第76話 女神の力の使い方にどうやら問題があった場合(1)



 レベルアップすればいい、というおれの提案に、イズタは表情を曇らせた。


「・・・この十年間、このスキルはまともに使えないままだった。つまり、それは、十年間でひとつもレベルが上がらなかった、ということだ。それでも、レベルアップができると思うのか?」


「おまえが、どんなことにも耐えられる、というのであれば、十分レベルアップの可能性はある。というか、ひとつだけなら、レベル3になるだけなら、何とかできる自信があるぞ」


 イズタが、ごくり、とつばを飲み込む。


「どうする? どんなことにも、耐える覚悟は、あるのか?」

「ある。どんなことにも耐えて見せる」


「できるんだな?」

「ああ、それで、今の状況を変えられるのなら」


 イズタはゆっくりとうなずいた。


 うなずいてしまったか。

 まあ、そう仕向けた訳でもあるし。


 いい方法とは言えない、かもしれないし、レベルを上げるというのなら、単純で分かりやすい方法だとも考えられる。


 おれはクレアを振り返り、奥にある袋から木剣を持ってきてくれるように頼んだ。

 クレアがすぐに戻って、おれに木剣を手渡す。


「・・・な、何をする気だ?」

「あきらめろ、レベルが上がるまではな」


 そして、スクリーンを開いて見える位置に固定し、対人評価でイズタのステータスを表示する。生命力の数値をよく確認して、木剣を一閃。


「・・・ぐはっ」


 イズタの右腕を折る。


 右腕を掴んでいたフィナスンの手下の手が離れる。


 ステータスはまだ大丈夫だ。


 さらに木剣を一閃。


「・・・ぐわっ」


 左腕も折る。


 左腕を掴んでいたフィナスンの手下の手が離れる。


 フィナスンの手下は、何が起こったのか、分からないという表情をしている。


 支えのなくなったイズタが、ふらり、と上半身を倒していく。

 そして、膝立ちのまま、腰から前のめりに倒れ、頭を床で打った。


 ステータスは状態異常表示で麻痺。正確には気絶、もしくは失神というところか。


「お、オーバの兄貴、何を・・・?」

「フィナスン、手下に水を運ばせろ。気を失ったら、水がいる。水をぶっかけて起こすんだ」


 おれは左手に意識を集中して、全身から光を集める。同時に、並行魔法スキルで、木剣を握る右手にも光を集める。


 フィナスンに命じられた手下たちが、神殿の庭にある井戸から水を運んでくる。


 おれは左手に集めた光を使い、神聖魔法で、イズタの骨折を治療する。


「水をかけろ。目を覚まさせるんだ」

「は、はい」


 手下が水瓶に入った水をイズタに浴びせた。


「ぶっ・・・ぐほっ・・・」


 イズタの意識が戻る。


 すぐさま、右手に集めた光を使い、イズタの生命力を回復させる。最大値がたかが20だ。一気に全快する。


「・・・い、痛・・・なにを、する・・・」

「いちいちうるさい。痛みをこらえろ。死なないように治療と回復も同時にしてやるから」


 回復しても、起きあがることができないイズタの背に、木剣を一閃。


「ぐえ・・・」


 少し移動して、ふとももの後ろに木剣を一閃。


「がはっ・・・」


 勢いで上半身が押し出され、イズタは完全なうつ伏せの状態になっている。


 状態異常は再び麻痺に。


 さっきと同じように、両手に光を集めていき、治療を行い、回復をさせ、水を浴びせて意識を戻す。


 フィナスンの手下は全力疾走で井戸へと往復している。


 そうしないと、おれが木剣でイズタを気絶させるタイミングに間に合わないからだ。


 神殿の礼拝堂に、何度も何度も、骨が折れる音と水を浴びせる音が響く。


 さすがは10年間、レベルアップしなかった男。

 なかなか手強い。


 だが、それもついに終わった。


 イズタが23回目に意識を失った時。

 スクリーンに映るステータスに変化があった。


 レベルアップだ。


 おれはイズタを治療し、生命力を回復させる。さっきまでと違って、生命力は30まで回復した。


 フィナスンの手下が、イズタの顔面に水を浴びせる。


 おれはイズタを見下ろす。

 イズタの目は、何かを見ているようでいて、何も見ていないようでもある。


 うつろな目だ。


「良かったな。苦痛耐性スキルが身に付いてレベルアップだ。これで固有スキルも一度くらいは使えるだろうさ」


 イズタは何も答えない。


「まあ、このスキルは男爵からの拷問でも力を発揮するだろう」


 せっかくのおれのスキル説明に、イズタは全く反応しない。


 あれ?

 やりすぎたかな?


 ステータス上は、問題ないんだけれど・・・。


 でもさ、イズタ本人がどんなことにも耐えるって、言ってたしなあ。

 まあ、これ以上は気にしない。


 目的のレベルアップは果たしたし、これでイズタの「鉱脈自在」が宝の持ち腐れにならずに済む。


 めでたし、めでたし。


「男爵へのアピールは自分でするんだな。ああ、そういえば、辺境伯が銅の鉱脈を見つけた話は教えてあるから、それを自分の手柄だと話せばいいかも」


 おれは、イズタから目線を外し、フィナスンを見て、スレイン王国語で話しかけた。


「フィナスン。こいつを男爵のところへ連れて行け」

「・・・それは、いいっすけど、なんでまた?」


「こいつは辺境伯の間者だ」

「! こいつが、それ、ゲロったっすか? ・・・いや、兄貴の拷問はエグかったっすね・・・」


 どういう意味だ?

 なんで拷問?


「・・・うちの手下がビビりまくりっすよ・・・」


 そう言われて手下たちの方を見る。

 なぜか、目が合う前に視線を反らされる。


「見えないほどに速く、鋭い剣筋。全身をくまなく砕く木剣。意識を失っている間に治療し、水を浴びせて目を覚まさせると、再び木剣を振るう。何度も殺されそうになるのに、何度も生き返らされて、また殺されそうになって・・・。本当に・・・本当に、容赦のない拷問だったわ。まあ、オーバがそういう人だって、私は知ってたけどね。私、三年前にも言ったけれど、オーバと戦うのは例え修行だったとしても絶対に嫌!」


 クレアがそう言い捨てて、奥へと消えていく。





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