第75話 女神が利用できるものは利用する方針だった場合(3)



 フィナスンには見えないソリスエルが困ったような顔をしながら、おれにぺこりと頭を下げた。


「兄貴、こいつ、姫さんを刺した犯人じゃないっすかね?」


 フィナスンの第六感、恐るべし。


「・・・どうしてそう思う?」


「ただのカンっす。ただ、これから夜になるって時に、神殿へ潜り込もうとするのは、あやしいっす。神殿が気になっているというのは、姫さんのことと関係がある気がするっす。姫さん抜きで神殿が気になるとしても、結局は敵方っす」


「なるほどな」

「・・・ちがう。おれ、敵じゃ、ない」


 片言、よりは少しだけマシ、というくらいのスレイン王国語で、イズタは弁明する。


 まあ、キュウエン暗殺未遂は犯人確定なので、弁明は通用しない。イズタの守護神ソリスエルがはっきりとそう言ったのだから間違いない。神族は基本的に嘘をつかない。

 だからといって、イズタも自分が辺境伯の密偵である、と正直に言う訳にはいかない。


「・・・はなせ。おれ、敵じゃ、ない」


 がつん、とフィナスンがイズタを殴る。

 珍しく、フィナスンがイラついているように見える。


 ひょっとすると、イズタは、言葉がきちんと通じないから、辺境伯との間も、うまくいかなかったのではないだろうか。


 確か、ここに転生してから十年は生きたと聞いている。それにしては、言葉が、うまく使えてない。スキルなしだと、言語の獲得と習熟は、こんなものなんだろうか?


