第76話 女神の力の使い方にどうやら問題があった場合(2)



 これ、イズタのレベルアップのための作業・・・いや、修行だったのだけれど・・・。


 そう言われてみれば、拷問のような何かに、見えなくも、ない、か?


 深く、考えないようにしようか。


 殺さず、利用するように男爵に伝えてほしいとフィナスンに頼むと、一斉にうなずいた手下たちがイズタを運んでいく。イズタはされるがまま、だ。


「・・・女神の力の使い方って、こういうものっすかね・・・」


 おれに聞こえるか、聞こえないか、という声で、フィナスンがつぶやき、神殿を後にした。






 次の日から。


 フィナスンの手下たちの動きが、なんか変だった。


 おれが頼みごとをしようとすると・・・。


「貧民区のお年寄りには、食事は配り終えてやす!」

「裏庭の草抜きは完了しやした!」

「大甕には井戸水をいっぱいにしておきやした!」


 頼みごとが先に済まされているのだ。


 あいつ、どんだけ優秀な手下を抱えてるんだろうか、とおれはフィナスンへの評価を一段高く改めるのだった。






 フィナスンの手下に、森で仕留めた獲物を運んでもらっていたところで、男爵に声をかけられた。外で、いや、神殿以外で会うのは初めてかもしれない。


「・・・ずいぶんと大きい獲物だな」


 今回の獲物は巻角大山羊。


 なんとレベル9。二段跳躍スキルで木々を蹴って宙を舞い、上からドリル角で攻撃してくる。しかも高速長駆スキル持ちで、逃げ足がめちゃくちゃ早い。

 今回も五頭と対峙して、そのうち三頭には逃げられている。


 牛のように大きな山羊で、角がドリル状にぐるぐると伸びている。

 大草原とは違って、仕留めた獲物はたいてい普通に回収できるし、食べられる。サイズは大きいものもいるけれど。


 森の恵みのせいか、このあたりには肉食獣が少ないから、血抜きを仕掛けて吊り下げていても獲物が残っているのがいい。

 肉が熟成されることも含めて、食べるとうまい。


「巻角大山羊というらしい。初めて食うから楽しみだ」

「神殿の司祭が森で獣を狩っているという話だけは聞いていたが、怖ろしくはないのか?」


「人間の方がよほど怖ろしいって、思うことの方が多いかな」

「・・・そんなものか。そなた以外では、この町で森に入るような者はおらんのだが・・・」


「そっちは忙しそうだな。夜にでも、時間があったら食べに来ればいい」

「・・・ああ。こんなことを言うのは、失礼かもしれんが」


「なんだ、この町の支配者だろ? もっと偉そうにしろよ」

「その、見事な角を分けてもらえんか?」


「・・・失礼じゃないけれど、ずいぶんと価値のあるものをねだってくるなあ」

「一目で、ほしいと思ったのだ」


「これは、薬の材料になる。でもまあ、4本あるから、まあ、交渉次第だな。何か、いいもの、持ってこいよ」


 セントラエスによると、この角を砕いた粉を使えば骨折の際の飲み薬ができるらしい。

 実は、神聖魔法で骨折を治療しても、骨自体の強度が落ちるのは避けられないという。それを補い、骨を強くする薬だそうだ。セントラエスにはいろいろと教えられてばっかりだ。


 それで、この山羊を狩って、その角を煎じた薬をイズタに飲ませてやろうと考えていたのだ。もちろん、アコンの村でも、重要な薬だと思う。骨折と神聖魔法という修行を立ち合いで繰り返しているからな。

 これからは肉だけでなく、軟骨とか、じっくり煮込んで食べさせないとな。ふふ、味噌も手に入ったし、肉付き軟骨の煮込みとか、よだれが出そうな・・・いやいや、話がそれた。


 イズタは男爵の屋敷に囚われているが、そこまでひどい扱いではないとフィナスンから聞いていた。薬くらい、渡せば飲ませてもらえるだろうということだった。

 まあ、イズタがキュウエンを刺したという事実は伏せてあるので、これはおれのイズタに対する切り札になっている。


 男爵と別れて、神殿へと歩く。


 フィナスンの手下たちが運ぶ大きな獲物を町の人たちが振り返るが、特に何も言わない。


 おれとクレアがこの町に来てから、何度も目にした光景だからかもしれない。






 神殿の裏庭で、フィナスンの手下たちが大山羊を解体していく姿を見ていたら、フィナスンがやってきた。


「オーバの兄貴、ちょっと・・・」


 深刻そうな顔をして、おれを呼ぶ。

 おれはフィナスンと一緒に神殿に入り、別室でいすを勧めた。


 いつもなら、フィナスンは遠慮して座らない。どうやら、今回の話は長くなるようで、フィナスンがいすに座ってこちらを向いた。


「オーバの兄貴は、東から来たっす。だから、あまり知らないことっすけど、辺境都市の西側には、広大な草原が広がってるっす」

「それくらいは知ってるぞ」


 というか、それ以上に知ってるぞ。


 実のところ、そっちの情報は、フィナスンよりもはるかに詳しい。


 言わないけれど。


「大草原には、いくつかの氏族がそれぞれテントで生活していて、羊とともに暮らしてるっす。彼らは季節によって移動するっす。羊のための牧草を得るためらしいっす。貧民区には、その氏族たちが麦などと交換した人たちがいるっす」

「そうか、それは聞いたことがある」


 それももちろん、分かっている。

 聞く前から知ってる。


「今日、届いた情報っす。1か月くらい前に、大草原の氏族同士で小競り合いがあったっす」

「小競り合いか」


 もちろん知ってる。

 正確に言えば、氏族同士ってのは、エレカン氏族とセルカン氏族の小競り合いだ。


 フィナスンはおれに伝える情報の内容を抑えているのか、それとも氏族の名前までは知らないのか、または、その名を伝えてもおれには関係がないと思っているのか、省略している。


「・・・その小競り合いっすけど、辺境都市の者がからんでるみたいっす」

「辺境都市の者が?」

「そうなんっす」


 知らないふりって、面倒だよな。





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