役立つに違いない。いらない銅剣は矢じりに作り直すだろう。
辺境伯がイズタによって手にした銅の鉱脈は、やはり軍事利用されたらしい。
初戦で倒した敵兵は42人。
他にも怪我人は出たのだと思うが、2000人までは、まだまだ遠いということが実感できた。
それと同時に。
改めて、この世界での人の命の軽さを実感したのだった。
ついさっき。
この世界において。
確かに、人の命は、軽い、と感じた。
しかし、セントラエスにおいて、おれの命は重い、らしい。
「・・・外壁の上に登るつもりはないと、この前からスグルは言っていましたよね?」
神殿に戻ったおれに対するセントラエスの追及は厳しかった。
「・・・だから、緊急事態だったんだって。男爵も慌てて混乱してたし、兵士たちの準備も十分ではなかったから。それに、外壁の上からでないと、戦いの様子が見えないし」
「それは、それは分かります。しかし、直接、弓兵に狙われたではないですか」
「・・・最後にちょっとだけだったよな? 別に、セントラエスが女神結界とか、千手守護を使わなくても、大丈夫だったし、さ」
「そういうことではありません! しかも、矢を避けるのでもなく、はじくのでもなく、わざわざ掴み取るなど、危険な真似をしましたよね? スグル?」
「いや、咄嗟にそうなったんだって」
「戦闘終了後も、真っ先に外壁の外へ飛び降りて・・・」
「ああ、もう、全部おれが悪かったから」
「・・・あのような状態になるとは、私の完全な油断でした。こうなっては、もはや辺境伯軍を許すわけにはいきません。いっそ「天罰神雷」で討ち滅ぼしてしまえば・・・」
「うわあ! 初めて聞くスキルだけれど、なんか使ったらダメそうな奴だよな、それ?」
「・・・ええ。あの時、あの乱暴者に攻撃力がないと言われたので、上級神になって真っ先に選んだスキルのひとつです。狙い撃ちはできませんが、かなりの広範囲に無差別の落雷を天罰として何度も・・・」
「ストップ! だめだって! それ、絶対使っちゃダメなやつだから、セントラエス! クレア! そんなブスっとした顔してないで、いつもみたいにセントラエスに反論しろって!」
カンカンに怒って、止まりそうもないセントラエスに困ったおれはそう言ってクレアをあおった。
いつもならセントラエスに反論するクレアが、仏頂面という以外に表現しようがない顔をしていた。
「・・・今回の駄女神は全て正しいわ」
クレアの声が、いつもより低いトーンになっている。
「あなたにも分かりますか、赤トカゲ」
「分かるわ、駄女神。今すぐ敵陣を炎熱息と火炎弾で焼き尽くしてくるから!」
「ええ、行きましょう、赤トカゲ」
「もちろん、行くわよ、駄女神」
「スグルに矢を射かけるなんて」
「オーバに矢を射かけるなんて」
「絶対に許しません」
「絶対に許さないわ」
「・・・そいつ、おれがぶつけた石でもう死んだはずだから、とりあえず落ち着いてくれよ・・・」
おれは必死になって、右手でセントラエスを、左手でクレアを捕まえて、抱き止めていた。
二人のぬくもりと柔らかさを満喫したい場面ではあったのだけれど、それどころではなかったのが残念だった。
その夜は、夜襲を仕掛けられることもなく、翌朝を迎えた。
そして、守城二日目は、何も起こらない。
ただ、敵陣の構築が拡大していく。
合流する後発部隊の為の居場所づくりなのだろう。
天幕がいくつも並び、まるで巨大なサーカスが開催されているようだった。
奇襲で落とせなかったものをそのまま無理に攻めるはずはない。だから、残りの部隊が合流するまでは攻める気はないのだろう。
そうだろう、と分かっていても、守る側は気を抜けない。
これが、辛いのだ。
明日には、本隊が到着して、昨日の四倍の圧力で攻めてくるはずだ。
だが、まあ、とりあえず問題はない。昨日と同じで、門の近くだけが主戦場となるはずだ。そのために堀を用意したのだから。
それに、辺境伯軍からは、ただの門に見えているはずだが、あれはもはや門ではなく、ただの壁。内側から土で埋めて固めてある。
辺境伯軍が門を破壊しようと行動すれば、こっちとしては時間が稼げる。
初日は男爵や兵士たちにとって、いい練習になったと思えばいいかもしれない。
辺境都市アルフィの籠城戦はまだ始まったばかりだった。
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