第76話 女神の力の使い方にどうやら問題があった場合(3)



 フィナスンが得ている情報は、おれが持っている情報よりもかなり精度が低いのだろう。


 正確には、商人に偽装した辺境都市の兵士が、セルカン氏族の子どもを強引に連れ去ろうとしたことが原因だ。

 その偽装商人は、エレカン氏族とつながっていて、セルカン氏族が子どもを取り返そうとしたところに現れ、押し問答になり、刃傷沙汰になった。

 セルカン氏族、エレカン氏族のどちらにも怪我人は出たが、セルカン氏族の方が重傷だった。


 なんとか子どもは奪い返したが、エレカン氏族とセルカン氏族は一触即発、という状況なのだ。そして・・・。


「辺境都市の者が味方した方はいいんすけど、敵になった方の氏族ってのが、他の氏族と強い協力関係にあるらしいっす」


 あるらしい、ではなく、セルカン氏族は、はっきりと氏族同盟の一角だ。


 セルカン氏族は、氏族同盟の頂点であるナルカン氏族に訴え、ナルカン氏族の族長ドウラは、エレカン氏族の討伐に動いた。


 そもそもは、ジッドが原因だったりする。


 ジッドはエレカン氏族の出身で、氏族を追われ、大森林へと逃げた経歴の持ち主だ。

 ライムの妊娠中におれの頼みでナルカン氏族に与力していたことがあって、ジッドがナルカン氏族に匿われているのではないかとエレカン氏族に伝わり、そのせいでナルカン氏族とエレカン氏族の関係は冷たいものがあった。

 それが土台じゃないかと思う。


 そのナルカン氏族が中心となって氏族同盟が組まれたのだが、そのうちの氏族でスレイン川の北側にいる氏族はセルカン氏族だけなのだ。

 どうしても、川の南側からは応援が遅れる位置だ。氏族同盟の中で孤立していると言っていい。


 エレカン氏族はそこに目を付けて、辺境都市の商人と組んで、今回の小競り合いを起こしたらしい。


「スィフトゥ男爵が、大草原が敵に回るかどうか、調査に行ってほしいそうっす」

「誰に?」


「兄貴じゃありやせん、あっしです」

「フィナスンにか? おまえは男爵の部下でもなんでもないだろうに?」


「・・・今、男爵が動かせる者には余裕がないそうっす」

「・・・まあ、そうだな。守城の訓練が続いてるし、防御態勢も整えないといけないしな」


「それに、大草原の氏族が集まって、辺境都市に攻め寄せたら、対処できないっす」

「・・・氏族が協力関係にある方が敵に回ったんだな」

「馬鹿な真似をしたっすよ、ほんと」


 別に、敵に回ったって、訳でもないと思うんだけれど。そもそも、氏族同盟が敵に回るってことは、ほぼイコールで、おれが敵に回るってことになるんだよな。


 ドウラも、別に氏族同士の争いとは考えても、辺境都市まで攻め込もうとか、するかな? しないだろ、そこまでは。


 それよりも、フィナスンが行くのなら・・・。


「それで、フィナスンとしては、行きたくないってことか?」

「兄貴から断ることはできないっすか?」


「いや、断るな、フィナスン。大草原まで行ってこい。ただ、大草原のことなんて、どうでもいいし、調べなくたっていい」

「・・・兄貴が悪い顔をしてるっす。なんか、ろくでもないことをさせるつもりっすね・・・」


 フィナスンがため息をついた。「まあ、兄貴に付いていくって、決めたっすからね・・・」


 別に付いてくる必要などない。

 いや、むしろ、付いてくるなと言いたい。


「10日間で戻ってこい。それくらいの期間がないと、調べたふりもできないしな。その間に、だ。やってほしいのは・・・」


 おれは細かく、フィナスンに指示を出していく。

 フィナスンは真剣に話を聞く。


 そして、全ての説明が終わると、フィナスンは準備に動いた。






 その夜、男爵は神殿で山羊肉を食べながら、角と交換するものを提案してきた。


 おれははっきりと断った。

 交渉材料は、娘のキュウエンだったのだ。


 角との交換の品にされたのに、キュウエンが頬を染めていたことは見なかったことにする。

 ちなみに、角は渡さん、とおれが言った時には、キュウエンはとても悲しそうな顔をしていた。


 たかが角と大事な娘を交換しようとするなど、人間というものは怖ろしい。






 翌日、フィナスンは隊商に偽装・・・いや、それはある意味では本職なのだが、まあ、いつもはカスタへの隊商を組むことはあっても、大草原への隊商はしていないので、一応、偽装ということになるとしよう。

 フィナスンは五台の荷車を全て使って、大量の荷とともに、西門を出て大草原を目指した。


 十日後に戻ったフィナスンは、男爵に、大草原のことは何もつかめなかったと報告した。

 男爵は部下でもないのに協力してくれたフィナスンをねぎらい、情報を得られなかったことを咎めたりはしなかった。そもそも、情報を得ようなどとしていないとは、気づかなかったに違いない。


 おれは、戻ったフィナスンに、前日、ナフティから届いた知らせを伝えた。


 辺境伯の軍勢が近づいていた。






 辺境都市の東の外壁は、ずいぶんと強化された。


 これなら、辺境伯の軍勢に攻め寄せられたとしても、五日はもつだろう、という程度には。


 しかし、いつまでも防ぎ切れると考えるほど、立派な外壁でもない。ずっと守り続けようとするには物資に限界がある。


 それに、実戦を知らず、戦争の知識も足りない男爵には、分かっていないことも多い。


 そもそも、援軍が来ない籠城など、勝利条件のない戦いのようなものだ、ということを理解している者が何人いるというのか。


 おれはセントラエスと、辺境都市から逃げ出すタイミングと方法について、検討することを忘れなかった。





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