 その結果として、思わずつぶやいたりする時には、日本語が出てしまうのかもしれない。


「いいか、よく聞け。おまえが、辺境伯の間者、密偵だってことは分かっているし、男爵の娘、キュウエン姫を刺したことも分かっている」

「な・・・ちがう。おれ、ちがう」


「よく聞け、と言っている。いいか、おれには全部分かってる。ごまかしても無駄だ」

「おれ、敵じゃ、ない」

「落ち着け。いいか、よく聞けよ」


 フィナスンが首をかしげて、クレアを見る。


「・・・クレアの姉御。オーバの兄貴は、何て言ってるっすか?」

「私も、ほとんど分からないわ。勉強はしたけど、この言葉、難しいのよ」


 共通語スキルをもつクレアでも日本語を獲得できないのは、そもそもこの異世界には「日本語スキル」が存在しないのだろう、と考えている。


「どこの国の言葉っすかね?」

「・・・オーバが女神と話す時の言葉だと聞いたことがあるわ」

「女神さまの言葉っすか・・・」


 フィナスンとクレアのやりとりがある程度伝わったのだろう。イズタが目を見開いた。

 そして、驚きを隠さずに、おれの方を見た。


「よく聞け。落ち着くんだ。冷静に考えれば分かるはずだ」

「・・・久しぶり過ぎて、言葉の意味がはっきり分かったことすら、気づかなかったのか・・・」


「落ち着いたか?」

「・・・日本語だ。落ち着いて、よく聞けば、間違いない。日本語だ」


「落ち着いたら、顔に出さないように努力しろよ。いいか、お前が、辺境伯の間者で、しかも男爵の娘を刺したことは、分かってる」

「・・・おれじゃない」


「いや、犯人はおまえだ。嘘もごまかしもいらない。ただし、分かっているのは、おれだけだ」

「・・・おまえだけ?」

「まだ、そのことを誰にも伝えてないからな」


 イズタは目を細めた。


 本当のことを口に出すか、どうか、悩んでいる表情のような気がする。

 まあ、別に言わなくても、犯人だということに間違いはない。


 守護神である女神ソリスエルがそう言ったのだから。

 女神は、嘘を言わない。


 屁理屈でうまくごまかすことは、実際にあるのだが。特に、うちのセントラエスは。


「おれが気になってたのは、キュウエンを刺したってことだ。一般的な日本人なら、そんなに簡単に人を刺せない気がするからな。それとも、こっちで十年も暮らせば、それくらいは気にならないのか。まあ、そんなことはフィナスン・・・ああ、おまえを捕まえてる手下たちの親分のことだ・・・フィナスンは証拠なんか必要なくて、たぶんそうだってだけで、おまえを殺すし、この町を守るためなら何でもする奴だからな、言葉と態度に気をつけろよ。まあ、このままじゃ、どのみち殺されるのは間違いない。それに、言葉がろくに通じないんじゃ、言い訳も通じないしな。だったら、助かりたければ、辺境伯を裏切って、男爵に寝返るしかない」


 イズタはおれから視線をそらさない。

 おれの言っていることを聞き漏らさずに、真剣に考えようとしている。


 生き抜くために。


 いい。その目だ。

 何がなんでも、生き残るという目だ。


 だから、キュウエンを刺せたのかもしれないな。


「・・・寝返るといっても、こっちの世界の支配者ってのは、甘くない。辺境伯がそうだったように、ここの男爵だって、使えない奴は受け入れない。辺境伯を裏切っても、男爵に受け入れてもらえないんじゃ、生き残れない。何かいい方法でもあるのか?」

「おまえの固有スキルだよ。辺境伯に取り入ったのも、そのスキルを使ってやったんだろう? 辺境伯が喜んだのなら、男爵だって喜ぶはずだ」


「・・・なんで、おれのスキルを知ってるんだ?」

「そういうことは聞き流した方が長生きできるぞ、たぶん。まあ、わざわざ教える気はないけれど」


「ふん・・・。このスキルは、使えるようでいて、それほど役に立たないんだ。結局、銅を欲しがる辺境伯の願いに応えられたのは、最初のたった一回だけで、あとはずっと、期待を裏切り続けたからな」


 挑戦的な視線が、イズタからおれに向けられる。「他の誰も持っていない、貴重なスキルだという話だったのに、ここまで役に立たないんじゃ、男爵に寝返って取り入るなんて不可能だ」


 まあ、そう思うよな。

 これまでの十年、かなり苦労したんだろう。


「おまえが、そのスキルを使えないのは、スキルとステータスの関係について、よく知らないからだ」

「スキルとステータスの関係だと?」


「おまえのレベルは2。生命力、精神力、忍耐力は全て最大値が20だ。人族は通常、レベル×10の生命力、精神力、忍耐力を持つ」

「平均20のステータスか」


「そうだ。他の能力値はそうじゃないけれど、今の内容には特に関係ないから説明は省く。スキルの中には、使うと生命力や精神力、忍耐力を消耗するものがある。おまえの固有スキル「鉱脈自在」も、使うと何かが消耗するんだろうな。それで、固有スキルは、その消耗が16ポイントになる」


「16ポイントだって? 20しかないおれには、苦しい数値だな」


「そうだな。ここから先は想像だが、おそらく当たりだと思う。おまえが鉱脈を探し出そうとするときは、それまでの移動中の行動で、生命力や精神力、忍耐力が既に消耗して15ポイント以下になっていたから、肝心な場面で「鉱脈自在」が使えなかったんじゃないかと思う」


「・・・確かに、思い当たることが多い。逆に、一度、銅の鉱脈を見つけたときは、別に疲れるようなことがない時だった」


 やっぱり、当たりか。


 低レベルの転生は、固有スキルが使いにくくて、うまくいかないようだ。

 そういうスキルの選択させ方に問題はあると思うけれど、そこは今の問題じゃない。


 イズタが固有スキルを使えるようにする方法は、ある。

 簡単なことだ。


「おれが、このスキルを使えない限り、男爵に取り入ることはできないだろう? これまでずっと、うまく使えなかったんだ。これからだって、使えないはずだ」


「そのスキルが使えるようになる方法はあるし、それはシンプルなことだ」

「あるのか? どうすればいい?」

「レベルアップして、ステータスを30にすればいい。それだけのことだ」


 おれは、単純な解決策をイズタに示したのだった。





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