第77話 女神が敵兵に対する怒りを爆発させそうな場合(2)



 辺境伯軍の寄せ手も、どんどん近づいてくる。盾兵が前面に出て着実に押し寄せてくる。こっちが矢を放つと考えているのだろう。

 通常は、そうだろうけれど、アルフィ守備隊はそうしない。


 盾兵の後ろには弓兵がいる。こっちの、外壁の上の兵士を射殺すつもりだ。射殺せなくとも、狙われた守備兵が身を隠している間に、突撃兵が外壁に取り付いてくるはずだ。


 弓は、弩ではない。弩、西洋風に言えばクロスボウのことだが、まだこれはないらしい。開発されていないのだろう。

 それなら、たかが3メートルとはいえ、少しでも高いところにいるこちらの弓の方が有利だし、盾兵がいて相手にダメージを与えられない場面で、無駄に矢を使うこともない。


「盾兵50! 弓兵50! あとの兵士は両手にナイフのような武器を持ってます!」


 目のいい守備兵が報告を叫ぶ。


「ナイフを壁に刺して登る気だな。弓兵は準備! 槍と棍棒も忘れるな! 麦藁束を用意せよ!」

「敵弓兵、構えました!」

「藁束だっ!」


 敵が矢を放ち、突撃兵が走り出す。


 守備兵は土壁のはざまに藁束を置く。

 矢が土壁にはじかれ、藁束に刺さる。


 守備兵が藁束を城内に投げ落とすと、城内の兵士が刺さっている矢を回収する。せこい作戦だが、守城戦で矢数は多ければ多いほどよい。


 突撃兵が外壁に取り付き、外壁をつくる石と石の隙間にナイフのようなものを刺して、登ってくる。刺したナイフは、ひとつ上に行くと足場になる。突撃兵はよく訓練されているようだ。


「今だ! 弓兵!」


 男爵の指示に、外壁から真下を弓兵が覗き見る。


 直下、至近距離での一射。


 突撃兵が目を見開く。


 外すはずもない一撃。


 何人もの突撃兵が外壁から落ちて、下にいた突撃兵を潰す。


 矢で落とせなかったわずかな数の突撃兵が、さらに上へ登る。


 外壁の上に顔が出た者は、槍で突き落とされ、棍棒で殴り落とされる。


 第一波は見事に防いだ。


 アルフィの守備兵たちも負けていない。しっかり訓練を重ねてきた動きだ。


「藁束っ!」


 男爵が叫ぶ。


 敵弓兵の二射目に対応する。さっきと同じように、矢が刺さった藁束は、城内へ投げ落とす。ほぼ同時に、最初の藁束が外壁の上に届けられた。もちろん、矢は全部抜かれている。


