第77話 女神が敵兵に対する怒りを爆発させそうな場合(1)



 ナフティの情報では辺境伯の軍勢は、総勢2000人。


 少ない、と感じるのは、リュービを追い詰めたソーソー軍100万! チョーウン100万のソーソー軍を突破とか、チョーヒ100万のソーソー軍を食い止めるとか、そんな話に馴染んだ前世の記憶があるからだろうか。


 ここでの現状では2000という人数はとても多い。大森林と大草原を合わせても、それだけの人間はいないのではないかと思う。


 守る辺境都市の兵士は300といったところ。


 敵は七倍。籠城戦は3倍とか10倍の相手とも戦えるという説もある。なんとかなればいいのだけれど、たかだか3メートル程度の外壁で、どこまでできるか。


 今は、スィフトゥ男爵の統率力に期待してみる。


 だが、男爵にはまだ、辺境伯の軍勢の情報が届いていないらしい。


 カスタの町まで10日のところに辺境伯の軍勢が来た、というのがナフティからの情報だった。もうすでに、カスタまで5日くらいのところには進軍していることだろう。


 進軍のスピードにもよるが、隊商と変わらない速度で行軍できるのであれば、辺境都市アルフィまであと10日くらいで辺境伯の軍勢はたどり着く。


 男爵の斥候はどこにいるのか。


 もし、それがカスタの町だとしたら、知らせが来る頃には、辺境伯はあと3日とか、あと2日の位置まで来ていそうだ。まあ、補給ができるカスタの町には、辺境伯も足を止めるのだろうけれど。


 おれが情報を流して、それが間違いだったら困るので、あくまでも自分の準備だけに集中することにして、周辺の森を散策する。いくつかの獲物を仕留め、何匹もの獣をある方向へと取り逃がす。


 とりあえず、神殿の3人とフィナスンたちが10日分は食べる肉ぐらいは確保できている。


 薬草なども十分に集め、薬は万全の状態だ。


 籠城戦が始まれば、神殿は野戦病院になるのだろうと予測している。


 一応、ここの住民として、協力はするつもりだ。


「兄貴は、辺境都市は攻め落とされると思ってるっすよね」

「・・・まあ、もって10日。早ければ5日で落ちるだろうな」

「・・・そんなもんっすか、辺境都市なんて? なんとかここを守りたいっすけど?」


「大草原の、攻めてこないだろうって、そんな氏族たちに対する備えしかないからな。外壁がそもそも低すぎる。あと、物資が足りないかな。工夫は教えたけれど」

「オーバの兄貴が冷静に言うと、信じてしまうっすね・・・」

「まあ、初日を乗り切れば、少なくとも5日は大丈夫だろうさ」


「手助け、しないっすか?」

「うーん。特殊な場合は、それも考えるけれど、まあ、自分のことは自分でやれ、って感じか」

「完全に他人事っすね・・・」


 フィナスンがため息をつく。「男爵に、辺境伯の軍勢が来てるって、伝えなくていいっすか?」


「伝えるなよ。ナフティの情報をおれは信じるけれど、それが間違いだった場合、男爵との信頼関係が崩れる。男爵は自分で情報を集める責任がある。ま、ここまでわざわざ聞きにくれば教えるさ」


 おれがそう言うと、フィナスンはやれやれという感じで肩をすくめて、立ち去った。






 2日後の昼過ぎ、神殿に男爵が来たらしい。

 おれは森に行っていたので神殿を留守にしていた。


 夕方に戻ると、フィナスンの手下が男爵の屋敷へおれの帰還を伝え、そのまま男爵が神殿へとやって来た。


 どうやら、辺境伯の軍勢の情報が入ったらしい。


「敵が来たという情報が入った。カスタの町で補給している。あと5日でアルフィまで来るぞ」

「あと5日か。予想より速い。おれが確認した情報だと、あと3日くらいはカスタの町までかかるんじゃないかと考えてた」


「・・・そなた、情報があったのに黙ってたのか」

「正しいかどうか分からんのに、そんな情報で最高指揮官を混乱させてどうする? そもそもこういう情報は支配者であるあんたが自分でなんとかするもんだ」


「それは、その通りだ・・・すまない」

「とっとと、東門を埋めちまえよ」

「それはもう、すぐに取り掛かるはずだ。今後、辺境伯を追い払うまでは東門は使えない。そなたももう森へは行けないが、いいか?」


「まあ、その気になれば、あの程度の城壁なんか、いくらでも越えられるから関係ないけれどな」

「・・・この化け物め」


「失礼な奴だな・・・いいか、油断するなよ?」

「分かっておるわ」

「辺境伯の間者は、どうした?」


「・・・痛いところを突く。そなたが寄越したイズタは、こちらに寝返った。山師だというので、時間があれば銅など探させたいのだが、今はそうもいかん。あやつによると、あと二人、間者がいるというので町中を捜索したわ。一人は捕えたのだが、もう一人は見つけたものの、取り逃がした」


「・・・中に敵がいるのは厳しいな」

「自軍を戒めるために役立てるのみ。逃がしたものは仕方がない」


 男爵はそう言うと神殿を走り出た。


 なかなかどうして。

 大した指揮官じゃないか、と思う。






 実際のところ、油断していたのは間違いない。


 男爵と話した3日後。


 スクリーンの鳥瞰図で敵軍を見つけて、おれは神殿を飛び出した。


 辺境伯は、5日の距離を3日に縮めてきやがった!


 まだ、間に合うが、どうしても慌てた守りにはなるだろう。


 東門へたどり着いたら、とにかく叫ぶ!


「敵が来るぞ! 持ち場に行け! 男爵に知らせろ!」


 おれの声を聞いた兵士が首をかしげる。


「司祭さま? 敵はあと、2日はかかると・・・」

「いいから動け! 早く男爵に伝えろ! 敵が来る!」

「はあ・・・」


 兵士たちは、とりあえず、といった感じで、のろのろと動き出す。


 くそ、と思うが仕方がない。


 5分もたたないうちに東門まで男爵が走ってきた。その後ろから、フィナスンの手下たちが追いかけてくる。

 どうやら、手下たちが気を利かせて敵が来ると男爵に知らせてくれたらしい。さすがはフィナスンの手下。おれの意図を理解して動けるとは。本当に助かる。


「どういうことだ?」

「いいから、早く指示を出して守備につかせろ!」

「まだ、あと2日は・・・」


 そう男爵が言った瞬間・・・。


「敵兵がっ!」


 外壁の上にいた兵士が叫んだ。


「なっ・・・」

「いいか、男爵。ここが正念場だ。おれたちは油断した。ここを乗り切らないと明日はないぞ」

「・・・くっ、分かった」


 男爵が外壁の上にのぼっていく。

 おれもそれを追い、外壁の一番端へと移動した。兵士たちの邪魔はしないように、だ。


「敵兵、およそ500!」


 少ない。

 ナフティからの情報では2000はいるはずだ。


 そうか、進軍の速い部隊だけ、補給なしで夜の移動も含めて先行させたのか。

 しかも、男爵の斥候がいなくなったのを見極めてから、ということだろう。


 これは・・・。


 男爵よりも、辺境伯の方が戦上手だ。


 相手が油断して、準備が十分ではないところを少数で突く。

 別に足の遅い輜重隊と常に一緒でなければならないということもないし、2日くらい非常食でも十分に戦えるしな。

 これはうまいやり方だと言える。確かに、こっちは油断していたし、危なかった。


 でも、ぎりぎり、外壁を守る兵士の数は間に合ったようだ。


「よいか! 訓練通り、ひとつひとつに対処するのだ! 決して慌てるでない! これまで、十分に訓練は積んだ! 兵士たちよ! この町を守るぞ!」


 男爵による鼓舞の叫びに、兵士がおう、と応える。


 男爵抜きだと、やられてたな、これは。


 続々と、遅れていた兵士たちが東門のところに集まってくる。





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