 突撃兵の第二波は、第一波が先に刺したナイフを利用して登ってきた。そのさらに上に自分のナイフを刺して登る。


「弓っ!」


 再び、残酷な至近距離での一射。さっきよりも近い。

 今度は、突撃兵を全員落とすことに成功した。


「投石! 盾兵よりも後ろを狙えっ!」


 そう、その通り。投石で十分に届く距離だ。別に狙いは弓兵でなくとも、敵の数が減ればそれでいい。


 後方の敵兵が逃げ惑うが、何人かが倒れてうめく。


 押し寄せる突撃兵が城門近くだけでなく、次第に横へと広がってきた。

 堀と外壁との間は爪先くらいの足場しかないのに、よくやるもんだ。

 こちらも守備範囲を広げて対応しなければならないが、足場が悪いため、真下に弓兵が一射するだけで、堀の下へと落とせるから簡単だ。落ちた敵兵は逆茂木の餌食になる。


「藁っ!」


 男爵の指示が短くなった。それでも、守備兵は迷いなく動く。


 指揮官の意志が守備兵に伝わる速度が上がっていく。一人ひとりの人間が、ひとつの群れのように動く。こうなると、おもしろいかもしれない。


 しかし、敵がまだ一枚上手だ。


 敵の弓兵が矢を放つが、数が少ない。


 まずい。


「まだだ! 藁束はそのままっ!」


 おれの叫びに、戸惑いながらも従った者、訓練通り、藁束を投げ落とした者。


 敵の弓兵が一拍遅らせて残り半数の矢を放った。


 藁束を投げ落とした兵士が二人、矢を受けた。


 守備兵側に初の怪我人が出た。まあ、見たところ、致命傷ではない。


「交代急げ! 弓!」


 第三波にも至近距離の一射。


 多くの突撃兵を射落としたが、敵が二名、こちらの弓を払いのけて、外壁の上に登った。


 槍で突き、棍棒で殴って、敵兵を突き落としていく。


 そのうちの一人が、外壁の下のさらに下、堀の中へと落ちて、逆茂木に刺さった。あれは完全に即死だろう。


「男爵! 相手の弓兵をきちんと見分けろ!」

「・・・くそっ、そなたは上からだな! 藁っ!」


 しかし、矢はこない。


「むっ・・・弓っっ!」


 はっとした弓兵の反応が遅れる。


 第四波は、先に突撃兵が外壁を登ってきたのだ。こっちのパターン化した守備の逆をつかれた。


 藁束をよけて、慌てて弓兵が矢を放つが、同時に敵の弓兵も矢を放った。


 突撃兵が落下していく中、守備兵からもうめき声が響く。三人の弓兵に矢が刺さっていた。


「やられたか。交代急げ! 敵兵を外壁に登らせるな。同時にもう一度、後方へ投石だっ!」


 男爵の指示に従って、守備兵が動く。


 第五波の突撃兵の中に、別の動きをしている者が一人、いた。


「男爵っ!」


 おれの叫びに、男爵がおれを見た。


「馬鹿っ! 前を見ろ!」


 別の動きをした突撃兵は、全力疾走からの跳躍、そして外壁を踏み台にもう一度跳び、そのまま外壁の上へ。

 二段跳躍スキル持ちだ。たかが3メートルの外壁なんて、こんなもんだろうと思う。


 そのまま男爵の前に立った突撃兵は抜き去った銅剣を振るう。


 男爵はその銅剣を難なくかわし、そのまま突撃兵を蹴り落とした。


 まあ、男爵はレベルも高いし、これくらいはできるか。


「そなたっ! 馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」

「馬鹿は馬鹿だ! いいから指示を出し続けろ!」


 そんなおれと男爵のやりとりの中、兵士たちはしっかり対応し続けた。


 第六波、第七波、第八波を跳ね返した時点で、カンカンカンという金属音が辺境伯軍の方から聞こえてきて、突撃兵が引いていく。


 そこから二射、弓兵から矢が放たれたが、それはどうということもない。後退する突撃兵への攻撃をさせないためだけの二射だ。守備兵からすると、たくさんの矢をありがとう、という感じだろう。


 それに合わせて、おれを狙って、一本の矢が放たれていた。


 その矢をおれは無造作に掴んで止めた。


 おれを狙った弓兵が、目を大きく見開いて驚いていた。


 少し腹が立ったおれは、足元に準備されていた石を拾うと、投石スキルを意識して、ライトから三塁へのレーザービームのように、思い切りぶん投げた。右利きだから、ちょっと憧れの彼とは違うけれど。


 おれを狙った弓兵が頭への石の直撃でどかっと倒れる。


「・・・そなたは、とんでもない男だな」


 そんな一幕を見た男爵が、おれの方に歩み寄ってきた。


「何人か、怪我人が出たな。神殿に寄越せば治療してやるよ」


 おれは掴んだ矢を男爵に差し出しながら、そう言った。


「・・・感謝する。いろいろと、な」


 男爵は矢を受け取りながら、そう答えた。

 おそらく、敵の接近を知らせたことについての礼なのだろうと思う。


 辺境伯の軍勢は矢が届く距離の五倍は離れた位置で止まった。





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